大陸包囲撃滅陣
河南省:許昌近郊
「ふゥむ、あれが陸軍戦車師団の先鋒か!」
眼下に広がる圧倒的光景に、艦爆隊の博田大尉は感心した。
百にもなろう数の戦車が濛々たる土煙を巻き上げて驀進し、その後方に自動貨車の群れと思しきが追随する。機械化部隊の快進撃で、聞けばこの戦域には戦車第2、第3の両師団が投入されているとか。全戦線で大攻勢を仕掛けてきたる敵の正面を強引に突破し、しかる後に包囲戦を展開せんとする支那派遣軍の意気込みが、遥か空にまで伝わってくるようだ。
「さあ、敵を見事ぶっ飛ばしてやるとしよう。宇野、全機ついてきているか?」
「はい、問題ありません」
「分かった。まったく今日はいい調子だな!」
後部座席の宇野二飛曹の報告を受け、博田は目更に上機嫌になった。
受領して間もない最新鋭艦爆の彗星は、まだまだ不具合が多いのである。生産に関してはダイムラー社直々の指導があったお陰で順調とのことだが、前線の整備員達が液冷エンジンの扱いに戸惑っているところがあるらしく、出撃したうちの半分が機体不調で帰還を余儀なくされたなんて事例すらあった。
そんな難物な航空機が、全機揃っての爆撃任務を行わんとしている。昨晩の博打で大勝ちしたことよりも嬉しい話だ。
(とはいえまあ……)
意外でも何でもないが、拍子抜けるする任務である。
インド方面からの補給を失ったシェンノート空軍が、とうに壊滅状態に陥っているのは知れた話で、迎撃機など飛んで来るはずもない。しかも聯合艦隊があちこちで大暴れしたことから、南太平洋もインド洋もこのところ小康状態。だから陸海軍の航空部隊が、博田のような艦隊勤務者や錬成途上の人員を含めて軒並み大陸戦線に投入されている訳で、射爆演習も同然となった圧倒的波状攻撃が、大機械化部隊の電撃的侵攻を可能たらしめているのだ。
「まあ……横文字にするとオン・バトルフィールド・トレーニングといったところか」
「大尉、そいつは何ですか?」
「敵を倒せて飛行時間が稼げ、更には犠牲も少ない一石三鳥の訓練法だ」
「なるほど。大変ありがたいですね」
「そうだ。ここでの経験は来るべき決戦に資するだろう」
他愛ない笑い声が、熱田エンジンの音に混ざる。
博田は程なく目標を捜索し終えた。吹き飛ばすべきは国府軍の砲兵陣地。上空を少しばかり旋回し、落ち着いて狙いを定め、最適な位置から急降下爆撃を仕掛ける。強烈な加速に胃袋がすっこ抜けそうになる感覚は、何時味わっても素晴らしい。
「それッ、食らえ!」
高度500で投弾し、渾身の力を込めて操縦桿を引き起こす。
博田率いる爆撃隊は次々と50番爆弾を放ち――弾薬庫が誘爆でもしたのか、程なくして大爆発が発生した。
「よし、ドンピシャリだ!」
アッサム州:ヒマラヤ山脈南麓
「むッ……何だ、ありゃあ?」
陸軍飛行第50戦隊の新顔なる蔭山中尉は、喜びに打ち震えていた。
哨戒飛行の最中、経験豊富な二番機の田畑軍曹がいち早く不審な機を発見し、航空無線でもって教えてくれたのだ。それは間違いなく英空軍機で、しかも四発の大型機であるようだった。インド亜大陸全域に広がる大混乱の影響で、滅多に空中戦の発生しないベンガル戦線においては、なかなかに珍しい獲物である。
「ただちに攻撃する。田畑、続け」
「了解」
高度6000メートルの大空に、ハ115発動機の音が木霊する。
蔭山の駆る隼は翼を翻し、教本通り後上方からの攻撃を行うべく、鋭い飛行機雲を描きながら緩降下。だが同じく高度を落とし始めた相手は存外に高速で、思うように距離が縮まらない。しかも峻険なる山肌に機体を沿わせるなど、なかなか厄介だった。
「うぬう、手練れのようだ」
「中尉、無理は禁物です」
「分かっている」
戦意に満ち満ちたる手で操縦桿を強く握る。
下士官に舐められているようではやっていけない。だが襲撃を仕掛けようにも、下手をするとヒマラヤ山脈に激突である。慎重に地形を観察し、打って出る時機を見極める必要がありそうだ。
「よし、次……うおッ!?」
猛烈なる突風に見舞われ、蔭山は大いに慌てた。
万年雪を被った尾根が急速に迫り……あわやお陀仏といったところで、どうにか機体を引き起こして事なきを得る。飛行機乗りになった以上、畳の上で死ねるとは思ってはいないが、戦果も挙げぬうちに事故死なんてのは最悪だ。
「ふう、びっくりした」
「中尉、敵機が墜落しました」
田畑の声が安堵感を吹き飛ばす。
だが彼の言う通り、追い詰めていた敵大型機は、ゴツゴツした岩肌に突っ込んでしまっていた。機体は見事なまでにひしゃげて燃え上がり、主翼や尾翼だったものが切り立った崖を転げていく。何故かキラキラしたものもばら撒かれたように見えたが、その正体はまったく詳らかでない。
「……1機撃墜ということでよろしいか?」
「問題ないかと」
蔭山と田畑はそう合意し、戦隊司令部にその旨を打電、哨戒飛行を継続した。
ここで墜落したのが秘密輸送任務にあったアブロ・ヨーク輸送機で、相当な値打ちの宝石やら金塊やらを積載していたと判明するのは、戦争が終わって暫くしてからのことである。
揚子江:蕪湖近郊
「わはは、これまた実に愉快爽快!」
高谷大佐は高らかに笑いながら、装甲巡洋艦『八雲』の艦橋より揚子江北岸を睥睨する。
敢えて棄てたる合肥から押し寄せてきた国府軍の大軍勢が、その辺りで散り散りになっていた。適当な発案によって実現してしまった河川機動部隊は、古い石炭専燃罐から生じる龍かとばかりの煙に辟易しつつも、面目躍如とばかりに撃ちまくる。
大海原にあっては時代遅れの砲熕も、陸の雑多な兵を撃滅するには十分だ。
艦載されたる20.3㎝の大口径砲や半世紀前の速射砲、急遽据え付けた25㎜機銃までが轟然と火を吹き、後続する軽巡洋艦『天龍』と彼女に率いられたる駆逐艦群もまた、大小様々なる砲弾を雨霰と見舞っていく。身動きの取れぬ河川にあっては、野戦砲などあると厄介なところだが、それらは航空隊が丹念に潰してくれたようだった。
そうして総仕上げとばかりに、陸軍特種船から次々と舟艇部隊が発進し、統制を失って混沌とする敵陣へと斬り込んでいく。実に素晴らしい景色だった。
「これぞまさしく20世紀合肥会戦である!」
高谷はそう放言し、身に付けた鈴をチリンチリンと鳴らす。
陸軍内で今甘寧などと呼ばれていることに気を良くした結果がこれである。まああいつじゃ仕方ないといった扱いに、支那方面艦隊でもなっていたりするのだが。
「ところで作戦参謀な」
機動部隊を直卒している吉田大将はどうにも物臭げで、
「合肥会戦といったら三国志だろう。しかも貴公が甘寧なら、我等は結局は滅ぶ呉になってしまうよ。ついでに合肥では5回ほど戦があったはずだが、勝ってるの全部魏軍じゃないか」
「あ、そういやそうでしたっけ」
「しかも甘寧は2度目の合戦の後、病死してしまうよなァ」
「ううむ……」
何と反駁したものか、正直なところ思いつかない。
あまり出来のよろしくない脳味噌でもってあれこれと考え、何とか結論らしきものを捻り出す。
「歴史など繰り返しようがない訳ですし、特に諸国のそれなどは都合に合わせて引ずればよいと愚考する次第で」
「貴公は常時ご都合主義と愚行だらけだな」
吉田は表情を和ませて苦笑し、
「とはいえまあ、この通りなかなかな作戦も立てる。老兵もいいとこな儂とは違って、貴公はまだまだ頑張れそうだ。得意のご都合主義でもって、米英の機動部隊を百叩きにしてやれ」
「ええ、願わくば航空戦隊をと思っております」
「いやな作戦参謀、貴公が人事計画をぶち壊す真似をせんようくれぐれもと、要請を受けておるのよ」
そんな台詞とともに軽やかなる笑い声。
主力艦の撃沈には至らなかったものの、航空母艦『天鷹』の艦長を務めていた間の戦歴は、どうした訳か結構に評価されてはいるらしい。とすればまったくありがたい限り。高谷は意気込み新たに現在進行中の作戦を俯瞰し、殷々と鳴り響く艦砲射撃の音に心を弾ませた。
なお"20世紀合肥会戦"はその後、帝国陸軍の大勝利に終わることとなる。
河川機動部隊と第11軍が巧みな運動戦で攻勢を破砕されている間に、日の丸機甲部隊が京漢鉄道沿線を猛進。鄭州と武漢を予想外の速度で接続し、国府軍第1戦区を鮮やかに大包囲してしまったのだ。
次回は2月23日 18時頃に更新の予定です。
史実より豪華かつ国府軍がより追い詰められている大陸打通作戦が、昭和18年のうちに始まりました。
ビルマやニューギニア、ソロモンなどが小康状態で、援蒋ルートが断絶している状況だと、まず大陸戦線を片付けようとしそうです。蒋介石の運命や如何に?




