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マダガスカルまだ助かる⑥

インド洋:マダガスカル島南東沖



「これぞまさしく好機というもの」


 航空母艦『インディペンデンス』に座するパウナル少将は、これ以上ないくらいに笑んでいた。

 南アフリカのリチャーズベイを拠点とする長距離偵察機が、見事に敵艦隊を捕捉したのだ。トゥリラ沖の艦隊が空襲を受けているとの緊急電があって以来、着々と準備を進めてきたが、正確な位置が分かったのが何よりありがたい。距離はほぼ500マイルといったところだが、元よりそれくらいを想定していたから問題はない。


 そうして直ちに攻撃隊を放つよう命じると、意気込んで待機所へと駆けた。

 そこには命知らずなパイロット達が集結していて、全員が盛んに闘志を燃やしていた。最悪の場合、投機的な索敵攻撃をやる心算であったから、それに比べればピクニックだと誰かが豪語する。


「諸君、今こそ驕れる者どもに手痛いアッパーを食らわせる時だ」


 パウナルは強烈な身振りを交えて演説を始める。


「我々がもし有力な機動部隊であったならば、敵を見事ノックアウトできていたに違いない。だがまことに残念なことに、航空母艦は我等が『インディペンデンス』だけだから、2ダースくらいの艦載機しか出せない」


 そこで僅かに間を置く。

 沈黙を埋めるように響いてくるは、暖機運転中の轟々たるエンジン音。寡をもって多に当たらねばならぬ現状への不満を抱きつつも、敢えて立ち向かわんとする勇者の音色だ。


「だから諸君には……通常の4倍ほど頑張ってもらわねばならない。だが問題はない。戦力倍化要素の1つは、忌々しいジャップどもが真珠湾で証明してくれたように奇襲で、これはゲロ塗れの苦しい航海によって達成された。であれば後は、通常の倍頑張ってくれるだけでいい。諸君にはそれができると、私は確信している」


「ええ、当然やってみせますぜ!」


 元気者なブレイズ大尉が豪語し、


「ここでやり遂げれば、反攻作戦の立役者、つまりヒーローになれる訳ですし」


「そうだ。全員、ヒーローになってこい!」


 パウナルの言葉に全員が意気込みを新たにし、余裕ある態度で愛機へと乗り込んでいく。

 そうして数分後、発艦が始まった。500ポンド爆弾を抱いたSBDドーントレスが、油圧式カタパルトによって大加速度を与えられて宙を舞う。それに続くはF6Fヘルキャットで、まったくもって頼もしい限り。


 ただ少し残念だったのは、艦隊がこれより避退に移らねばならぬことだった。

 攻撃隊は日本機動部隊を襲った後、トゥリラの無事かどうか分からぬ飛行場へと向かう手筈となっている。英雄的な再開ができるとしても、随分と後となることだけは間違いない。





インド洋:マダガスカル島東岸沖



 母艦上空にまで帰還した博田大尉は、まさにルンルン気分であった。

 彼の隊からは2機が喪われ、損傷の大きい1機がマダガスカルに不時着することとなった。再び相まみえることのできなくなった顏も克明に浮かぶ。それでも払った犠牲に見合うだけの戦果を挙げられた、そんな確信が満ちていた。商船改装のいい加減な艦であれ、航空母艦撃沈に変わりはないからだ。


「いやはや大手柄。早くもう1回出て、敵に止めを刺してやりたいところだな」


「ですね。しかし何時になったら降りられるんでしょう?」


「うむ。ガソリンがちょいと心配だ」


 燃料計を一瞥し、博田も幾分心許なげな声を上げる。

 一度に多くの機を放てばそれだけ対艦攻撃力も増大するが、発着艦もその分だけ面倒になる。至極当然の理ではあるが、空の上で待たされるのは実にやきもきするものだ。


 ただ文句を言ったところで混雑は緩和されぬし、まず着艦させるべきは深手を負った機であろう。

 燃料もあと1時間やそこらは持つのだから、ここは泰然と構えるが吉。列機を率いて輪形陣の外縁を旋回し、観艦式気分で物見遊山だ。日本の誇りと謳われた『長門』と『陸奥』は大変に凛々しいし、未だ犬猿の仲な『隼鷹』だって今は頼りになる。後方には異国にして伊国の艦隊が控えており、中でも『リットリオ』と『インペロ』はもしかすると大和型に次ぐ強さかもしれぬという。


「ところで大尉」


 後部座席の宇野二飛曹が尋ねてきて、


「五時方向上方に変なのいません?」


「うん……?」


 唐突な報告に戸惑いつつも、博田はその方へと視線をやる。

 そして目を凝らした瞬間、血の気がドッと引いた。あからさまに翼に星を描いた航空機が複数、艦隊中心部目掛けて一直線に進んでいたからだ。


「敵機、敵機だ!」


 航空無線を用い、とにもかくにも警告を送る。

 それから機首の7.7㎜機銃を放ち、直掩の戦闘機にも敵発見の合図を送った。それに気付いた零戦が翼を翻して迎撃に移る。これで何とかなるかと思いきや、敵機は結構な速度をつけていて、容易に追従を許さない。加えて急遽艦載機の収容を中止した機動部隊は大混乱で、対空砲火もまばらだった。


「糞ッ、奴等何処から……」


 思わず呻き声が漏れる。

 荒れ狂う大海原しかないはずの南東方向から突如現れた、合計20機ほどの攻撃隊。その先鋒たるF6Fヘルキャットの一群は、合計6挺の12.7㎜機銃を轟然と撃ちまくりながら、両翼に抱きたる100ポンド爆弾を次々と放っていった。襲撃を受けたのは航空母艦『隼鷹』で、1発が艦尾付近に吸い込まれて炸裂する。


 だが真打となったのは、その後に『飛鷹』へと突っ込んでいったSBDドーントレス。

 相当な長距離攻撃であったため、それぞれが胴体に格納していたのは500ポンド爆弾1発のみであったが、流石は専門の急降下爆撃機と言うべきか。パイロット達は平均して250時間程度の飛行経験しか有していなかったにもかかわらず、命中と至近弾を2発ずつ叩き出してしまったのだ。


「ワレ発着艦不能」


 飛行甲板より黒煙を棚引かせた『飛鷹』より、悲鳴も同然な信号が発せられる。

 無茶苦茶なる奇襲を仕掛けてきた敵攻撃隊は、機数の7割ほどを喪失しながらも真西へと離脱。新たに出現した、送り狼すら送りようのない敵に、角田中将も大いに周章狼狽することとなった。


 そして燃料に不安のある機はマダガスカル島に降りるよう命じられ、博田率いる艦爆隊はそれに従わざるを得なかった。





モザンビーク海峡:トゥリラ沖



「何、敵空母を2隻とも撃破したのか!?」


 奇襲成功の報が戦艦『コロラド』に齎されるや、ターナー少将の顔は一転して明るくなった。

 恐るべき日本海軍の艦載機群に護衛空母の半数が沈められ、防空巡洋艦『モービル』が大破炎上したことから、つい先刻まで沈痛なる表情を浮かべていたのにである。


「とすれば……奴等にもはや空の守りはなしか?」


「いえ提督、どうも敵は空母を3隻持ってきていたようで」


 参謀長がすかさず付け加え、


「ただ残り1隻ともなれば、こちらの優位は揺るがないでしょう。それにパウナル少将の部隊もあります。既に南へ引き返しておるでしょうが、敵はそれを知りません。とすれば我々に追加の攻撃隊を投げつけてくる余裕もないはずです」


「だろうな。だがそれでも、ジャップとパスタどもは我々の橋頭保を破壊しようとするはずだ」


 ターナーはそう断言して海図を睨む。

 彼我の位置関係から考えて、戦艦同士の対決は早ければ20時間後、明日の朝にも勃発するだろう。16インチ砲艦3隻は依然健在であるから、望むところではある。


「ただ、敵空母は沈めた訳ではありません」


 参謀長が懸念を表明し、


「明日には飛行甲板が修復され、復活している可能性があります」


「ふん、心配性だな。こちらにも3隻が残っている、その防空力に期待する他なかろう」


 先程の戦ぶりを見ると少々不安なのは確かだが。ターナーは心の内でそう思うも、露わにすることはない。

 それに敵も相応の損耗を出しているに違いない。沈んだ艦の搭載機を収容したのを含め、残存する3隻で概ね50機程度の戦闘機を展開可能であるから、勝負としても悪くはないはずだった。


「そういう訳だ、戦艦には戦艦をぶつける。マダガスカル最南端のセントマリー岬、その西南西100海里くらいが決闘場だ。ここで見事敵を叩きのめし、凱歌を上げようじゃないか。さすれば俺も中将よ」


「了解いたしました。詳細を詰めてまいります」


「うむ。それと海軍の戦争はケンドーの団体戦じゃないから、5対5で正々堂々なんて考えは毛頭ない。リチャーズベイの航空隊に、戦艦の1隻くらい沈めてみせろと言っておけ」


 ターナーはそう命じてニヤリと笑う。

 南アフリカはダーバンの北東100マイルほどの、リチャーズベイなる港町。そこに開設された飛行場では、200機近いC-47スカイトレインが空輸の準備をしているが、雷撃能力を付与されたB-24も80機ほど集結している。それらを上手いこと殴り込ませれば、艦隊決戦での勝利も確実という寸法だ。

次回は3月9日 18時頃に更新の予定です。


南インド洋からやってきた刺客が、奇襲に成功してしまいました。戦況が史実ほど芳しくないためか、本作品の米海軍はなかなか無茶なことをやりがちです。

そして遂に始まりそうな艦隊砲戦の行方や如何に?

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― 新着の感想 ―
[良い点] >敵を見事ノックアウトできていたに違いない これが事実だから怖い 博田大尉がさっさと着艦してて発見が遅れてたら大破もあり得たんだからマジ怖い これで50機ぐらい来てたら空母全部使い物にな…
[気になる点] なんで発見されて打電されたことに気づいてたのに呑気に攻撃隊収容してるんだろう…?このことを天鷹組が知ったら思いっきり飛鷹組を煽りに行くんだろうか。。
[良い点] まともに航空無線が使えるなんて、先進国との貿易ができるって最高だぜ(白目 まあ、その先進国の五年先を進んでいるのがアメリカで、一部がかろうじてついていけてるのがイギリスだから、レーダー関係…
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