マダガスカルまだ助かる③
次回は3月3日 18時頃に更新の予定です。
例によってあまり期待されていないイタリヤ海軍ですが……彼等の活躍ぶりや如何に?
トリンコマリー:航空母艦『飛鷹』
「敵は米英合わせて戦艦5隻に特設空母6隻か。結構な戦力だ」
「それと基地航空隊が続々と展開しつつあるようで。こちらも早急に対処するべきかと」
「ふゥむ……」
第二航空艦隊旗艦たる『飛鷹』の司令長官公室にて、角田中将は頭を悩ませる。
日欧航路の安全化およびインドの無力化という観点から、マダガスカル方面に戦力を投入するという話は、随分前から挙がっていたようである。だがヴィシー政府との交渉をチマチマとやっている間に、連合国軍に先を越されてしまった。そうしたらすぐに救援をと要請された訳だが、もう少し早く話がまとまってさえいれば、上陸地点を陸攻で空襲できたのにと思えてしまう。
とはいえ既に手遅れという訳ではあるまい。
こちらの手札としては隼鷹型航空母艦2隻に加え、歴戦の『飛龍』が加わっている。相手となるボーグ級あるいはサンガモン級とみられる6隻は、いずれも艦隊運動に堪えられる艦ではないから、陸上機を含めても鎧袖一触ではないか。そんな楽観論まで出てきたりもする。
「ですが隻数が増えれば当然、同時発艦能力も高まります」
航空参謀はあくまで慎重で、
「これら特設空母群に関しては、搭載機数も20から30程度であり、陸上部隊の支援に振り向けられている面もございますが……甘く見てかかると迎撃機をやたらと上げられ、徒に航空戦力を消耗してしまいかねないかと」
「なるほど。電探技術ではあちらに一日の長がある以上、相応に厄介か」
「はい。加えて現在確認されている特設空母群は1群のみですが、米国の建艦能力を鑑みますと、もう1群が付近に潜伏しているとしても不思議はありません」
「とりあえず零戦とかと一緒に、二式艦偵をセーシェル経由で送り込む手筈は整っているのだろう?」
角田は机上に広げられた地図の、マダガスカル北端の辺りを見やる。
第二航空艦隊がマダガスカル増援を行うのと同期して、水上機母艦『日進』などを高速輸送艦として用い、マハジャンガなる町に航空基地を開設する予定だった。現地にもフランス軍が用いている飛行場があるにはあるが、単に燃料と滑走路があるというだけでは、作戦機の運用というのはできぬものである。
「それをもって索敵を徹底、確実に先手を取り、一撃をもって片付けてしまうが得策だろうな」
「その意味では、敵戦艦が5隻もいるというのも厄介です」
論を挟むは砲術参謀で、
「我が方は『長門』、『陸奥』を揃えているとはいえ、英海軍もかの『ネルソン』、『ロドネー』を擁しております。砲戦力としては敵が2門分優位、かつ23ノットは出る上に前甲板に砲塔が集中しているため優速をもって戦うというのも難しい。これに加え、米標準戦艦と推定されるものが3隻ですから、航空攻撃等で何隻か後退させていただかねば、正直厳しいとしか」
「ふむ、叩かねばならん目標が多いなァ……」
議論はなかなか煮詰まらない。
水雷戦でもって片付けようにも、これまた艦隊の直衛が辛うじてできるかといった程度。下手をすると潜水艦に主力艦が食われてしまいかねないから、これまた容易に分遣できないものである。
であれば更なる増援をとも思うが、聯合艦隊の山本長官の返事はにべもなかった。
乾坤一擲に米本土空襲を終えて内地へと凱旋し、1億の国民を大いに沸かせた機動部隊であるが、その時に負った傷を癒し終えたとは言い難い。加えて巨大な造船能力によって再建されつつある米機動部隊が、東太平洋において怪しげな動きを見せているというから、下手に主力を動かせぬという事情もあるとのこと。
未だ優位を保った戦況であるとはいえ、マダガスカルを見ても分かる通り、連合国軍の反攻は各地で始まっているのである。
「ともかくインド洋で心配する必要をなくすためにも、ここで敵の出鼻を挫いてしまわねばならん」
改めて確認するかのように角田は言い、
「だがこれは裏を返せば、連合国軍の作戦はトゥリラの橋頭保を守り切れば成功ということになる。とするとあの辺りに延々と居座って守りを固めておるかもしれんし、そうなる先手は取れるかもしれないが航空隊の被害も大きくなりそうだ。艦隊戦力を釣り出す上手い方法はないだろうかな?」
「ところで、その」
それまで首を傾げてばかりだった航海参謀が尋ねる。
「イタリヤ海軍の有力な水上艦隊もおります。彼等も我々と協同する予定であったのでは?」
「いや、それはその通りだがなァ」
角田は呻く。地図上のアラビア半島の南端、アデンの辺りに、大勢に目が釘付けになった。
古の時代より欧州とインドを結び、現在は枢軸軍の要地となっているこの港湾には、戦艦3隻を中核とする艦隊が集結しつつある。イタリヤ海軍東洋艦隊だ。4万トン超のヴィットリオ・ヴェネト級戦艦二番艦の『リットリオ』に、新たに就役した三番艦の『インペロ』など、海原で戦うに申し分ない戦力と見える。
「一応、セーシェルのアルダブラ環礁で合流することにはなっておるが……実のところ一度も合同訓練なんぞしたこともないし、指揮系統だってさっぱり調整しておらん」
「それに、あのイタリヤ海軍でしょう?」
砲術参謀は妙なくらい不審げな声色で言い、
「地中海での体たらくを見るに、どれほど戦力となるか分かったものではありませんよ。何かあるとすぐ母港にトンボ返りしてしまったりしませんかね? あるいはまた複葉機の雷撃で戦艦を沈められてしまったりとか。ドイツでは冗談になっておるそうですよ、あの国を攻めるには1個軍団で済むが、味方になると援軍として2個軍団が必要だとか」
「彼等の艦隊行動がやたらと消極的に見えるのは、石油の不足が故。まず他山の石とすべきかと」
航海参謀がすかさず反駁し、
「それに湾岸作戦でバーレーンを占領して以来、燃料事情の改善により、彼等も十分な戦力を取り戻しつつあります。その証拠にアルボラン海で揚陸艦隊を襲撃し、重巡洋艦2隻と戦車揚陸艦多数を沈めるなどしておりますし」
「とすればまあ、米英とて無視はせんだろう」
参謀同士がいがみ合ってどうでもいい議論を続けぬよう、角田はスパッと断じる。
「ええとそれで、イタリヤ人はどうする心算なんだったかな?」
「詳細については未だ不明です。ただ彼等としても航空機による援護を受けられぬ状態で航行したいとは思わぬでしょうから、一度我々と合流した後であれば、無茶苦茶なことはしてこないのではないかと」
「ふむ、まあそれはそうだろう。とすればとりあえずは……いざ砲撃戦という時に、唐突に反転して遁走するとかでなければ、何でも構わんといった具合に考えておけばよさそうだ。こちらは曲がりなりにも空母機動部隊なのだから、敵特設空母群を破ってしまえばどうとでもなるだろうし……我が方の『長門』と『陸奥』が敵の『ネルソン』、『ロドネー』を抑えている間に、残りを相手取ってもらうとするか」
「流石に米標準戦艦に負けはせんでしょうしね」
概ねそんな具合に話がまとまってきたので、詳細を詰めつつ菓子でも食べる。
すると何だか外が騒がしい。罵声や怒声が飛び交っているようだ。いったい何事だろうかと大部分が首を傾げ、ただまあ元気があっていいんじゃないかと雑に処理されてしまった。
ただ独り航空参謀だけは、面倒臭そうに溜息をついていた。
マダガスカル増援のため艦載機を搔き集めていたら、悪名高い『天鷹』から分遣されてきた連中が艦爆隊に紛れてしまった。これが何かと揉め事ばかり起こすことを、彼だけは把握していたのである。




