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北東太平洋の一攫千金②

サンフランシスコ:海軍造船所



「おッ、『キアサージ』じゃあないか。俺はあれが戦艦だった頃、乗り組んでたんだぜ」


「今は違う名前になったらしいな」


 相応に年季の入ったノッポとチビの技術者達が、懐かしげに話している。

 彼等の視線の先には、艦体中央に巨大な旋回式クレーンを備えた艦があった。19世紀の末に戦艦として建造された彼女は、ワシントン海軍軍縮条約の締結を受け、起重機船へと改装された。昨年には新たに建造される航空母艦に栄光あるその名を譲り、今は『起重機船1号』などという無味乾燥な呼ばれ方をしている。


 ただその業績はといえば、素晴らしいの一言に尽きる。

 ルーズベルト大統領が海軍拡張を進めて以来、休む間もなく働いてきたのだ。20年ほどなかった規模の大建艦計画であったから、果たすべき仕事が山のようにあった。例えば彼女が吊り上げた16インチ砲身を据えた戦艦『インディアナ』は、現在慣熟航海中であり、間もなく戦列に加わるに違いない。


「だが何だって、この艦が西海岸にやってきたんだぜ?」


「それだけ戦局が芳しくないからだろうさ」


「ううん、やっぱそうなのか?」


 ノッポは首を傾げ、眼鏡猿もどき相手の戦争で何故と思う。

 とはいえ州政府が学童疎開を検討しているとかいった報道を思い出す。全く嫌な雰囲気がしてくる。最終的に勝つのは合衆国に違いないが、その前に西海岸は爆撃されるかもしれないし、悪ければ地上部隊が攻め込んでくるかもしれない。飛行機がブンブブンブとやかましいのもそのためだ。


「とはいえ何だっけな、この間は太平洋のど真ん中で戦艦『阿部』を撃沈したってラジオで言ってたぜ?」


「あんまでかい声じゃ言えんが、そいつは出鱈目だな」


 チビが溜息を吐き、軽く説明をする。

 日本の戦艦はかつての州、巡洋戦艦は山岳から命名される。『阿部』などというのはそのどちらにも当て嵌まらぬから、嘘八百のインチキ報道だという寸法だ。


「なるほど、お前さん学があるぜ。まあ何だ、あのフネも俺達の仲間になってくれんのかね?」


「多分、違うな。行き先は真珠湾だろう。"航空母艦『エンタープライズ』奇跡の生還"なんて記事が、一昨日の新聞の一面に写真付きで載ってたろ?」


「ああ、あったな。よくあんなんで還れたと思ったぜ」


「とすれば多分その関連だ。空母は貴重だから、急いで修理しないとまずい」


「なるほど、だから『キアサージ』って訳か。やっぱお前さん学があるぜ」


 ノッポがいい加減な調子で感心する。

 だがどうにも野生の勘らしきものが鋭い彼は、何か見落としていると感じた。問題はそれを上手く言葉にできなかったことで、それ故に懸念はすぐに雲散霧消してしまっていた。





太平洋:サンフランシスコ沖



「おやおや、こいつは空母だな。特設の奴だが」


 伊二十八潜水艦艦長の矢島少佐は、潜望鏡が捉えた目標について断じた。

 それから艦影図表にサッと目を通し、ロングアイランド級航空母艦だと理解する。貨物船改装の艦であるから随分と鈍足で、艦隊戦に堪えられる存在ではないが、潜水艦にとっては厄介な相手だ。


「この間のニューメキシコ級といい、やたらと艦艇が集まっておるようですね」


「貨物船やタンカーもな。ハワイへの強行輸送でもやる心算だろう」


 これまでの偵察結果から、矢島はそう判断した。

 ミッドウェー諸島やアリューシャン列島に日章旗が翻って以来、潜水艦隊はそれらを根拠地として積極的な作戦を行っていた。米西海岸での通商破壊は着実に戦果を挙げており、その甲斐あってハワイ諸島への補給は停滞しつつある。かような状況にあっては、護衛艦艇に守られた護送船団を組織して一気に輸送を行う他ないが、それは被発見率と二律背反にもなる。


「空母ですが、仕留めますか?」


 副長がそう提案し、


「北東に少し進めば当てられるかもしれません」


「功を焦るな。ここは鬼ヶ島の一丁目一番地だ」


 己が逸る心に言い聞かせるように、ゆっくりとした口調で矢島は言う。

 攻撃に転じたい気持ちはあった。だが防潜網や機雷が仕掛けられている可能性が高く、戦死しては任務を果たすことができない。


「潜望鏡下げ、深度30」


 矢島は命じた。伊二十八はゆっくりと沈降を開始する。

 駆潜艇と思しき艦が現れ、真上にやってきたのはその直後。存在を悟られた訳ではないようだが、判断がもう少し遅かったりしたならば、恰好の餌食となっていた可能性が濃厚だ。


「男は辛抱、女は我慢だ」


 適当な冗談を口にしつつ、潜航中の重苦しさを耐え忍ぶ。

 駆潜艇と思しき艦は随分としつこく動き回るので、やり過ごすのはなかなか容易ではなかった。とはいえ日が暮れた頃にはスクリューの音も消え失せ、伊二十八は幾らかの浮上航行の後に敵情を打電した。





ウナラスカ島:ダッチハーバー基地



「ははは、腕が鳴るったらないな」


 高谷大佐は全くもって上機嫌だった。

 出撃を間近に控えた航空母艦『天鷹』には、あれこれ物資が積み込まれていく。爆弾や魚雷は既に満載しており、長期間の作戦に必要な食糧や日用品の類をカッターで運んでいるところだった。


 作戦目標は少し前に鳴門少佐が予言した通り、ハワイ航路の遮断にあった。

 西海岸に張り付いている潜水艦からの通報によると、戦艦1隻と特設航空母艦1隻を含む護送船団がサンフランシスコにて組織されているらしい。それが壊滅した場合、米海軍の牙城たる真珠湾の基地機能は大幅に低下すると見積もられるから、全く重要な任務であると言う他ない。

 もっとも高谷は戦艦撃沈の絵ばかり思い描いている。生まれつき短絡的な性格なので、最終的に全部沈めればいいとか考えているのだ。


「全く飯が美味くなる。というか何だこいつ、やたら美味いな」


 お八つ時ということで、高谷は干し鮭を貪っている。

 ついでに猫のインド丸も一緒だ。こいつも干し鮭が大層気に入ったらしい。


「ベーリング海は元々、非常によい漁場とのことで、鮭だの鱒だのが大漁です。戦勝によってこの海域の漁業権が得られたならば、大東亜十億の民草が胃袋を満たすに十分な漁獲が期待できるでしょう」


 陸奥中佐もまた干し鮭の身を千切っていて、


「更には街に鮭ジャーキー製作所とかいうのがあったので、駐屯しとる特別陸戦隊の連中が暇潰しに作っておったとか。しかもそれを気前よくくれたとかいう話です」


「本当か? 何だか胡散臭い気がするぞ」


「実のところは分かりません。ただ兵にも大人気の味なので、士気も上がってよいでしょう」


「違いない。士気が高いのは純粋によいことだ」


 細かい事はどうでもいいと言わんばかりに高谷は笑い、またも干し鮭をパクつく。

 そうしていると突然、インド丸がシャーッと威嚇の声を上げた。猫は女学生よりも気まぐれである。いらんことでもしてしまったかと思っていると、艦長公室に毛むくじゃらの生き物が飛び込んできた。何だこいつは?


「あッ、ウナギ! どうやって逃げ出したんだ!?」


 陸奥がびっくりして跳ね起き、そこに毛むくじゃらが飛び掛かる。

 どうやら犬のようだった。やたらと元気なそいつは陸奥の顔をペロペロ舐め出し、「俺は美女にしか舐められとうない」などと、何処までも色ボケな台詞が飛び出す。


「ムッツリなあ、そいつどう見ても犬だろ? 何でまたウナギなんだ?」


「ウナラスカ島からです。干し鮭やったら妙に懐かれまして……ほらウナギ、これやるから落ち着けって」


「ふむ、なるほどなァ」


 納得したような呆れ果てたような顔で、高谷はぼんやりと肯いた。

 そもそも何故犬が軍艦に乗っているのかとは突っ込まない。他の艦の人間がこの光景を目撃したら、まず軍紀紊乱も甚だしいとか烈火の如く怒りそうだが、『天鷹』艦内に一般常識が通用した試しなどないのだ。


「まあ手柄が立てられれば、何だって構いやしないってもんだ」


 高谷はそう独りごち、高谷は遥か太平洋の彼方を凝視した。

 今度こそ必ずや敵主力艦を撃沈してみせる。確固たる決意が、キャンキャン喧しい鳴き声によって掻き乱される。

明日も18時頃に更新します。


この辺りからどんどん史実から乖離していきます。果たして主力艦撃沈の戦果は得られるやら。

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― 新着の感想 ―
[良い点]   なかなか主力艦が食べれませんね。いっそのこと大和あたりを撃沈してみるとか。
[良い点] ちょっとづつ史実が変わっていく感じがよいです。 [気になる点] ちょっと地味なのですが基本的に面白いですね! [一言] 続きをよろしくお願いします。
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