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マダガスカルまだ助かる④

南インド洋:ケルゲレン島沖



「オエーッ!」


「ゲロゲローッ!」


 猛烈なる波浪に苛まれた水兵達が、あちこちで嘔吐しまくっていた。

 一般に吠える40度などと呼称される、西向きの卓越風が吹き荒れる地獄めいた海域。航空母艦『インディペンデンス』はそんなところを、諸々の流れに敢然と立ち向かって航行していたから、まあ無理もない話に違いない。夕飯にはネブラスカ産の豪勢なステーキが出たりもするが、ほとんどがその辺を回遊している魚類か何かの養分になってしまうから、大層もったいない限りである。


「ただまあ、随伴艦よりはましだろ」


 第32任務部隊を率いるパウナル少将は、そんなことをケロリと言ってのける。

 同一の艦体を用いているクリーブランド級軽巡洋艦の『サンタフェ』はともかく、新造のフレッチャー級駆逐艦4隻に乗り組む者達は、とにもかくにも悲惨なものだ。見渡す限り灰色の大海原の中を、極まりなく猛烈な波風に揺す振られながら進むなど、実のところ正気の沙汰ではあるまい。


 だがだからこそ意味がある、そんな確信が間違いなくあった。

 まず魚雷が直進せぬから、潜水艦の心配をしなくて済む。加えて小規模であるとはいえ、航空母艦を伴った艦隊がこんなところを遊弋しているなど、如何な敵とて夢にも思わぬだろうからだ。


「でもって、ええと……敵艦隊の位置が判明したんだな?」


「ええ、その通りです。20時間遅れの情報ですが……うっぷ」


「何だ、情けない奴」


 航海艦橋の床面を汚そうとする参謀長に、パウナルは軽快なる笑い声を浴びせる。

 それから暫く。少しばかり空気が酸っぱくなった後、敵情に関する報告が再開された。


「で、ジャップ&パスタ艦隊の現在位置は何処なんだ?」


「恐らく既にモーリシャス北方沖かと。昨日に報告があったのがアガレガ諸島沖で、針路が真南ですから……うえッ」


「頼むから地図をゲロ塗れにしないでくれよ?」


 こいつは地上勤務が長いから仕方ない。そんな風に思いつつ、パウナルは考えを素早く整理する。

 イタリヤ海軍が予想外の規模でもってインド洋に進出し、セーシェル諸島沖で日本機動部隊と合流した結果、航空母艦2隻と戦艦5隻を擁する一大水上部隊となったとのこと。ここ1年ほどインド洋を荒らして回っている『隼鷹』と『飛鷹』でもって、トゥリラ近海を遊弋する護衛空母群を痛撃した後、艦砲射撃でもって橋頭保や輸送船団を焼き払わんとの目論見に違いない。


 そして敵艦隊は今頃、舵を南西に取っていることだろう。

 空襲を仕掛けてくるとすれば、マダガスカル島の南東岸沖100海里くらいに展開するのが適切と思われたためだ。パウナルは腕時計を一瞥し、敵がそこに到着するのは概ね30時間後と概算する。


「明後日の早朝には、戦が始まるといったところか?」


「はい、恐らくは」


「ならば我々もそろそろ北上するとしよう。油断しているところに殴り掛かって、少なくとも敵空母1隻を無力化してやらんとな」


 決断がなされるや否や、居並ぶ者達が和んだ面持ちを見せる。

 吐瀉物に塗れた航海から、ようやく解放されることへの安堵の方が、来るべき投機的作戦への期待よりも大きそうなところが嘆かわしい。もっとも南オーストラリアはアデレードより、南極海近傍を4000マイルほど突っ切ってきたのではあるから、そうなるのもまったく無理からぬ話ではあるのだが。





モザンビーク海峡:トゥリラ沖



 戦艦『コロラド』に将旗を掲げたるターナー少将は、かつて一敗地に塗れた人間である。

 ルーズベルト大統領が信じて送り出し、機動部隊の攻撃によって大損害を受けたSP3船団。その護衛に責任を負っていた彼が、再び水上打撃部隊の指揮官として現役復帰するなど、にわかには信じ難い話であろう。


 それ故にマダガスカル上陸こそ、汚名返上の好機との確信があった。

 そして今のところ作戦は順調に進められているようだった。何十という水陸両用トラクターに乗り込んだ海兵隊員達は、圧倒的な艦砲射撃や航空支援の下、見事フランス軍を撃ち破っていたからだ。狂人と渾名されるスミス少将が、異常なほど口喧しく文句をつけてくるという頭痛の種はあったが、問題といったらその程度ではある。


「であれば、後は迫りくる敵艦隊を返り討ちにするまで」


 肉食獣めいた相貌に戦意を滲ませ、ターナーは南東の海を眺める。

 その辺りで水上戦闘となると思ったためだ。護衛空母群による迎撃とパウナル少将の奇襲により、敵機動部隊の航空戦力は大幅に損耗するだろう。それでも尚、日本やイタリアの戦艦群はやってくるに違いない。それを砲雷撃戦によって見事叩き潰せば、ダーバンで待機している陸軍部隊をトゥリラに送り込み、円滑にマダガスカルを占領できるのだ。

 いや――むしろインド洋の制海権がひっくり返るほどの衝撃となるかもしれない。そう思うとなかなかに心が奮えた。


「艦長、自信のほどはどうだね?」


「この『コロラド』は20年前の生まれですが、実のところ新鋭戦艦にも引けを取りません」


 艦長のウッドサイド大佐はそう断じて微笑み、


「敵は懐かしの金剛型2隻に、イタリアの戦艦が3隻。我が方も数の上では同じですが、英海軍のネルソン級2隻を含めて、海軍休日時代の16インチ砲艦が3隻。であれば負けはあり得ますまい」


「そうだ。その意気込みでもって、敵を片っ端から沈めてやろう」


「さすれば戦局も一気に動くでしょうな」


「うむ。連合国勝利の立役者となって、花道を歩くのがこの俺だ」


 ターナーは少し傍若無人な具合に凄み、秘蔵のウィスキーを少し呷った。

 カッと熱くなった脳裏に、海軍作戦本部長となった自分の姿がありありと浮かぶ。そんな未来も夢ではない、彼は己が内心に何度もそう言って聞かせた。





インド洋:マダガスカル島東岸沖



 黎明。航空母艦『飛鷹』の搭乗員待機所には、一触即発の空気が張り詰め始めていた。

 その原因はもはや記すまでもない。元々乗り組んでいた搭乗員達と、応援でやってきた博田大尉率いる艦爆隊の面々が、例によって角を突き合わせているのである。飛行甲板上で暖機運転中の艦載機が奏でる音色に、誰も彼も気を昂ぶらせているという側面もあるのだろうが、それにしても大人げない。


「ええと、汎用対米決戦猛獣を称する居候どもの戦果だが」


 宮本なる大尉が嫌味な顔をし、


「駆逐艦にフリゲート、通報艦。工作艦、油槽船、貨物船……結局のところ全部雑魚では?」


「何だァ、てめェ……」


 博田は頭の血管を浮き立たせ、強烈な顰め面を返す。

 だが彼の部隊が思うように戦果を挙げられていないのは、純然たる事実に違いない。加えて古巣たる『天鷹』は英海軍の海賊攻撃を受けて大破し、数週間前にようやく復帰したばかり。


 一方の『飛鷹』はといえば、直近では独伊パイロットの訓練に従事していたものの、就役以来インド洋で暴れ回っていた。

 セイロン島攻略作戦を皮切りに、湾岸や紅海において奮闘し、小沢機動部隊の米本土空襲に合わせてパースを爆撃したといった具合である。しかも同じく艦爆乗りの宮本はその過程で、部下とともに豪州海軍の重巡洋艦『キャンベラ』へと急降下し、一度に50番爆弾7発を命中させて沈めるという赫々たる戦果を挙げていた。鼻持ちならぬ態度にも理由があるのが腹立たしい。


「間が悪かったに過ぎん。マダガスカルでは敵空母撃沈間違いなしだ」


「ほう、大した自信だな」


 宮本がニヤニヤ笑い、


「命を懸けるのは当然として、他にも何か賭けるか?」


「ああ、博田大尉は今回の出撃に全財産を賭けるって話なんですよね」


 唐突に無茶苦茶な台詞が響き、周囲が途端にざわついた。

 誰かと思えば飛行長の諏訪少佐である。『天鷹』関係者は何処へ行っても目の敵にされるが、彼だけは例外だ。


「戦果が挙がらなければ、潔く全財産をばら撒くとか。宮本大尉も乗りますか?」


「ええと、何ですかそれは?」


「はい、時間切れ」


 目を丸くする宮本に、諏訪は淡々とそう告げる。


「まあともかく出撃が近いのですから、座禅でも組んで備えるのがよいでしょう」


「は、はあ……」


 そんな調子で誰もが呆気に取られ、場は曲がりなりにも治まった。

 もっとも博田にとってもまったく身に覚えのない話だった。ただそれについて尋ねる前に、角田中将やら艦長やらが現れて訓示を始め、そのまま機上の人とならざるを得なかったのである。


「まあ、いいか。とにかく沈めりゃ済む話だ」


 博田はそう嘯き、爆装した愛機を疾駆せしめる。

 攻撃目標はトゥリラ沖に展開する特設空母群。量産型貨物船に飛行甲板を乗せた程度の、随分と鈍足の艦であるから、50番爆弾を叩き込むのも容易い仕事に違いない。

次回は3月5日 18時頃に更新の予定です。


マダガスカル沖に戦力が集中し始めていますが……海軍条約時代の16インチ砲艦7隻のうち、5隻が集まってきたということに。同窓会的な気配でしょうか?

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 喜望峰を超えるUボートはこの吠えるラインを殊更恐れてたみたいですね 後、駆逐艦側も爆雷を落とすどころか主砲を撃つのも大事になっててうねる波間を落ちたり上がったりするUボートを艦砲射撃し…
[良い点] モザンビーク沖のようにエキゾチックなところでの戦闘用意と空母飛鷹の愉快な面々。 「汎用対米決戦猛獣」は良いですね。 なんか変なものでも食って腹を壊してそうです。
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