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欧州関ケ原大決戦③

真珠湾:太平洋艦隊司令部



「欧州反攻は、なかなか上手くいっておらんのか……」


 太平洋艦隊を統べるニミッツ大将は、伝わってくる情報に顔を顰める。

 曲がりなりにも複数の海岸で揚陸を成功させたのだから、失敗とまでは言えぬのだろう。とはいえ空挺部隊はどれも集合に失敗した挙句に各個撃破の憂き目に遭い、連合国軍の死者は万を突破してしまったとのこと。恐るべきドイツの空軍や装甲師団は未だ健在で、それらの激烈なる抵抗や度重なる逆襲を前に、連合国軍は消耗を余儀なくされているのだ。


 そうした地球の反対側での苦境は、ニミッツにとっても心苦しいものだった。

 まず忠誠を誓う国を同じくする、それぞれの人生を持っていたはずの若者達が、それだけ犠牲となったからだ。同盟諸国の将兵に関しても、待っている家族がいたはずである。加えて戦力の消耗が続いたならば、何処からか補充しなければいけなくなる。当然そのシワ寄せが、自分の指揮する艦隊に回ってくることも考えねばならないし、最悪の場合は兵力を抽出された状態で戦ってこいと命じられる可能性もあるだろう。


(ううむ……)


 濃く淹れたコーヒーを飲みつつ、難しい面持ちで唸った。

 それから麾下にある艦艇の一覧表を眺める。哨戒任務に出ている艦を含めるならば、真珠湾を拠点とする艦隊型航空母艦は優に10隻を数える。しかもその半分が新鋭のエセックス級だ。凶悪なる『蒼龍』と相打つ形でバンクーバー沖に沈んだ長女や、北太平洋の藻屑と消えた悲運の三女『イントレピッド』。その仇を討たんと猛訓練に明け暮れた彼女達は、最盛期の南雲機動部隊をも上回る圧倒的洋上航空戦力となっていた。

 無論、護衛艦艇についても抜かりはない。アイオワ級戦艦の『ウィスコンシン』、『ニュージャージー』に代表される艦艇が、最先端の電子制御技術を取り入れた砲熕をもって、迫る敵を撃ち滅ぼすのである。


 だがそうであっても尚、日本海軍はまったく油断ならぬ敵である。

 開戦以来、彼等が喪った艦隊型航空母艦は4隻で、その半分は1万トン程度の小型艦。戦艦に至ってはガダルカナル島沖で沈んだ『霧島』だけという状況である。対して戦列に加わったとされるのは、マレー沖で間抜けにも鹵獲されてしまった英海軍の『インドミタブル』を含めて7隻。更に改飛龍型が来月にも就役し始め、フランス製の艦艇も順次改装を終える予定というから、絶対的優勢と言うにはまだまだほど遠い状況なのであった。

 加えて西太平洋の島々には、有力なる基地航空隊が幾つも展開している。機動部隊と陸上機の連携を鑑みれば、勇敢なるハルゼーならそれでも何とかしてくれるかもしれないが、返り討ちに遭う可能性も否めない。


「なあソック」


 ニミッツは己が腹心に何気なく声をかける。

 ソック、つまるところソクラテスなんていう大仰な渾名で知られる、太平洋艦隊参謀長のマクモリス少将。彼はその聡明なる知能を総動員しているのか、今日は動物園のクマみたいな奇行に走っており、暫くしてから呼びかけに気付いた。


「長官、お呼びでしょうか?」


「ああいや、キング長官は『エンタープライズ』を絶対に送ると約束してくれたが、きちんと届くかと思っただけだ」


「自分もちょうどそれについて考え終えたところでして」


 マクモリスは朗らかに笑み、続けて真剣な顔をする。


「どうにも気にかかるのが、一昨日からドイツ空軍が、何故か地中海戦域で積極的な動きを見せているところです」


「ふむ。確かにあれは理解に苦しむな」


 そんなニュースもあったか。ニミッツもまた思い出す。

 双発に見える四発爆撃機のHe177が、ジブラルタルやアルジェ、オランなどを空襲し始めたという報告があったのだ。普通に考えるならば、ノルマンディーの橋頭堡に度々やってくるジェット爆撃機などと合力すべき局面で、そうした常識的判断に起因する油断があったのか、航空基地に結構な被害が出てしまったそうである。


「正直、傍目には意味不明です。しかしこれをドイツ軍の戦略的間抜けさが故の行動と考えるのは危険でしょう」


「言うまでもない。ナチ党の倫理観は理解し難いが、科学技術に関しては超一流であるし、将軍達は間違いなく優秀だ。これから追い返すとしても、馬鹿揃いに欧州を席捲などできん」


 それが僅かに複雑な響きを有していたのは、自身の先祖がザクセンの男爵だからだろうか。

 軍人に適しているのはドイツ系かアイルランド系と合衆国では言われるが、なるほど確かにその通りかもしれない。


「まあともかく、態々戦力を分散するからには、何らかの合理性があった。そういうことだな?」


「はい。ですので自分はあれこれ考えてみまして……もしやイタリヤ海軍の水上艦隊が大西洋へと突破してドイツ海軍と合流、持てる高速戦艦の全てをノルマンディーに叩き込む心算ではないかとの結論に至りました。あの厄介極まりないリットリオ級は、現在3隻が稼働状態にあると見られますし、航空母艦『アクィラ』の修理もそろそろ終わる頃です。先の空襲がそれを見越してのものである可能性は否定できません」


「おっと、それはまた拙い可能性だな。あちらには相応の戦力を配置してあるはずだが……」


 ニミッツは苦虫を噛み潰し、資料を軽く捲った。

 ジブラルタル軍港には現在、戦艦4隻および正規空母2隻を中核とする有力な艦隊が控えており、少なくともその半分は新鋭艦だ。更にアルジェリア西部のオランには、水雷戦闘を難なく熟せる巡洋艦や駆逐艦も多数展開している。普通に考えれば、イタリヤ海軍相手には十分といえる戦力ではあった。


「とはいえ奴等が海峡突破を目論んでいるとなると、それでも確実に阻止できるとは限らんか。しかも阻止に失敗すると、最悪の場合欧州での反攻作戦が根底から覆ってしまうかもしれない。それ故、地中海への増援は必須という訳かね?」


「はい、間違いなく必要となります」


「ううむ、面倒だな。太平洋に回ってくるはずの戦力が、そちらに行くということか?」


「はい。しかし長官、実のところ心配はご無用です。カリブ海の『ハンコック』を回せば十分であるはずだからです。彼女は慣熟航海をあと2週間で終える予定となっておりましたから、大して空母を持っていないイタリヤ海軍相手ならば問題なく戦えるでしょうし、どうしてもと言うならば『タイコンデロガ』も出せるはずです。キング長官も同じように判断されるはずですし、そうでなくとも説得材料は十分以上にあるかと」


「なるほど。であればまあ、約束はその通り履行される公算大か」


 ニミッツは少しばかり微笑み、再びコーヒーに口をつけた。美味さが身に沁みて相好が崩れる。

 昨年まではとにかく体調不良に悩まされたものだが、今年に入って色々と改善してきた。その理由を改めて実感する。


「ソック、君が考えてくれた太平洋反攻作戦は実に素晴らしい。それでも11隻は空母がないと辛いとのことだったから、少しばかり不安であったのだ。それが和らいで、まったくいい気分だ。感謝するぞ」


「いえ、どういたしまして」


 そんな具合に懸念は解消され、それぞれの業務効率が僅かに向上した。

 開戦以来の生き残りたる航空母艦『エンタープライズ』。先月までマダガスカル上陸支援に出、セーシェル諸島の日本軍基地を爆撃するなどしていた彼女が、予定通りパナマ運河を通過したとの連絡があったのは、それから間もなくのことであった。


 ただそれと同時に、太平洋艦隊は思いがけない贈り物をも受け取ることとなった。

 何と史上最大の軍艦たる『ラファイエット』を、作戦に加えてよいとの通達があったのだ。西海岸防衛の要として喧伝されてきた彼女が合流すれば、航空戦力は一気に150機ほども増える。その並々ならぬ決断にニミッツもまた奮起し、必ずや太平洋反攻を成し遂げんとの意気込みを新たにした。

次回は7月20日 18時頃に更新の予定です。


再建なった米太平洋艦隊が、遂に動き出します。

しかも圧倒的に強力な超大型航空母艦の来援まで決定。1000機もの艦載機を擁する機動部隊をもって、主導権を一気に奪い取らんとするニミッツを相手に、聯合艦隊、そして『天鷹』はどう戦うのでしょうか?

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― 新着の感想 ―
[良い点] >マルベリーがない場合に車輛を揚げるには……揚陸艦を往復させたりするのでしょうか? それもありますが、マルベリーの利点は、輸送艦から荷物を直接降ろして車両に積ませれる桟橋と倉庫を兼ねてい…
[気になる点] 策を弄しても勝つのは難しそうな大軍ですね。我らが天鷹にはいかなる幸運が訪れるのやら。
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