マダガスカルまだ助かる⑦
リチャーズベイ:航空基地
「お前等、よく眠れたか? 戦艦を沈めに行くんだ、睡眠不足の奴は置いていくからな」
「五月蠅いエンジンも慣れれば子守唄みたいなもんでさ」
夜明け前。出撃を間近に控えた爆撃機乗り達が、闊達なる言葉を交わし合う。
彼等が乗り組むべきはPB4Y、つまるところ海軍仕様のB-24。駐機場に停まった何十という銀翼の周囲では、整備員達が一心不乱に働いていた。暖機運転の轟音がやたらめたらに響く中、給油や動翼の確認を手早く済ませる。それから運搬車によって運ばれた必殺の魚雷が、爆弾庫の懸架装置に括りつけられていった。
「陸軍のB-25はもう出たらしいですね」
「ああ、あいつらも大変な役を買ってくれたもんだ」
開戦前より飛行艇に乗っていた老練なる飛行隊長が感心し、
「ゼロが飛び回る空でスキップ爆撃だ、犠牲も相当に大きくなるだろう。とすれば俺等が敵艦のドテッ腹に魚雷を叩き込まんと、まったく申し訳が立たんってもんだ」
「ですね。必ず仕留めましょう」
そんな具合に意気込みを新たにし、爆撃機乗り達は愛機に搭乗せんとする。
そうした中、誰かが滑走路に降りんとする機を認めた。インド洋方面から一直線にやってくる。
「偵察に出た帰りでしょうか?」
「だろうな。敵艦隊を追跡し続けるのも大変な任務……まったくご苦労なことだ」
飛行隊長は何事もないとばかりにそう言った。
だが間もなく、一帯は急に慌ただしくなった。件の航空機は四発機のようだが、どうにも米英のものに見えない。その事実に勘付いた将兵がざわつき、違和感の正体は明らかとなった。翼には大きく鉄十字章が描かれていたのだ。
「あ、ありゃあクラウツの爆撃機だ!」
「げェッ、降りてくる気かあいつら!?」
「お前等、とにかく早いとこ武器を取れ!」
かような具合に混沌とする中、ドイツ空軍のFw200が強行着陸を敢行した。
遅まきな対空砲火が撃ち上がる中、機銃弾を撒き散らしつつ滑走路に両脚を突いた怪鳥は、強烈な制動でもって速度を殺す。そして停止し切らぬうちに、やくざな空挺部隊が機体の昇降扉を蹴り、短機関銃を乱射しながら飛び出してくる。たちまちのうちに銃撃戦が始まった。
「糞ッ、何てこった!」
誰かがそう毒づいた時、パッと辺りが明るくなった。
ばら撒かれた20㎜機関砲弾が駐機していたPB4Yの主翼を偶然撃ち抜き、轟々と燃え上がらせたのだ。耳を劈く爆音と痛烈なる悲鳴、割れんばかりの鬨の声とがあちこちに響き渡る。
モザンビーク海峡:セントマリー岬西方沖
「何、飛行場にナチの空挺が斬り込んできたってのか!?」
「はい。現在交戦中の模様。攻撃隊発進時刻は未定」
「糞、何故こうなるんだ……」
夜明けとともに齎された報告に、水上打撃部隊を率いるターナー少将は愕然とした。
まさに青天の霹靂であった。日伊合同艦隊との距離は既に120海里ほど。艦隊決戦が始まるまでに戦艦を1隻脱落させる計画は、ドイツ人の信じ難い殴り込みによって、脆くも崩れ去ってしまったのである。
「だが、ここで退く道などありはせん」
ターナーは重要なる強がりを声に出し、
「それに……戦艦の数が互角になったまでだ」
「そうです提督。この『コロラド』を信じてください」
艦長のウッドサイド大佐も元気溌剌といった具合だ。
実際、16インチ砲艦3隻もあるのだから間違いなく強い。敵に同級の砲を備えた艦はないし、新鋭艦も戦意に欠けたるイタリヤ海軍のものだから、正面からぶつかれば勝利を掴み取ることは可能だろう。
それにマダガスカル上陸作戦を成功させぬ限り、自分に未来などあるはずもない。
元々、現役復帰できたこと自体が奇跡なのだ。ここで忌々しい敵戦艦を片っ端から沈め、勝利のウィスキーを心行くまで堪能し、未来の海軍作戦部長への切符を手にするのだ。海兵隊のスミス少将は気に入らないどころでないが、ここは尊い犠牲を払うこととなってでも、彼等を守り抜いてやらねばならぬ局面だ。
「あとは……」
続けようとした言葉が具象化したかのように、レーダーが敵編隊を捉えたとの報告が届く。
十一時方向より200ノットで急速に接近してくる敵機は、困ったことに50は下らぬ数だという。
「パウナルの奴、敵空母2隻撃破なんて報じてきたが……」
昨日の参謀長とのやり取りが思い出され、
「君の言った通り、片方は復活しちまったか」
「残念ながら、そのようで」
「何、今が我慢のしどころってことだ」
以前のターナーならばここで口汚く罵っていたであろうが、最近は強烈な性格が幾分緩和されたようである。
ともかくも対空戦闘準備が発令され、旗艦『コロラド』を始めとする5隻の戦艦が空を睨む。未だ健在なる防空巡洋艦3隻と駆逐艦17隻が、何人たりとも通さぬとの覚悟で艦隊外縁を固めた。
そして直掩機はすぐさま敵と対峙し、護衛空母がカタパルトでもって矢継ぎ早に迎撃機を発進させていく。
「今はお前等が頼りだ!」
「糞あばずれのジュディをやっちまえ!」
割れんばかりの声援に、戦闘機乗り達は手を振るなりして応じた。
もっとも護衛空母のパイロットというのは、概して艦隊型空母のそれより技量で劣るものである。故に佐官以上の幾人かは懸念を拭い去れず、急ぎ発艦していったF4Fもまた、高速で殴り込んでくる彗星艦爆の迎撃に失敗してしまっていた。
インド洋:セントマリー岬東方沖
「おおッ、敵特設空母群を叩き潰せたか」
飛び込んできた朗報に、角田中将も思わずニンマリとする。
新たに旗艦となった『隼鷹』と歴戦の『飛龍』から放たれた、合計65機の第一波攻撃隊。昨日に奇襲を仕掛けてきた敵の小規模機動部隊が南氷洋方面に逃れたと判明したことから、出せる限りの零戦と彗星で構成されたそれは、敵艦隊が差している航空機の傘を見事圧し折ったとのことだった。
「長官、これは好機です。第一波攻撃隊が帰還する前に、雷撃隊を出しましょう」
「うむ。搭乗員もウズウズしているだろうからな」
角田は豪気に笑い、第二次攻撃隊の発艦を急がせる。
敵の直掩機はもう出せぬとしても、零戦を12機ほど付けるべきだろう。機銃でもって護衛艦艇の甲板を掃射し、対空火力を減衰せしめれば、撃墜される雷撃機も低減できるからだ。今朝がた米陸軍のB-25が来襲し、軽巡洋艦『名取』が中破したりもしたが、ドイツ軍の空挺作戦が成功したとのことだから、これ以上やってくることもあるまい。
「天山の反復攻撃でもって、可能な限り敵戦艦の脱落させるのだ。戦艦同士をぶつけるのはそれからでいい」
「まったくで……おや?」
参謀長が唐突に首を傾げる。
彼が振り向いた先、『隼鷹』から見て4時の方向に5海里ほど離れた辺りには、有力なるイタリヤ艦隊の姿があった。高速戦艦3隻、重巡洋艦2隻を中核とする12隻の艦隊で、勇ましく波を蹴立てて進んでいる。
だが理解に苦しんだのは、彼女達がやけに速度を出してそうなところだった。
命令伝達に齟齬が大きいため、ほぼ好き勝手やらせている形ではあるが――本来ならばもう少し後方を進んでいるはずである。それがどうした訳か、角田機動部隊を追い越さんばかりに驀進しているのだ。敵戦艦との撃ち合いをやるのであれば、何処かで合流する必要もあるだろうが、そんなのお構いなしに突き進んでいるようだ。
「なあ、イタリヤ艦隊は何をやってるんだね?」
角田は思い切り怪訝な顔をし、
「司令官がワインでも飲んで酔っ払っているのと違うか?」
「我等が艦隊を貴国の食中毒空母と勘違いされては困ります」
連絡将校として乗艦しているペーリ中佐が、少々とぼけたような口調でもの申す。
こんな時に挙げられるのだから、何時の間にやら『天鷹』の悪名は、世界中に轟いているようである。
「ただまあ……急ぎたい気分なのでしょう」
「いやいや、そんないい加減な話があるものかね。ちょいと尋ねてみてくれんかな」
「はあ、了解いたしました」
そんな具合に、パロナ少将の座する戦艦『リットリオ』に向けて発光信号が打たれる。
返答には随分と時間がかかり、イタリヤ艦隊はその間も増速を続けていた。しかもその意図するところが明らかとなるや、一部を除いた全員がびっくり仰天である。
「ワレ、コレヨリ突撃ス……とのことです」
「いや待て、何故そうなるんだ!?」
闘将と呼ばれる角田にも、理由はさっぱり分からない。
ただ何度呼びかけたところで、イタリヤ艦隊が減速する気配は皆無。とすれば戦力を分散させる訳にもいかぬから、栄えある『長門』と『陸奥』、それから水雷戦隊の過半を早急に分離せざるを得なかった。
「とにかく、第二次攻撃隊の発艦を急がせろ」
困惑しながらも角田は命じ、飛行甲板に並んでいた天山に搭乗員が飛び乗り始める。
魚雷を抱きたるそれらが発艦を始めた時点で、彼我の距離は短いところで約90海里。反復雷撃を仕掛けた後に決戦などという計画が、完全に水泡に帰してしまったのは言うまでもない。
次回は3月11日の18時頃に更新の予定です。更新時刻がばらつき気味で申し訳ございません。
航空戦でどうにか勝利を得たと思いきや……今度はイタリヤ海軍が暴走を開始してしまって予定通りいきません。
妙に戦意の高いイタリヤ海軍の奮闘をご期待ください。




