アメリカ大陸疾風怒濤②
北東太平洋:バンクーバー沖
「どうだ、何かいたか?」
「いえ、異常ありません。海ばかりが見えております」
「であれば我が国土は守られているってことだ」
喧しい限りの機内において、そんな会話が伝声管伝いになされる。
ワシントン州北西のベリンガム基地を拠点とする、哨戒飛行中のB-24であった。離陸後に針路を西北西に取って750マイルも進出し、根拠地を中心とする円弧を描くように飛翔する任務だ。
その間、見えるものといえば本当に海と空ばかりで、極まりなく退屈なのは間違いない。
だが機長のマクドネル大尉は、そうでなかったら大変だと熟知していた。大被害を受けたSP3船団はあまりに有名であるが、その後も日本海軍は多数の潜水艦を用いてアラスカ航路を脅かしていたし、時には重巡洋艦を中心とする艦隊すら投じてくる。高雄型と思しき艦に撃ちまくられ、エンジンの半分が駄目になった機体で戻ったことだってあるのだ。
「あれは今から4か月前……いや、半年前だったか……」
「機長、11時方向に航跡!」
「何だって!?」
単数形であったから、潜水艦のそれだとマクドネルは理解する。
すぐさま機体を降下旋回させ、報告のあった辺りの捜索にかかる。偵察員のニックは的確かつ迅速に報告し、B-24は無駄のない運動で目標のある方へと突き進む。通信士に敵発見と打電させることも忘れない。
「おおッ、あれか」
マクドネルが視認した時には既に、白い航跡が海原に描かれるばかりとなっていた。
それでも諦めるにはまだ早い。潜水艦が没したと思しき辺りを目見当で割り出し、そこへ向かって緩降下。
「投下、投下ッ!」
100ポンドの航空爆雷が次々と放たれ、海原に突き刺さっていった。
信管が深度100にフィートに設定されたそれらは、着水から暫くした後に連続的に炸裂。白く大きな水飛沫が幾つも上がり、強烈な衝撃波が水面を揺さ振る。
「どうだ、やったか……?」
弾着点上空を旋回しつつ、ひたすらに海面を睨みつける。
マクドネルにとって残念なことに、油膜や残骸などが浮かんできたりはしなかった。それでも必ずや友軍が討ち取ってくれるとの確信の下、彼は愛機を帰路に就かせた。
サンフランシスコ:サンパブロ湾上空
「母艦航空隊のエース、うちの新型、乗り心地はどうだ?」
「いや、なかなか素晴らしいぞ」
地上局からの呼びかけに、アスティア大尉は息苦しげながらも明朗に答える。
操縦桿を握る手には圧倒的なまでの自信が漲り、全身に押し寄せるGが大変に心地よかった。
グラマンF6Fヘルキャット、それが新型機の名前である。
字面だけ聞くと性悪女を連想し、実機を見ようものなら、更にデブなんだと思うかもしれない。だが実際に乗ってみるとこれがびっくり、素性のよさが一発で分かるのだ。まず2000馬力で割合と加速が利き、視界も大変に良好。最高速度はヴォート社のF4Uに劣るとしても、運動性能なら合衆国陸海軍でもピカ一。それに何より頑丈というから、命を預けるに足る飛行機だ。
「それに……こいつならゼロに勝てるかもしれん」
「おッ、そいつは本当かね?」
「ああ、俺なら勝てるだろう。つまり、訓練すれば誰だって勝てるってことだ」
そんな台詞とともに250ノットでの左高速旋回に入り、アスティアは確信を得る。
南太平洋の戦場で手に入れた残骸の調査結果などからするに、零戦は加速と上昇、特に中速域までの運動性能で優れる機体だと判明している。とすれば一撃離脱に徹すればと思うかもしれないが、常に上手くいくわけでもないし、攻撃隊を守るために敵機を拘束する必要がある場合などでは、どうしても格闘戦に持ち込まれてしまったりもする。
しかしながらF6Fであれば、この辺の事情が変わってきそうだ。
スロットル全開で、優速を保ったまま機体をぶん回していけば、無敵といわれる零戦相手でも引けを取らぬのではないだろうか。敵の得意とする領域でも十分戦えるとなると、空戦をやる上での自由度が格段に上がり、弱点を突かれ難くもなる。その上で持ち味を活かし続ければ、間違いなく勝ちが転がってくるだろう。
それに当初は上手く戦えなくとも、防御力が高い機体であるから、パイロットが生き残れば再び挑める。とすれば――これはゼロキラーとでも呼ぶべき存在となるかもしれない。
「よし……今にみていろ零戦部隊全滅だ!」
ダブルワスプエンジンの轟音に負けじと、闘志に満ちた方向が響く。
珊瑚海にミッドウェー、北太平洋。それら激戦をともに戦い抜いてきた者というと、ノッポで少々落ち着きのなかったグラント中尉くらいのもので、散っていった仲間達の顔という顔が次々と浮かんだ。
「俺がこいつで、仇を討ってやるからな!」
アスティアは心に堅く誓い、転換訓練を継続した。
太平洋:宮城県沖
「驚いたな、ありゃあ『大和』じゃあないか!」
「待て待て。『大和』はトラックだというから、『武蔵』かもしれん」
「おおッ、『伊勢』と『日向』も来てくれたぞ」
航空母艦『迦楼羅』の飛行甲板にて、戦闘機乗り達がワイワイと騒ぐ。
彼等のうちの結構な割合が、大連から飛んできた元『天鷹』航空隊の荒くれどもだ。総出での発着艦訓練をやった後、待機所で講評をやっていた訳ではあるが、海鷲どもを評価するはずの打井少佐が、唐突にフットボールをやろうと言い始めた。当然、飛行甲板がコートとなる訳で、甲板士官と一触即発の事態となりはしたが……戦艦がそこに現れたものだから、皆で見学会となったのである。
「いやはや、戦闘機もいいが戦艦もいいな」
「重巡洋艦もなかなか魅力的であるぞ」
そんな調子でワイワイやる。まったくもって大艦巨砲主義的である。
なお大和型に関しては、これ以上秘匿したところで意味がないという判断もあってか、世界最大最強の戦艦として大々的に喧伝され始めていた。記録映画を上映したら映画館がパンクして大騒ぎになったとか、「南太平洋大海戦」とか何とか題した新作が作られているとか、国民全員で大喝采といった具合だ。
なお敵国たる米英においても、空前絶後の戦艦の存在を知らされた者達がドッタンバッタン大騒ぎし、建艦計画がグニャリと捻じ曲がったとか捻じ切れたとか。
「ところで少佐、ちょいと思った訳ですが」
水平線を眺めながら疑問を呈するは、同じく零戦乗りの室田大尉。
「我々はいったい、何処に向かうんでしょうか?」
「うん、どうかしたかな?」
「いえ、この艦は戦闘機隊ばかり集められておるじゃないですか。『龍鳳』や『瑞鳳』も似たようなものであるようですし」
「ポートモレスビーん時もそんな具合だったぞ」
打井は1年ほど前を思い出し、これまた楽しげに笑う。
ただ考えてみれば、今回は輸送船団はついてこなさそうだ。一方で戦艦は大和型を含めた4隻で、更に重巡洋艦が5隻もやってきた。とすると圧倒的な砲火力となる訳だから、確かに通常の航空戦とは異なる作戦をやることとなるのかもしれない。
「つまり艦隊は連合国の重要拠点を艦砲射撃する予定で、航空母艦がその直掩をやるという予測か」
「ええ。そういった訳ではないかなと」
「なるほど、そいつは大変に面白いじゃないか!」
精神の奥底から込み上げてくるものを発散しながら、打井はこれ以上なく意気込む。
「つまりチンピラゴロツキの敵機が次から次へと押し寄せるのを、片っ端から千切っては投げまくるのが俺等の仕事ということだ。これは戦闘機乗りの冥利に尽きる。大和型を出すんだから、第二次真珠湾攻撃をやるに違いない!」
打井は上機嫌に高言し、大勢の部下を突沸させる。
とはいえ実のところ、彼等の推測はそれなりに妥当であったが正しくはなかった。鬼ヶ島なるハワイから更に3000キロ以上も離れた、鬼大陸とでも言うべき場所。そこが攻撃目標であるとは、流石に思いもよらなかったのである。
次回は2月5日 18時頃に更新の予定です。
何だか米本土攻撃のような気配になってきました。空母戦力が優勢なうちに叩いてしまえ、でしょうか?
史実のアクタン島の零戦のような事例は南太平洋で発生しましたが、こちらはもっとボロボロの残骸となっているかもしれません。




