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未来兵器妄想の夜

佐世保:温泉宿



「なあ父さん、ちょいと聞きたいことがあるんだ」


 深夜。高谷大佐が風呂から上がってゆったり涼んでいたところ、次男の浩二が尋ねてきた。

 自分に似てチャランポランで出鱈目、正直何をやっているのか分からない長男の芳一と違って、こいつはなかなか親孝行。航空母艦『天鷹』が帰投するや否や連絡を寄越し、下宿先の博多からすっ飛んできたのである。


 更に言うなら、トンビから生まれた鷹みたいな頭をしている。

 故にろくでもない評判ばかりが目立つ高谷にとっては、まあ自慢の息子であった。少しばかり身体が虚弱なところがあったが、学業成績は実際大したもので、九州大学工学部研究科で電気工学を専攻している。とはいっても時世が時世であり、一応は海軍士官の系譜ということもあったから、最近は何処だかの研究所にほぼ籠り切りなんだとか。


「高角砲の弾って、当たるものかな?」


「おい、軍機に触れそうなことを気軽に聞く奴があるか」


 高谷は苦笑気味に叱り、しかし周囲をサッと見る。

 確かにこれまで、幾つかの空襲を潜り抜けはしたものだが――実際どうだっただろうか。敵機を撃墜したのは概ね戦闘機隊で、対空砲火が当たったのは数度くらいしかなかった気がする。『天鷹』には16門もの高角砲が備えられてはいるが、まるで虚仮脅しにしかなっていないという印象が強い。


「ただまあ……そうだな。あくまで射撃術の一般論だが、高角砲弾なんて滅多に当たるものじゃないな。XYZの空間座標と、時間とが合わないとさっぱり当たらん代物だからな。その辺の計算の面倒臭さや誤差の問題なんかは、お前の方がよっぽど詳しいはずだろ。今も昔も、俺はあんま数学や物理ができる方じゃない」


「そうだね」


「こら、素直に肯く奴があるか」


 高谷は楽しげに笑っていると、浩二は研究ノートを取り出した。

 開かれたページには何処だかの特許の写しが貼られ、また自前のものらしい回路図が描かれている。


「高角砲弾が自ら索敵し、爆発する仕組みを考えてみた」


「大したもんじゃないか」


「だけどこの通り、そんなものは昔から考えられていると室長に突き付けられてしまったよ。原理は分かっているけど、今の電気部品ではまともなものは作れない。電波とか可視光とか音とか、あれこれ考えてはみたものだけど、全部駄目だった」


「ふむ、よくあるっちゃよくある話なんだろうな」


 返答は相変わらず適当だった。

 だが次男の表情は全くもって真剣そのもの。その熱意に押されるかのように、高谷はもう少し図面を眺めてみる。正直ピカソの変テコ絵と区別がつかないが、その脇の書き込みを見てみると、本気であれこれ考えていることだけは分かった。

 考えてもみれば、こいつはガキの頃からそうだった。高谷は昔を懐かしみ、僅かなりとも助けになれんものかと思う。


「まあでも確かに、こんな夢みてえな砲弾が装備されてりゃ、何隻か沈まずに済んだ艦もあったかもしれんな」


「そうなるよね。こうした新兵器を量産できれば、何時かは沈むとしても、軍艦はより長い間戦うことができる。その分だけ御国に奉公し、大東亜の未来に貢献することができる。兵隊になるより、兵器の開発に携わる方が御国のためになると信じられているから、僕には召集令状が来ない。だけど何も新規性のあることを、実用性のあるものを思いつけない、それが悔しくて仕方がない」


「焦るなよ。焦ったっていいことないのは、軍隊でも研究所でも多分同じだ」


 高谷は己が次男の肩を軽く叩いてやる。

 できない時はできないし、後になってあの時はと思っても仕方がない。後悔先に立たず、そんな経験だけなら幾らでもある。


「あとは……そうだな、案外自分は難しく考え過ぎているのかもしれんと思ってみたらどうだ?」


「どういうことだろう?」


「まあ何だ、自分で索敵する高角砲弾なんていうと難し過ぎる。もっと簡単なものでも使い物になるかもしれん」


 高谷は放言してから、自分がその具体例を一切用意していないことに気付く。

 酒が入っていて頭がぼやけ気味だが、口先だけと思われては格好悪いから、何とかそれを捻り出そうと奮闘する。といっても大したものが出てくる訳でもないので、天を仰いでばかりいると、照明を直視してしまった。


「うおッ、眩しッ」


 眩んだ目をパチクリさせ、


「ああ、いいのを思いついた。例えばサーチライトの光を浴びたら爆発する高角砲弾なんてどうだ? まあ夜間爆撃機とかにしか使えないかもしれないが、光を感知したら爆発ってだけなら構造も簡単だと思うぞ」


「え、親父、ちょいと待って」


 浩二は何かを思いついたのか、慄然たる表情を浮かべた。

 それから研究ノートの新しいページを開き、鉛筆を強く握り締め、一心不乱に何かを書き記し始める。親譲りの字の汚さの影響で、一瞥しただけでは内容はよく分からない。もっとも専門用語だらけである。熟読したら理解できるかというと、これまた無理がありそうではあった。


 だがそれでも、何か閃いたことだけは間違いなさそうだ。

 研究ノートには更にあれこれ書き足される。唐突にサーチライトの操作方法について質問されたので、可能な範囲でどうにか受け答えをしていると、浩二の表情がどんどん明るくなっていく。


「高角砲弾電波起爆装置……絶対いけるぞこれ! 今すぐ研究所に戻って室長に報告しなければ!」


「落ち着け。もう汽車も動いてなけりゃ、ハイヤーもやっておらん。今日のところはさっさと寝て、明日またゆっくり見直せ。それで熱が醒めなきゃ本物だ、多分」


「了解。ありがとう、父さん」


 浩二は満面の笑みを浮かべて謝した。それから酒をがぶ飲みし、布団にドカンと寝っ転がった。

 翌日。早々に起きた彼が始発電車に飛び乗り、大急ぎで研究所に戻っていったのは言うまでもない。

明日も18時頃に更新します。明日からは北太平洋でしょうか?


ちょっと新兵器ネタを出してみました。海軍の牛尾実験所で研究されていたA装置ネタです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おっ、もしかして三一号光電管爆弾が、地上攻撃用兵器ではなく防空兵器になるのですか?
[良い点] VT信管の代用品ですか。真空管が衝撃で壊れなければ良さそうですね。 もうだいぶ続きを書いてしまっていたと思うのであれあれなんですが、ここにロサ弾があるじゃろ?
[一言] VT信管かと思ったらそっちでしたか。 まあVT信管なんて当時の日本には作れませんからね。
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