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マダガスカルまだ助かる①

ロレンソ・マルケス:高級ホテル



「捕虜交換第二陣が遂にプレトリアに到着。駅に歓喜の声沸き立つ」


「ヨハネスブルグ反戦デモ、警官隊と衝突。国民党マラン牧師、怒り心頭の大糾弾演説」


「ダーバンにて白昼堂々の大強盗。自称ルパン13世、総額1万ポンドのダイヤモンドを強奪」


 隣国の動静について調べると、かような文字が紙面に躍っているのが分かる。

 中立国ポルトガルが領有するモザンビークの、各陣営の有象無象が蠢くロレンソ・マルケスなる港町。イスタンブールからこの地に来る宝石商のオクタイ氏にとってみれば、それらの意味するところは明白だった。


(実際、あそこはひと悶着あったからな)


 記事を読みつつ、オクタイは開戦劈頭の頃を思い出す。

 英連邦王国に属する南アフリカ共和国は、現在連合国に加わってはいるものの、参戦するに当たっては短いが激烈な議論がなされたことが知られている。元々が英ケープ植民地がトランスヴァールやオレンジ自由国といったオランダ・ドイツ系移民の諸国を併呑した末に誕生した国家であったから、世論がまったく一枚岩でないのだ。


 しかも戦争への非協力的な傾向は、北アフリカ戦線に派遣していた2個師団がロンメル軍団の大攻勢を前に降伏するという事態に至り、更に加速しているようだった。

 特にドイツは捕虜交換を巧みに用い、また金やダイヤモンドによって巨万の富を得ている資本家とそれに連なる与党への反感を醸成するなどし、親枢軸的言論の拡散を狙っていた。その結果が国民党系勢力の躍進で、中には堂々とヒトラーとの同盟を公言する者も出てきている。連合国が未だ本格的な反攻に移れていないことを考慮すると、もしかすると南アフリカの脱落もあるのではないか、そう思えてくる状況だ。


(それから最後の件だが……)


 オクタイは事件の概要を軽く検める。

 恐らく出所不明のダイヤモンドが、近々うちにも転がり込んでくるに違いない。それを買い叩いて故国に持ち帰り、ドイツ人やイタリア人に売るなどすれば、これまた結構な利益になるだろう。モース硬度10のかの鉱物は、ただ貴人を輝かせるだけに非ず。総力戦の只中にあっては、切削や穴あけといった工業的用途にこそ、とてつもない需要があるのだ。


(まあこれまで通り、金儲けさせてもらうとしよう)


 オクタイはほくそ笑み、給仕を呼んでワインを持ってこさせる。

 ところがどうした訳か、彼の商会にはさっぱりお呼びがかからなかった。かなり割高な手間賃を嫌がったドイツ人は、ヴィシー政府との協定が成立したこともあり、相当に直接的な手段を採り出したのである。





モザンビーク海峡:エウロパ島沖



「よし、戻ったら早速政府転覆大作戦を始めよう」


「俺等の未来を勝ち取るためだ」


 老朽貨物船『フォールトレッカー』の船室に、威勢のいいアフリカーンス語が響き渡る。

 義足のバーナードと呼ばれる頭領に率いられた彼等は、国民党の中でも割合と過激な組織に属している。戦争継続を訴える政治家を片っ端から暗殺して回り、更には武力闘争でもって政府を転覆してやろうと考えている一団だ。


 付け加えるなら、世を騒がせている怪盗一味もまた、彼等の自作自演である。

 つまるところ工員と一部管理職が結託してダイヤモンドを盗んだりチョロまかしたりして資金源としていたのだが、闇市場に卸すというのはなかなか割に合わないものだ。そんなところでドイツ特務機関と渡りをつけられたからたまらない。工作機械用のそれを喉から手が出るほど欲していた彼等は、盗品だろうが全く気にしなかったし、対価として入手の難しい武器弾薬の類を、マダガスカル島経由で随分と提供してくれるのだ。


「しかもありがたいことに、銃はエンフィールドだ」


 バーナードはいただいたうちの1挺を握り、


「北アフリカでの鹵獲品ってことらしい。ブリカスのだってところは気に食わんが、戦うのが俺等だってのを考えると、この方が出自が分かり難くていいだろう」


「ついでに弾の補給もし易いんでさあ」


「うむ。貴様、学があるな。俺等が天下を取ったら、参謀にでもなれ」


 そんな浮かれ調子で会話が弾み、遠大なる将来展望が語られる。

 政権を取って英軍を追い払った暁には、枢軸同盟に加盟してローデシアやコンゴへと攻め込み、アフリカ南部に広がる一大帝国を建設するのだ。得られた広大なる土地を農民に分配し、貴金属や宝石類を輸出した資金で工場を建てて大勢の労働者を雇う。ケチなブルジョワではなく国民を代表する党が、断固として資産を循環させる政策を指導していけば、アフリカーナーも英国系移民も全員が幸福になれるという寸法だ。


「それでもって……」


「ボス、やべえです!」


 大慌ての見張りが飛び込んできて、


「どれくらいやべえかっていうと、マジやばえです」


「それじゃ分からんだろうが」


 バーナードは怒鳴りながらも、義足であるのが嘘と思えるほど素早く立ち上がった。

 そうしてラッタルを駆け上がってブリッジに就くと、誰もが呆気に取られており、ついでに彼もその1人となった。


「え、米英連合の大艦隊でさぁ」


「糞、本当にどでかいな……お前等、今はしおらしくしておけよ?」


 ゴクリと唾を飲み込みつつ、剛毅な声でそう命じる。

 星条旗やホワイト・エンサインをはためかせた大艦隊が、複数の戦艦すら含んだ数十もの艨艟が、威風堂々海原を驀進していた。それらの前でバーナード達ができることといったら、独航船を装って大人しく航行し、諸々が露見せぬよう祈ることくらいである。





海南島:海口



 まだまだ暑さの続く8月下旬。博田大尉は部下とともに南国にあった。

 河南省において蒋介石の軍勢数十万を掃討した皇軍は、その勢いのまま長沙を攻略。更には4個師団が広州に上陸、一気に北上をかけており、その進撃を空から支援するためにやってきた訳だった。


 とはいえこの時期、台風がやってきてザンザカ降りになったりもする。

 それ故に今日のところは出撃もない。だから航空に関する座学をやったり、あれやこれや本を読んだりし、それらに飽きてきたところで博打大会と相成った。ただ多少は軍人らしく、次の作戦は何処かが賭けの対象である。


「いや、やはり南太平洋でしょう」


 秀島という元気者な中尉は自信たっぷりで、


「米軍の反攻はオーストラリアからでしょうし、この間はタウンズビルを『大和』が砲撃したそうじゃありませんか。これは作戦の近さが故でしょう、南太平洋の10円賭けます」


「右に同じ」


「そうだな、俺も乗っておくかな」


 幾人かがそれに同調し、ノートの切れ端に官姓名と金額を書いて箱に放り込む。

 一方で最近予備学生を上がってきた尾道という少尉は、少しばかり首を傾げた後、地中海ではないかと分析する。


「して、その心は?」


「ここで一気にジブラルタルを陥落させてしまえば、イタリヤの海軍力はインド洋に集中できます。これは我が国にとっても大きな利得があるのではないかと。燃料は少々心配ですが、バーレーンでの採油は好調らしいですし、キルクークも思ったほど英軍による破壊が深刻でなかったとのことです」


「なるほど。確かにそれも興味深いな」


 博田は楽しそうに微笑み、


「だがここはハワイだろう。真珠湾と停泊中の軍艦をもう一度ぶっ潰してやれば、米軍は反攻どころでなくなる。どうだ、ハワイに乗る奴は他にいないか? 俺なんか20円賭けてるぞ」


「では隊長の勘を信じて10円」


「よし、ではこんなものか」


 士官室の全員が賭け終えたところで箱を閉じ、


「言うまでもないことと思うが、賭けに勝てても途中で戦死してしまっては受け取れん。そういう訳だ、今日のところはビールでも飲んで鋭気を養い、今後に備えよう」


「おおッ!」


 一同がワッと沸き上がり、瓶が幾つも取り出される。

 今日のところは博田が全員の分を注いでやり、士気が最高潮になったところで乾杯だ。地元で買った鶏飯だのアワビ料理だのを持ち寄って騒ぎ、更には名物のエビ天まで登場した。言うまでもなく、中にはスピンドル油で揚げたものが入ってる。他の部隊でも真似するところが出て、文句をつけられたこともあるが、そんなの知ったことではない。


「おやおや、盛り上がってますね」


 通信科の中尉が目ざとくやってきて、


「ところで先程、マダガスカル島南部に米英軍が上陸を始めたとのこと。現地のフランス軍から救援要請が出ておりまして、次はそちらでの邀撃作戦かもしれんそうです」


「ありゃ、何とまあ」


 博田は目を丸くし、他の者達も同様だった。

 次がアフリカというけったいな予想した者は、実のところ1人もいなかったのである。

次回は2月27日 18時頃に更新の予定です。


マダガスカル島、それから南アフリカが焦点となってまいりました。

なお本作品の世界では、早々に英東洋艦隊が壊滅的打撃を受けてしまった関係で、史実では昭和17年5月に行われた英軍のマダガスカル占領(アイアンクラッド作戦)は発動していない形です。


ところで第二次大戦ものの仮想戦記は多くあれど、当時の南アフリカ情勢に触れた作品ってあまりないですよね。

僕も『真・大東亜戦争』シリーズくらいしか見たことがありません。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白く拝見しています。 少し珍しい地域で話が展開するのが興味深いです。 北アフリカ戦のゲームで南アフリカ師団が他の師団より戦闘力が低く設定してあったりしますが、編成装備というよりも戦意の問…
[良い点] インド洋を取り戻すための第一歩を英米が踏みましたか。果たしてどうなることやら
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