猛烈横着MO攻略①
ラバウル:仮設司令部
米豪は遮断する、セイロンも取る。両方やらなくちゃいけないってのが、聯合艦隊司令長官の辛いところだ。
山本大将がそんな覚悟をしていたのかどうかは、実のところ全く定かではない。何しろ日本の陸海軍といったら、開戦劈頭からマレーだのフィリピンだの蘭印だの、とにもかくにも戦線を押し広げまくっており、その成功の果てに正面として残ったのが、ニューギニア・ソロモンとインド洋の2つとも言えるからだ。
まあ実のところ、聯合艦隊はミッドウェー島攻略を以て米機動部隊を誘い出す、なんてことを考えてもいる。
そちらには歴戦の第一、第二航空戦隊を投じる予定で、一方で『翔鶴』、『瑞鶴』からなる第五航空戦隊を用いてニューギニアの鎮定をやるという。とすれば戦力の分散との批判を免れぬのかもしれないが、ある意味でそれも決戦的に過ぎる発想なのかもしれない。攻勢局面においては無理をすることが不可欠でもあるし、作戦発動が決まってしまった後であれこれ言ったところで、さっぱり益がないというものだ。
(とはいえ、どうしたものだろうか……)
4月の末。高谷大佐は微妙に南洋ボケした頭で、ラバウルの仮設司令部にて作戦内容を反芻していた。
彼が艦長を務める航空母艦『天鷹』の新たなる配属先は、例によって機動部隊などではなく、潜水母艦改装の『祥鳳』のいるMO主隊ですらなく、梶岡定道少将麾下のポートモレスビー攻略部隊だった。内地から引っ張り出された戦艦『扶桑』を旗艦とするこの隊は、13隻に分乗した陸軍部隊をニューギニア東部の一大要衝に上陸せしめ、同地を確保せしめることを任務としている。
ところで編成を見れば一目瞭然だが、ポートモレスビー攻略部隊には輸送船は12隻しか存在していない。
では残り1隻が何かというと、これが『天鷹』なのだ。高谷の預かり知らぬところでなされたらしい議論の結果、MO作戦では航空揚陸艦として運用されることとなった。そのため下段格納庫には大発動艇と陸軍2個中隊、幾らかの物資や車両などが積み込まれており、これが猛烈な頭痛の種となっていた。
何しろ艦載機は上段格納庫にしか積み込めない。飛行甲板に繋ごうにも、その場所を陸軍機が塞いでいる。お陰で戦闘機だけは合計30機以上あるのだが、航空魚雷は九七艦攻の大部分と一緒に置いてきたというあり様である。対艦攻撃力などなきに等しい。
「これでどうやって手柄を挙げろと言うんだ」
「大佐殿、いったい何を仰られておるのですか?」
一番の頭痛の種が声を張り上げる。
「上陸作戦成功こそ、何よりの手柄に相違ないはずではありませんか」
「いや確かに。その通りだな」
言っていることは、間違いなく正論には違いない。
「それはともかく、『天鷹』は食中毒だのゴミ捨て場だのと馬鹿者に陰口を叩かれておるそうですが、まことにとんでもない。自分はここまで素晴らしい艦など見たことがありませんぞ。下段格納庫に大発動艇を収納、ハッチを開けて発進させられる。それでいて航空機も十分搭載しているから、空の守りも万全なら、上陸部隊への直協支援もできる。自分が作戦の神様などと呼ばれとりますが、ならば『天鷹』は揚陸の神様と呼ばれねばならない」
「無論、揚陸作戦には抜かりない」
「ならば何も問題ないではありませんか。作戦成功の暁には、いやまあ自分がおるのですから作戦成功など約束されたようなものでしょうが、この艦は大本営で一等有名となりましょう。空前の大手柄ですぞ」
「油断は禁物、そう肝に銘じる心算だ」
高谷は心の中で盛大に溜息を吐きつつ、何とか外面を取り繕った。
前線視察の大本営参謀中佐は、それからも重機関銃の如く喋りまくった。米豪遮断の効果であるとか、将来の豪州侵攻作戦がどうであるとか、世界人類史的な観点から見た今次大戦の意義であるとか、弾が尽きる気配がまるでない。話の筋は一応理解できなくもなく、というよりかなり噛み砕いて喋る性質のようでもあるが、聞いているとやたら疲れるから嫌になる。
ただどうにも気味が悪いのは、恩賜組のエリート将校が、変に自分と『天鷹』を持ち上げてくることだ。
上陸戦闘に臨む陸軍将兵にとって、航空揚陸艦ほどありがたい存在はなかろうし、陸軍特種船なる航空母艦もどきとは比べ物にならないだろう。好意的に考えたならば、舞い上がっているだけとも言えそうだった。それに実体験を基に揚陸作戦に関する研究を取りまとめ、戦訓として全軍に敷衍させるなどという仕事は、誰にでもできることでは絶対にないだろう。
だが野性の蛮的本能は、こいつは熱帯林の色鮮やかな毒カエルみたいなものだと訴えかけてきている。本当に油断は禁物だ。
「かく言うようにポートモレスビー攻略は豪州圧迫あるいは侵攻の一大根拠地となる訳ですから、この作戦が今次大戦の帰趨を決めると言っても過言ではありません。いわば天王山、ですから万全の支援をお願いしたい」
「無論。海軍の名に恥じぬよう、全力を尽くそう」
「感激の極みです。全く大本営にて航空揚陸艦の投入を訴え続けた甲斐があったというもの。ああ、そろそろ南海支隊との打ち合わせがありますのでこれにてお暇させていただきたく」
嵐は颯爽と過ぎ去っていき、高谷は暫しの後に大きく息を吐き出した。
「つまり我々が手柄を挙げられそうにないのも、全部あの参謀のせいということか……?」
「そのようですねェ」
入れ替わりでやってきた、というより韜晦戦術を駆使していた陸奥中佐が相槌を打つ。
「いやはや、全く大変なことになりました。友軍の上陸支援を上手くやれば確かに大手柄ですけど、大威張りするのがあの参謀となるとうんざりですな。それと噂では芸者の類を目の敵にしておるらしく、あちこちで遊郭を閉鎖に追い込むなど、とかく悪名を轟かせておるそうなんですよ」
「ムッツリな、そこに関してだけは、足して2で割った方が良さそうだ」
高谷は心底呆れたとばかりに再び溜息。
とはいえ作戦が発動してしまうと、揚陸作戦が完了するまでの間、艦内に嵐が吹き荒れることとなる。乗組員がやくざ者やバンカラ、賭け狂いばかりだと理解した日には、何を言い出すか分かったものではない。そう思うと暗澹たる気分に打ちひしがれるので、高谷と陸奥は適当にビールでも飲むことにした。
ただ久方ぶりに気持ちよく酔っていたところ、ドカンという轟音と地響きで、肝を潰す羽目にもなった。
ラバウルは最前線にほど近い拠点である。連合国軍はオーストラリア北東部の航空基地群を後背地として、B-17のような大型爆撃機が定期的に飛来、爆弾を落としていくのだ。もっとも少数機での嫌がらせ爆撃などが中心であるから、本当に運が悪くない限り、そのうち慣れてしまうのだという。
「まあ、この作戦は期待薄だ。凌ぐことだけ考えよう」
高谷はそう独語し、また夢見心地になることとする。
足が遅いからと機動部隊から外されがちなことについては、近々客船改装の『隼鷹』と『飛鷹』が就役するはずであるから、彼女達と航空戦隊を組むことで解決するだろう。全く、その日が待ち遠しくて仕方ない。
明日も18時頃に更新します。
大本営参謀ドノのお陰で、揚陸艦として運用されることとなりました。機動部隊らしい戦いは何時になることやら。




