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アメリカ大陸疾風怒濤⑦

太平洋:バンクーバー島西南西沖



「血路を切り開くのは俺達だ、一気にゼロを片付けるぞ!」


 アスティア大尉は部下達を奮い立たせつつ、僚機に増槽投棄を命じる。

 遠巻きにもはっきりと見える黒煙は、先遣した急降下爆撃隊の壊滅と引き換えに損傷させた蒼龍型航空母艦からのものに他ならぬ。更には彼女を沈めまいと駆け付けた零戦が、既に1個中隊ほど旋回しているようだ。


 一方でこちらは80機からなる攻撃隊で、戦闘機はそのうちの28機。加えて半数以上がF6Fヘルキャットだ。

 ただ制空戦闘が油断ならぬのは、敵機が追加で現れそうなところである。日本海軍の航空母艦は未だ6隻が健在で、相当数の零戦を有していると見られる。それらが戦場へと雪崩れ込んでくる前に勝負を決め、真珠湾以来の仇敵なる艦を、海の藻屑へと変えてしまわねばならない。


「深追いは禁物、速度を保て、ペア機を見失うな。死にたくなければそれを守れ」


「了解!」


 航空無線機から元気のいい返事が次々と返ってくる。

 もっとも言いつけを守れる者がどれほどかは、正直なところ心許ない。昨年、『エンタープライズ』を除く正規空母が軒並み沈んだことから、母艦航空団は凄まじいくらい損耗し、新鋭機に乗るうちの半数が新米というあり様だ。


 それでも同じことは日本海軍にも言えるだろう。

 特に補充能力ではこちらが有利。何としてでも生き残り、とにかく戦いまくっていけば、勝利は確実に見えてくる。苦しい時の踏ん張りこそが最も大事、心中で何度も繰り返しながら、スロットルを最大まで開いていく。

 敵もこちらに気付いたようで、距離は一気に縮まる。高度は1万フィート、正面からの同位戦となりそうだ。


「さあ狩りの時間だ、ゼロ神話をぶち壊せ!」


「ぶち壊す!」


「よし、かかれ!」


 そうして僚機に散開を命じ、アスティアは敵の隊長機らしきものと対峙。

 次第に拡大していく機影、そこから発散される殺意が、精神を激しく励起させていく。勝って生き残るのは自分達だ、そんな意気込みとともに突っ込んでいく。


「食らえ!」


 引き金を絞ったのはほぼ同時で、6条の12.7㎜機銃弾と野太い20㎜機関砲弾が宙を飛び交う。

 正面からの撃ち合いで勝負が決まることは、実のところまずあり得ず、実際その通りとなった。だが敵機は交叉の直後、急上昇旋回に突入。高度を取りつつこちらを追撃せんとの意図で、少なくとも拘束には成功したということだ。


「ハマー、ついてきてるな?」


「アイサー!」


「オーケー、勝負はここからだ」


 組んで長いグラント中尉の返事に満足しつつ、アスティアは愛機を緩やかに上昇させていく。

 高度1万フィートでは零戦の縦方向運動に追随してはならない。空戦が始まった後にそれを理解し得ていたのは、やはり部隊の半分ほどのようである。





「おおッ、何だ……やたら強そうなのがいるな」


 敵爆撃機への対処を終えて『蒼龍』救援に向かった打井少佐は、一目で異変を察知した。

 従来のF4Fワイルドキャットとは別次元の、クマンバチみたいな機影が目についた。新グラマンと適当に渾名する。


「いや、相当に手強いようだ」


 新グラマンについての認識をすぐさま改める。

 新参の敵機はズングリムックリな体格の割に、やたらと動きが俊敏なようだ。零戦と互角の空中戦を繰り広げ、中には追い回す奴までいた。その頑強そうな両翼がカッと瞬く。轟然たる弾雨が空を切り裂き、日の丸の翼が炎に包まれた。


「糞ッ」


 打井は悔しげに毒づき、


「第二、第三小隊および第二中隊はそのまま母艦の援護に向かえ」


 僚機にそう命じ、自分は操縦桿を横倒しにする。

 列機とともに急降下旋回。高度の優位を速度へと変換しながら、熾烈な空中戦へと飛び込んでいく。サッと観察してみたところ、敵の方が倍近い数となっているようで、その優位をもって押し切ろうとの魂胆らしい。


 ならば――横合いから殴りつけるまで。

 敵も味方も眼前あるいは六時に注意が注がれているものだから、こうした場では奇襲を仕掛け易い。一旦高度を取ってやり過ごそうとする新グラマンを素早く捜索し、ちょうど狙い易い位置にあった1機と軌道を合わせる。

 機影はグングンと大きくなり、気付かれた様子はない。そのまま九八式射爆照準器の多重円に捉える。


「いただきだ」


 打井は獰猛に笑み、7.7㎜機銃を放って弾道を確認。

 すかさず20㎜機関砲に切り替え、驚愕する搭乗員をコクピットごと吹き飛ばさんとする。だが敵もさるもの、被弾の時点で操縦桿を一気に前へと倒していたようで、大口径火力の投網を急降下で摺り抜けていった。爆撃機との交戦があったため、弾は元の半分ほどしかなかったが、それが更に減ってしまう。


「ちィッ、仕損じたか」


 再び吐き捨て、


「まあいい、次!」


 目玉をぐるりと動かし、新たな目標の捜索にかかる。

 一瞥しただけで手練れの搭乗員が乗っていると分かる零戦を、大回りだが無駄のない高速旋回でもって追い詰めている新グラマンがあった。これは間違いなく敵のエース機だ、ここで撃墜しておかねばならぬ相手だ。そう断じた打井はすぐさま追撃にかかり、一気に距離を詰めんとする。


 ただ言うまでもなく、技量に優れた相手が奇襲を許してくれるはずもない。

 打井は固唾を呑んで空戦に臨みつつ、まったく今日は大変な日だと思った。あるいはもしかすると、零戦も時代遅れになりつつあるのかもしれない。





「敵機が、全然見えない!」


「落ち着けハマー、クールになれ!」


 航空無線機から悲鳴を飛ばしてくる部下を、アスティアは間を置かず叱咤した。

 グラント中尉は例によって軽いパニック状態のようだ。とはいえ彼の言う敵機というのは、今はこちらの六時についている。生死がかかっているのはこちらなのだ。


「しかし、容易に振り切れんな……」


 アスティアは少しばかり操縦桿を引き寄せ、一気に横に倒す。

 バレルロールでもって前に押し出し、反撃に移ろうと試みたのだ。だが敵機はそれに即応して横転し、見事に軌跡を重ねて飛んでくる。機体が水平に戻った時にも尚、六時は取られたままだった。


「しくじったか」


 余計な真似をしたようだ。痛恨が込み上げるが、今は邪魔だと押しのける。

 最高速度ならこちらが上とは思うが、運動エネルギー喪失を狙ったような襲撃を度々仕掛けられるので、なかなかそこには至れない。あるいは一旦低高度まで逃げるべきかとも考えたが、そうするとこの恐るべき零戦は、対艦攻撃中の急降下爆撃機や雷撃機を狙うだろう。とすれば絶対にできない相談に違いない。


「攻撃は終了した。全機、帰投せよ」


 航空無線機からそんな命令が飛んでくる。

 前言撤回。アスティアは一気に操縦桿を倒し、愛機を急降下へと移らせる。ガンガンと金属の叩かれる音が響いてくるが、グラマン鉄工所製のF6Fは頑丈さが売りである。小口径機銃弾などものともせず、重力でもって一気に加速。前々から言われている通り、零戦はこうなると追随できないのだ。

 そして帰投方向へと機首を向けつつ背後を振り返ると、敵機が挑発的に飛んでいる。だがもはやそれに応じる理由などないし、何より燃料も心許なくなってきていた。


「とりあえず生き残りはしたな。ハマー、生きてるか?」


「はい、どうにか」


 部下の無事に一息つきつつ、アスティアは僚機が揃うのを待つ。

 元は16機あったF6Fは、結局この空中戦で4機が喪われたようだった。更には損傷したうちの1機は燃料をかなり漏らしてしまったらしく、可能な限り東へと向かい、飛行艇による救援を求めることとなった。

 それでも話を聞く限り、零戦を10機は撃墜したというから、勝負としてはまあまあということになるのだろうか。


「それで……攻撃隊は上手くやれたのか?」


「ああ。魚雷と爆弾を追加で1発ずつ命中させたさ」


「おう、やったな! とすれば何処かで沈みはするだろう」


 そんな具合にお喋りをしながら、50機を割りそうな数の攻撃隊が戻っていく。

 払った犠牲はかなり大きく、残った機体も煙を吹いていたりふらついていたりもするが、蒼龍型航空母艦はこれで致命傷を負ったに違いない。すぐには沈まぬのだとしても、位置が分かっている上に速力も低下したはずだから、最悪本土の爆撃隊が片付けていくことだろう。


「あるいは……」


 何か言おうとしたアスティアは、そこで何か言い知れぬ悪寒を覚えた。

 自分達が帰るべき機動部隊もまた、日本海軍による攻撃を受けてはいないだろうか。それはまったくもって妥当な懸念で、しかもちょうどこの時、第14任務部隊は急降下爆撃に見舞われていた。54機の零戦に守られた32機の彗星、その6割ほどが攻撃位置に到達し、航空母艦『エセックス』に4発の50番爆弾を命中させたのである。

次回は2月15日 18時頃に更新の予定です。


F6Fという厄介極まりない敵が登場してしまいました。一方、零戦の後継機は何時になるのでしょうね……?

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 零戦後継 [一言] インドミダブルで油圧カタパルトの実物を入手した日本海軍の艦載機はどうなるのかなぁ。 重量制限と離陸距離の緩和は確実にされますよね
[良い点] オオオ!落ち着いたハマーがベテランパイロットになっていく!
[気になる点] これは、蒼龍還らず、か? 爆弾は兎も角魚雷が痛すぎる [一言] グラマンはやっぱり強敵であります 場の仕切り易さと回避の確実さがあるのはやばい しかし、新世代の海軍機か 陸海でもう…
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