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脅威! 青天の霹靂作戦⑥

太平洋:犬吠埼南東沖



「ふむ、未帰還は40機以上か……」


 第38任務部隊を率いるハルゼー大将は、厳めしい表情で報告を受け止めた。

 500機超の攻撃隊を次々と発進させ、敵の本丸を叩いた結果と考えれば妥当なところかもしれないが――被害僅少とも言えぬ水準である。更に修理不可能と判断され、日本海溝に投棄した機体も30ほど出ていたから、戦力は1割減といったところである。


 無論のこと、それだけの犠牲を払っただけの価値はあった。

 完全喪失まで持っていけたかまでは不明だが、ノンビリと横須賀に停泊していた航空母艦3隻に多数の命中打を与え、少なくとも当面の行動力を奪い取った。それ以外の艦艇についても長門型戦艦が大破炎上し、駆逐艦数隻が転覆したという。更に複数の飛行場を強襲した戦闘機隊は、概ね100機ほどを地上撃破し、その後の空戦で同数を撃墜したとのことである。

 反攻はまだか、海軍は腰抜けかと叫ぶ世論の圧力をどうにかいなし、必要十分な時間をかけて再建された機動部隊。その実力は確かだった。


(だが、まだまだ油断ならぬ)


 ハルゼーはあくまで冷静沈着を貫き、淹れたてのコーヒーで逸る心を抑制する。

 奴等は馬鹿だが間抜けではない。ただの間抜けが相手ならば、太平洋艦隊が何年も苦戦したりはしない。僅かでも慢心があれば、全てを失ってしまう可能性だってあった。


 なおニミッツ長官からは、艦艇の保全を優先するよう言われている。

 彼我の建艦能力の差からして、時間が合衆国の味方であるのは事実。戦略的には一切の瑕疵がない判断だ。


(それでも……神は言っている。ここで退く運命ではないと)


 一服し終えたハルゼーは、頭脳を冴え渡らせてそう結論付けた。


「第二次攻撃隊は何時、何機出せる?」


「10時には150機、10時半であれば250機ほどは揃います」


 最近参謀長としてやってきたカーニー少将が即応する。

 個人的には虫が好かないところが色々とあるが、仕事をしてくれない訳ではない人間だ。


「しかし提督、ニミッツ長官より空母を失って帰ってくるなと厳命されております」


「ボブ、それを踏まえての判断だ。分からんか?」


 ハルゼーは鷹揚に、屈託なく諭すような口調で続けた。


「攻撃は最大の防御というように、指揮官が逃げ腰になったらいかん。それから想像力が一番大切だ。日本本土にはまだ無傷の飛行場が残っており、そこではベティだのフランセスだのが出撃の準備をしている。俺の目にはその光景がありありと映っている。だからこそ第二次攻撃隊を発進させ、それらを滑走路上のゴミとし、空母が沈まないようにせねばならん訳だよ」





茨城県:霞ヶ浦上空



「戦える機はとにかく上げろ。今は戦闘機を1機でも多く上げることが最重要だ」


 かような基地司令の判断に基づき、筑波海軍航空隊の教官達は出動した。

 実用機課程の練習航空隊であるから、主たる機材が栄エンジン搭載の旧式零戦であったりするものの、一応は迎撃戦闘が可能な部隊を編成できた。正直、戦力としては心許ない限りだが、猫の手も借りたい状況であるから致し方ない。


「敵戦闘機と邂逅しても、無理に戦おうとするな」


「生き残るのが第一と肝に銘じよ。戦死などしたら、練習生の錬成がそれだけ遅れる」


 迎撃隊を率いる山河大尉の命令が、航空無線より明瞭に伝わってくる。

 ポートモレスビー帰りの人物だけあって、声には有無を言わさぬ迫力が満ちていた。背こうものなら即座に斬り殺す。言外にそんな気配すら漂わせている。


 だが新任教官でこれが初陣の宗方少尉には、それが不満で仕方がない。

 米軍機の大群が今まさに神聖なる国土を蹂躙し、関東上空は敵味方入り乱れる決闘場となっている。とすれば己が命を賭してでも、敢然と戦い抜くべき時ではないか。蛮勇だの無鉄砲だのと言われようと、燃え滾るような戦意は如何様にも消え難い。


(むッ、あれは……!)


 緩やかな旋回の最中、宗方は雲の合間に機影を見出した。

 翼に星を堂々と描いた、ズングリムックリの憎たらしいグラマン。それが500メートルほど下方を飛んでいたのだ。


「敵機発見!」


 直ちに航空無線で送話し、機銃をバリバリと一連射。

 続けざまに135度までバンクをかけ、急激なる降下旋回へと移っていく。機体も一番槍の喜びに打ち震えているかのようだ。


「馬鹿、勝手な真似を……ええいッ!」


 山河大尉の怒声が木霊する。だが海軍軍人なら見敵必殺が第一。

 とにかく目を凝らし、敵機のあるべき辺りを隈なく捜索。未だ解かれていない編隊がすぐに見つかった。栄エンジンを目一杯まで吹かし、老虎の誇りを示さんばかりの咆哮とともに、六時からの突撃を敢行する。


(しめた、未だに気付かれていない)


 宗方は緒戦で撃墜だとほくそ笑み、カモ番の1機に狙いを定める。

 だがその刹那、敵機のコクピットがパッと瞬いた。猛烈なる光弾の嵐が吹き荒れ、しかも四方八方から火線が愛機にまとわり付く。相手はグラマンではなかったのだ。


「あッ……ええい、ままよッ!」


 渾身の絶叫。被弾の衝撃を露ほども省みず、とにかく距離を詰めていく。

 そうして機銃と機関砲を一斉に撃ちまくり――TBFアベンジャーの尾翼を全て吹き飛ばした。ほぼ同時に敵弾多数を受けた零戦は火を吹き、闘志ばかりが先走った若き搭乗員は落下傘降下を余儀なくされた。これまでの飛行経験と生来の性格を鑑みれば、無傷での脱出となったのは奇跡と言うべきかもしれない。


 なお意気揚々と帰隊した宗方は、鬼の形相の先輩達からコッテリと絞られることとなる。

 それでも彼の独断専行と我武者羅突撃は、褒められたものではないのは当然としても、反撃の一助となりはした。零戦隊の活躍によって爆撃を受けずに済んだ百里原飛行場には、最新鋭の流星艦攻を装備した飛行隊が新兵器への慣熟訓練のため展開していて、それらの出撃が可能となったのである。





太平洋:犬坊岬南東沖



 昭和19年10月当時、関東地方には海軍だけでも200を超える数の攻撃機、爆撃機が展開していた。

 まとめて叩きつければ航空母艦多数を撃沈できたかもしれぬそれらが、悉く役に立たなかったのは、やはり気の緩みが故としか言いようがない。相当に厳重で濃密なる哨戒網を構築していただけに、再び米機動部隊が来寇した際には十分な時間的余裕をもって対処できると考えられており、またニミッツとて無用の危険は冒さぬと見られていたのだ。


 そうして蓋然性を低く見積もった結果は、まさに悲惨の一語に尽きる。

 空襲を報せるサイレンが鳴り響いた時、対艦攻撃にすぐ出られる部隊はほぼ皆無という体たらく。しかも外泊中だったりした搭乗員を搔き集め、どうにか攻撃隊を列線に並べたところを、またもや襲ってきた米軍機によって叩き潰されたりした。特に甚大なる被害を受けたのは茨城県の航空基地群で、迎撃機戦力の過半が横須賀方面に振り向けられたことから、例えば神之池飛行場では40を超える陸上攻撃機が地上撃破されてしまったのである。

 敵将ハルゼー恐るべし。この天運をも味方につけた好戦的指揮官が率いる機動部隊に対し、帝国陸海軍が即座に放つことができたのは、合計70機程度の戦爆連合でしかない。


「それならば、俺が道を啓いてくれよう」


 百里原より出撃した13機の流星。その指揮官たる五里守大尉は、威勢よくそう宣言した。

 それから名字から安直に想像できる渾名そのままに、己が胸をドカドカ叩いて戦意を表す。実際ゴリラは逞しい動物だから、キングコング精神で米空母に殴り込みだ。


 無論のこと、その道程は相当に嶮しいに違いない。

 途中までは送り狼攻撃が成功したかと思えたが、数多連なる航跡が見えた辺りで熾烈なる迎撃を食らった。護衛の零戦や紫電とはそこで逸れ、正面から突っ込んできたグラマンの投網が如き火線により、既に5機が撃墜されている。それでも爆弾を胴内に納めて300ノットで飛翔し得る流星は、持てる実力を遺憾なく発揮し、輪形陣内奥に斬り込まんとしていた。


「敵機、離脱します」


 後部座席の曙飛曹長が叫ぶ。

 それと機を同じくして、眼前の敵艦影がチカチカと瞬いた。高角砲の射程に入ったのだ。


「よゥし……討ち入りだ。ここが正念場ぞ」


 凄まじい眼力で目標を睨みつつ、五里守は巧みに愛機を操る。

 手練れの第一中隊を引き連れ、高度3000からの動力緩降下で一気に増速。ガチリと2つ組まれた輪形陣の手前側、航空母艦3隻からなるそれのど真ん中へ、脇目も振らずに突っ込んでいく。


 従来とは些か子御なる攻撃法が敵対空要員を戸惑わせたのか、明後日の空に黒き徒花が咲いた。

 とはいえ奇襲効果は長続きしない。機体近傍で次から次へと高角砲弾が炸裂し、機体が激震の如く揺さぶられ、時折金属の拉げる音まで聞こえてきた。


「四番機、被弾ッ!」


「何のまだまだッ」


 散華した者の面影が一瞬ちらつくが、犠牲を省みる余裕などない。

 続けてアイスキャンデーの如き野太い光弾が浴びせかけられ、更にもう1機が撃墜された。だがもはや敵艦は目と鼻の先。ぐらつく愛機を懸命に駆り、回避運動中のエセックス級航空母艦へと急速接近。意識は照準器越しに映る飛行甲板にのみ注がれ、三舵に連接された手足は全自動で修正を行っていた。


「ヨーソロ、ヨーソロ……撃てッ!」


 投弾。同時に機首を僅かずつ引き起こし、低空離脱へと移る。

 放たれたのは四号爆弾、飛行甲板の破壊だけを目的として開発された究極のロケット爆弾だ。ダブルベース火薬の燃焼によって秒速250メートルに達した重量500キロのそれは、鋭利なる軌跡を蒼穹に描いて6秒ほど飛翔し――目標艦を見事捉えた。


「命中、命中!」


 歓喜に満ちた喝采が後席より響く。

 己が人生はまさにこの瞬間のためにあった。炎上する航空母艦を背に、至上の達成感を抱きつつ、五里守は輪形陣より離脱を図る。もはや何時死んでも構わぬ気分だったが、死ぬならもう何撃かしてからの方がよい。

次回は8月7日 18時頃に更新の予定です。


ようやく海軍航空隊が一太刀浴びせることに成功しました。

しかし依然としてハルゼー率いる第38任務部隊は圧倒的に強力。壊滅状態の航空戦力でどう立ち向かうのでしょうか?


ちなみに今回登場したロケット爆弾ですが、制式名称は四式五十番四号爆弾などになりそうです。

史実にあった三式二十五番四号爆弾を大型化し、多少貫通性能を妥協して炸薬量を増やした型……といったイメージです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 日本軍側の新兵器、流星やロケット爆弾の活躍が胸熱。 中国大陸の片が付き、国内に余裕があるせいか?流星に使う誉や彗星に使うアツタエンジンの生産も順調に推移し信頼性も向上……してるといいなぁ。…
[良い点] ニミッツの方が正論ではあるけど、ハルゼーの戦火拡大の方針も正しくはある訳で この辺は「大統領選挙の号外記事のネタと戦果」が欲しい海軍総司令部と日本軍の反撃を封じたい現場の差もあるのかな […
[良い点] 宗形少尉は、もしや別の世界線で令和の時代の自分と出会った方ではありませんか?だとしたら(お気に入りのキャラだったので)ちょっと嬉しいです。
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