マダガスカルまだ助かる⑤
マハジャンガ:航空基地
「おや、あれが噂のドイツ機か」
「随分とでかいもんだなァ」
北の空に機影を認めた整備員達が、幾分暢気な声を響かせていた。
ドイツ空軍が誇る長距離輸送機Fw200Cの群れだった。枢軸同盟軍の占領下にあるソコトラ島より遠路遥々やってきたそれらは、四発のエンジンを喧しく奏でながら、ゆっくりとその巨体を降下させてくる。
それから程なく、かの巨鳥は地に足を突いた。
ただ大変なのはそこからである。元々は双発機までを想定した飛行場であり、水上機母艦『日進』に便乗してやってきた日本海軍の基地要員達も、零戦や二式艦偵を運用できればいいと思っていた。故に滑走路の長さに余裕があるとは言い難く、Fw200Cは総じて端から端まで駆け抜けた挙句、熱帯林に突っ込むぎりぎりのところで停止した。
「冷や冷やさせられるな」
「何しに来たんでしょうね?」
「マダガスカルの戦いの支援か何かじゃないか?」
そんなことを言い合っていると、扉が開かれゾロゾロと降下猟兵らしき連中が降りてくる。
紅毛碧眼の、なかなかの益荒男どもである。ただ不可解だったのは、彼等がやたらと敵対的で侮蔑的な目つきをしていることだ。飛行機の長旅に疲弊したが故とも思ったが、どうにもそんな様子でもない。
しかも歓迎でもしてやろうかと近付くと、やたらめたらに威嚇的な態度を取る始末。
「いったい何だ、ありゃあ?」
「さあなぁ……」
宿坊へとさっさと移動する欧州人を横目に、整備員達は大いに首を傾げた。
実のところかの一団は、武装親衛隊ですら持て余すゴロツキの類から、何とか使えそうなのを選抜した特設空挺部隊だ。無論のこと南アフリカに降下し、現地のアフリカーナー組織と共同戦線を張ることを目的としているが……精鋭どころか問題児集団を送り込もうとする辺り、ドイツの懐事情も分かりそうなものである。
モザンビーク海峡:トゥリラ沖
「むッ、やけに敵機が多い……」
敵艦隊上空に差し掛かるや、博田大尉は真っ先に直観した。
護衛空母が6隻と多く、迎撃機が多く発進している公算が高い。加えてトゥリラ郊外にある飛行場も稼働している可能性がある。発艦前になされた説明の通りで、合計すると40機以上、あるいは50機くらいが既に上がっているかもしれない。護衛の零戦は40機もついているが、抑え込めるか微妙なところだ。
「だが、だからこそだ」
そう嘯きながら列機に合図を送り、スロットルを全開にして緩降下。
今の愛機は最新鋭の彗星。戦争後半には欧州戦線においても使用されることとなるこの名機は、敵戦闘機の邀撃を振り切るだけの高速をもって急降下爆撃を行うという要求の通り、300ノット近い速度で突っ込んでいく。
対する敵の迎撃は、まさに熾烈を極めた。
F4Fと思しき機影の小隊が針路上に立ち塞がり、1000キロを超える相対速度で機銃の撃ち合いになる。最後までお互いが避けなかった結果、真延飛曹長の乗る5番機が敵機と正面衝突し、バラバラになって砕け散った。その先に待ち構えていたのは猛烈な対空砲火で、次々と炸裂する高角砲弾の衝撃波を受け、機体がミシミシと嫌な音を立てる。
「8番機、被弾!」
「畜生、仇は取ってやるからな!」
博田は阿修羅めいた相で咆哮しつつ、部下に編隊を解くよう命じる。
狩るべき相手は是が非でも敵航空母艦。執念に満ち満ちた双眸は、ちょうど舵を戻そうとしている1隻を捉えた。案外と鈍足なるそれの未来位置を素早く計算し、その真後ろを取れるよう、列機を巧みに率いて飛翔していく。
「よゥし、いざ突撃!」
操縦桿を一気に倒し、カウルフラップを閉じ、機体を攻撃態勢へと移行させた。
高度5000ほどより、まず角度30度での急降下を開始。重力とエンジン推力とが合成された加速度に、五臓六腑がまとめてすっこ抜けていきそうになるも、露ほども臆することなく飛び込む。
「4000メートル……3500メートル……」
後部座席の宇野二飛曹が高度を読み上げる。
概ね2500辺りで空戦フラップを開いて制動をかけるや、機体はガタガタと揺さ振られるので、左右に滑らぬよう頑張る。既に降下角度は60度で、感覚としてはほぼ垂直。何十という対空機関砲が撃ち上げる火箭が飛び交い、俎板の如き飛行甲板にチンケな艦橋をくっ付けたような艦影が、高度と反比例して拡大していった。
「1000メートル……500!」
「撃てッ!」
絶叫とともに投弾。直後に操縦桿を引き、視界が途端に真っ暗になる。
それからの数秒は凄まじい長さで、全身の肉が尻に向かって引き寄せられるかのようだ。だがその感覚を味わえている間は大丈夫。歯を食いしばりながら耐え、機体を水平へと引き起こしていく。視力が再び回復した時には、高度計は100メートル強を指していて、すぐ真下に海面があるかのような具合だった。
「どうだ、やったか?」
「ドンピシャですね!」
宇野が喜色いっぱいの声を上げた。
カウルフラップを開きつつ振り返れば、敵艦は松明のように燃え上がっていて、更にそこに列機の追撃が加わった。赫々たる光景に、博田もまた拳を振り上げて喝采する。彼等が討ち取ったのはサンガモン級航空母艦『サンティー』で、50番爆弾が3発というエセックス級ですら大破するような大損害に、給油艦改装の彼女が耐えられるはずもない。
インド洋:マダガスカル島東岸沖
参謀や飛行長を始めとする結構な人数が、航空母艦『飛鷹』の通信室に集結していた。
盛んに打たれる無電の傍受等をもって、380海里の彼方へと勇躍赴いた第一次攻撃隊の様子を、いち早く知るためである。機動部隊の命運は搭乗員達の双肩にかかっているから、誰も彼もハラハラしていた。
ただ時を追うごとに、彼等の表情は明るさを増していった。
その理由は言うまでもない。通信員達が受信器に耳をそばだてて掬い上げ、用紙に鉛筆で手早く記していく断片的な情報。それを総合してみると、決して悪くない全体像が、朧気ながら見えてくるためだ。
「どうやら、敵空母の半数を撃破できたようだ」
「敵の飛行場も壊滅状態とのこと。流石じゃないか」
居合わせた者達は口々に囁き合い、任務の邪魔にならぬ声量で沸き返る。
敵特設空母群はかなりの戦闘機を発進させてきたようではあるが、艦爆隊は高速でもってその迎撃網を掻い潜り、見事戦果を挙げたようだ。それに護衛の零戦隊も奮戦し、多数を撃墜している模様。100機近い攻撃隊を一度に繰り出しただけあって、その威力はまったく絶大と評する他ない。
とすれば第二次攻撃隊の編成と発進を急ぐべきだろう。
ここで完膚なきまでに叩き潰してしまえば、敵は丸裸となるのだ。戦艦は今のところ数で互角。しかし雷撃で1隻沈めるなり後退させるなりしてしまえば、『長門』や『陸奥』、それからイタリヤ艦隊は大いに有利となるのだ。
「とはいえ、油断は大敵ってものだよね」
そんなことを独りごちながら、諏訪少佐は索敵計画を練っていく。
航空母艦とは奇襲に弱いものであるし、敵空母群が1つのみという保証などあるはずもない。故に機動部隊の南から南西にかけて、これまた新型の天山艦攻を飛ばし、厳重に警戒するのだ。
それから直掩に関しても、改めて見直しておく。
艦隊上空には各艦から3機ずつ、合計9機が哨戒任務に当たっており、それと同じ数を飛行甲板上で待機させている。それだけならば単純だが、特に攻撃隊が帰還する2時間後には、空が相当に混雑することを考慮しなければならない。
「とりあえずは……」
「少佐、三時方向に感あり」
電探員からの報告が唐突に木霊し、
「目標との距離およそ80、200ノットで接近中」
「落伍機か、あるいは……」
敵機かもしれない。諏訪はそう直観した。
マダガスカルは友軍の領土であるから、機体不調の場合は遠慮なく飛行場に降りろ。出撃に際してそう言っておいたから、落伍機である可能性はかなり低そうだった。
「直掩機に確認に当たらせ、敵なら撃墜させよう」
「あッ、目標より不審な電波輻射を確認! 水上捜索用電探と思われます!」
電探員が切迫した声で叫び、実際厄介なことになった。
現れたのは海軍仕様のB-24で、実のところ逆探で当たりを付けてきていたのである。技量優秀なるかの機は直掩の零戦と接触する手前で反転し、熾烈な追従攻撃を受けつつも、盛んに無電を打って遁走してしまった。
次回は3月7日 18時頃に更新の予定です。
マダガスカル沖が航空戦が開始されました。流石に低速の護衛空母では、二線級とはいえ本格的な機動部隊相手は厳しそうな様相です。
なお大戦中のドイツ、史実でも南アフリカへの工作を考えていたようですが、距離が離れすぎていた関係ですぐ立ち消えになったとか。本作品の世界だとどうでしょうか?




