表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/372

史上最低最悪の海軍記念日④

太平洋:エスピリトゥサント島沖



「何てこった、もう見つかってしまったのか……」


 戦艦『ワシントン』に座するリー少将は、原色の青空を睨んで歯軋りする。

 第64任務部隊の上空をメイヴィス――九七式飛行艇が悠々と飛んでおり、盛んに打電している。軽巡洋艦『アトランタ』が盛んに対空砲火を撃ち上げるも、距離が相応に離れているためか高角砲弾は命中しておらず、暫くすると逃げられてしまった。


 ガダルカナル島に突入していっぱい殺してこい。それがハルゼー中将からの命令だ。

 だがその前に沈んでしまっては話にならない。マレー沖でタコ殴りにされた英戦艦のような例もあるし、航空母艦『ヨークタウン』も避退中に長距離航空雷撃にやられた。命令を遵守するのであれば、飛行の死とでも呼ぶべき凶悪な敵が徘徊する中を、直線距離であっても800キロほどを進まねばならない。


「やはり航空支援なしでは無理があったのでは」


「ないものを当てにするな!」


 リーは指揮官席の肘掛を思わずぶっ叩き、


「今は残っておる戦力でやれることをやるだけだ!」


「提督、まずは落ち着いてください」


 航海参謀がすかさずウェルチのグレープジュース瓶を差し出す。

 よろしくない態度を取ってしまった。リーは気まずそうな顔でそれを受け取り、半分ほどをゴクリと飲む。甘酸っぱい葡萄の味が、精神を落ち着かせるのをよく助けてくれた。海軍が禁酒になって以来、こいつとは長い付き合いなのだ。


「すまんな、取り乱してしまったようだ。さてどうしたものだろうな」


 思考を研ぎ澄ませ、論点を迅速に整理し、今後の方針について協議していく。

 予想より早く敵に発見されてしまったのは事実であるが、現在時刻は午後3時。索敵攻撃の航空隊が間近にいるとかでなければ、今日のところは空襲があったとしても1回限り。それも命中率の下がる夕刻から薄暮にかけての攻撃となろうから、さほどの脅威とはならないと予測された。


 であれば一度北上し、サンタクルーズ諸島の防空圏へと入るのがいいだろう。1個中隊程度だが戦闘機が配備されている。

 加えて気象参謀が分析したところでは、ソロモン諸島南方沖は明日、天気が崩れる可能性が高いらしい。とすれば時計回りの航路でもって、ガダルカナル島へと向かえばよいとの結論に落ち着いた。夜間にサボ島沖から侵入し、ホニアラにある厄介極まりない日本軍飛行場を砲撃、そのまま東へと離脱するのだ。


「ただし、有力なる敵艦隊が到着しているかもしれません」


「無論、それは承知の上。だが敵に16インチ砲艦が1隻しかおらんのに対し、こちらは3隻だ」


 リーは不敵な笑みを浮かべ、眼鏡のずれを気障に直す。

 前甲板に据えられた巨大なる三連装砲塔は、敵艦隊との砲戦を心待ちにしているように思えてならなかった。


「加えて我々にはレーダー射撃という新必殺技がある。敵艦隊が出てくるならば、返り討ちにしてやるまでだ」





ガダルカナル島:ホニアラ港



「ふむ……重巡洋艦3隻に軽巡洋艦1隻、それから駆逐艦6隻か」


 索敵機が繰り返し打電してきた敵艦隊の情報に、近藤信竹中将は少しばかり首を傾げる。

 中途半端な戦力だと思った。エスピリトゥサント島沖を北西に向け24ノットで航行中とのことだったが、何を目論んでいるのかよく分からなかった。陸上攻撃機部隊は今も護送船団に対する反復爆撃をしているが、それを援護しているのだとしたら距離が離れすぎているし、そもそも針路が90度ほど異なっている。


 一方でガダルカナル突入を目論んでいるとすると、戦力が小さ過ぎるのである。

 ホニアラの港には現在、金剛型戦艦の『比叡』、『霧島』の姉妹を始めとして、重巡洋艦『高雄』、『愛宕』、重雷装艦の『北上』、『大井』、それから第三水雷戦隊と結構な戦力が集結している。更に飛行場には一式陸攻やら零戦やらが勢揃い。未知の機動部隊がいる可能性も考えられたが、艦隊型の航空母艦は全てシアトルにいるはずだった。本土攻撃に怯える国民を落ち着かせるため、コロンブス記念日にわざわざ見せびらかせるような真似をしたそうだから、これは限りなく確度が高かった。


「重巡洋艦3隻というのが、戦艦3隻という可能性はございませんか?」


 航空参謀などは真っ先にそう考えたようだった。

 機上からは艦船など豆粒みたいにしか見えないし、近付けば対空砲火で撃墜される確率が高まるものだから、誤認という可能性は常に付きまとう。


「あるいは戦艦1隻に重巡洋艦2隻かもしれませんが」


「24ノットとある以上、戦艦とすれば新型でしょうね」


 砲術参謀はどうにも訝しげで、


「ノースカロライナ級もしくは後継のサウスダコタ級、いずれも16インチ砲9門の侮れぬ敵です。しかし前者のうち1隻はミッドウェー沖で轟沈、後者は今のところ3隻の就役が確認されておりますが……情報によると1隻がサンフランシスコで、2隻が欧州方面におるとのこと。こちらには来ておる公算は低いはずです」


「そうなんだよな」


 近藤はどうしたものだろうかと考える。

 とすると一番あり得そうなのは、ノースカロライナ級と重巡洋艦2隻という組み合わせである。だがそうであったとしても自殺行為ではなかろうか。珊瑚海での砲戦を見れば分かる通り、戦艦が重巡洋艦を一方的に食い破れるのは事実ではあるが、幾分格が劣るとはいえこちらにも『比叡』と『霧島』がある。敵新型戦艦を2隻で相手取り、重巡洋艦同士が激しく撃ち合っている隙に、『北上』と『大井』が雷撃する姿が脳裏に浮かんだ。

 更には聯合艦隊旗艦たる『大和』もまた、第二水雷戦隊を従えてソロモン諸島に向け航行中であった。角田機動部隊と合流した後、オーストラリアへの戦略砲撃を目論んでいるのである。


 そうした事情を鑑みると……本当にこちらの戦力を読み違えているのだろうか?

 今月上旬に航空母艦『天鷹』がフィジーやニューカレドニアを襲撃したこともあってか、連合国軍による航空偵察はこのところ低調だ。加えて第七戦隊は木曜島の砲撃、第八戦隊は角田機動部隊といった具合に、重巡洋艦も出払っている。そのためガダルカナルは案外手薄と判断し、艦隊の突入を命じたという可能性も捨て切れない。


「まあもっとも、まだ十分に距離があるのは事実です」


 航空参謀が余裕を滲ませた声で言い、


「こちらに近付いてくる場合であれば、陸攻隊がまず間違いなく再捕捉し、攻撃に移るでしょう。本当に新型戦艦が2隻いるような場合であっても、被雷し速力の落ちた状態では泊地突入など不可能となります」


「ならば魚雷でもって止めを刺したいところですな。この戦争ではまだ、艦隊水雷戦で戦艦を沈めた例はありませんから」


 そちらを専門としていた参謀長が楽しげに笑い、彼の醸す雰囲気が周囲に伝染する。

 ともかくも結論としては、水上艦隊で迎撃する準備だけはしておくということになった。予兆があり次第、サボ島沖に集結し、接近する敵艦隊を砲雷戦でもって撃滅する構えである。


 だが実のところ、敵の戦力を見誤っていたのは近藤も同じだった。

 加えてクラウゼヴィッツが言うように、戦争には摩擦や齟齬が付き物だ。まず明日夕刻にもソロモン諸島を通過するはずだった『大和』以下8隻が、真珠湾より戦艦3隻を含む艦隊が出航したとの偽電に惑わされ、マーシャル諸島方面に一旦転じてしまったのである。

明日も18時頃に更新します。


何処かで見たような布陣で海戦が始まりそうです。その行方や如何に?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 日本側の索敵は事実上不首尾に終わったといっても過言ではない。これは決まってしまうのだろうか。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ