風雲ガダルカナル⑥
トラック諸島:航空母艦『赤城』
「あいつ、何やってるんだ……?」
深夜。第三航空艦隊を率いる山口中将は、報告に思わず耳を疑った。
ソロモン諸島沖にいるはずの高谷機動部隊が、何故か珊瑚海を遊弋しており、しかも陸軍と合同でケアンズ空襲などやった挙句、連合国軍の航空機に猛爆されたというからである。この予想の斜め上を行く展開に、強烈なる頭痛が押し寄せてきた。
思い返してみれば、海軍兵学校の頃からこんな調子だったかもしれない。
実際、物事を自分の都合に合わせて解釈しては教官にドヤされたり、恒常的に天災的な事態を巻き起こしたりしてはいなかったか。掘り返されるかつての記憶に、頭が余計に酷くなり始め、眩暈までしてきそうだった。
「なお護衛艦艇複数に損失が出てはおりますが……『天鷹』は健在、『海鷹』は損害軽微とのこと」
参謀長の加来少将が告げ、
「数百機に殴り込まれながらも生き残ったのですから、大したものです」
「それは、ええと……喜ばしくはあるな」
混乱気味ながらも、山口は大きく安堵の溜息。
だがどうしてこうなったのか。そう言いかけ、後にすべしと飲み込む。
「なお陸軍第四航空軍は、この機にラバウル方面に戦力を搔き集め、ガダルカナル島の飛行場およびその周辺を集中的に叩く算段を立てているとのこと。在豪の敵航空戦力は当面、珊瑚海に釘付けとなると予想されますから、悪くない手ではありましょう」
「つまりどうしろと言いたいのだね?」
「戦力は集中してこそ。我々も乗るしかありません、この大波に」
決断を促すような口調で加来は言う。
この期に及んでは陸軍も海軍もない。マーシャル方面への侵攻に備えておかねばならぬとしても、敵に打撃を与える機会を逃してはならぬのもまた事実。それに第四航空軍は独力で制空権をもぎ取る心算のようだから、それに合わせての攻撃ならば、思いの他損耗も局限できるかもしれない。
「ふむ……航空参謀、どれなら出せそうだ?」
「ポナペの第761航空隊ならば問題ないかと」
歴戦の淵田中佐もまた乗り気なようで、
「かの部隊は新鋭の銀河陸爆を主力としておりますが、銀河は未だ実戦での運用経験が豊富とは言えず、特に対艦攻撃の実績は過小です。とすればここで確かな戦訓を得、問題点を洗い出し、爾後の作戦に役立てるべきと愚考いたします」
「よし。ではそれでいこう。大至急、実施部隊との調整を頼む」
山口は命じ、大きく息を吸い込んだ。
「あとそれから……陸軍がガダルカナルまで特種船を出したいと言っておったよな。乗りかかった船だ。敵機動部隊も出てこんようだし、高谷少将にあれの護衛をやってもらおう」
ガダルカナル島:ポポマナセウ山上空
蔭山大尉が率いる疾風の2個飛行中隊は、エンジン不調で引き返した3機を除いた全機が揃っていた。
その純然たる事実を前に、彼は神仏に感謝せざるを得なかった。ブーゲンビルからニュージョージアまでは飛行した後、南南東に針路を取って200キロほど洋上を進み、更にそこで高度を100メートルまで落としてガダルカナル上空に侵入する。相当なる難行苦行を部下ともどもやってのけた訳だから、祈りを捧げたくなるのもまったく自然なことだろう。
この回り道はひとえに、電波哨戒網を掻い潜るためものだった。
空襲に対する早期警戒を行うため、米海軍はラッセル諸島沖に駆逐艦を配置している。それらが電波の眼に映りでもしたら、即座にルンガ飛行場もしくは近海の特設空母から迎撃機が発進してしまう。滑走路上で多数を"撃墜"するという目的のためには、絶対にそれを許してはならなかったのである。
こうした背景を鑑みるに、作戦の半分は成功したと言えそうだった。
「ならば、神よ照覧あれ」
蔭山は独り呟き、眼下に広がる山岳を望む。
ポポマナセウなる2300メートルの高峰は、孤独なる洋上飛行の間ずっと、闇夜の灯台が如き役割を果たしてくれた。とすればそこにおわす南国の山神に謝すのも当然の成り行きというものだ。
そして右旋回で尾根を抜けるや、視界正面にお八つ時のルンガ飛行場が広がった。
直掩か何かを終えたと思しき何機かが、悠々と着陸しつつあるのが目に留まる。
(よし……)
蔭山はまず奇襲成功を打電し、続けて航空無線の挿話器を取った。
「全機、攻撃はじめ」
短く命令を伝達し、スロットルを開いて増速。僚機もそれに追随した。
列線に並ぶ米軍機の、特徴的な逆ガル翼がくっきりと見えてくる。武装は対地攻撃用の噴進弾を選択。シコルスキーにそれを見舞って、空の脅威となる前にガラクタにしてやるのだ。
「食らえッ、アメ公ども!」
発射ボタンが押され、翼下の噴進弾が次々と射出されていく。
盛大に白煙を吹き出しながら飛翔するそれらは、昨今の日独技術交流の成果ということなのかほぼ直進し、照準器が捉えていた機体へと轟然と突き進んでいった。取り付いていた搭乗員や整備員が蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、連続的に生じた爆発がそのうちの幾人かを薙ぎ倒す。
「山根、仇は取ったぞ」
戦死した飛行兵の最期を思い起こしつつ、蔭山は武装を20㎜機関砲に切り替える。
ソロモン海:レンドバ島沖
ガダルカナル島の制空権を奪取するという寺本中将の目論見は、存外なほど上手くいった。
ルンガ飛行場の機能を破壊したのみならず、近海を遊弋していた水上艦艇に結構な打撃を与えることにすら成功したのだ。前衛哨戒任務の駆逐艦を排除したのを皮切りに、特設空母2隻および防空巡洋艦1隻を撃沈、更にはペンシルベニア級戦艦を大破炎上させたというから驚きであった。
かように甚大なる損害を被りながらも、米水陸両用艦隊は当初、鉄底海峡に踏み止まらんとした。
だが更に特設空母1隻が航空機運用能力を喪失し、被弾した飛龍重爆撃機の体当たりによって旗艦たる戦艦『メリーランド』が損傷。司令官たるオルデンドルフ少将が負傷するに至り、遂に一時後退を決断するに至ったのである。
そのため『天鷹』航空隊は、またも獲物を取り逃がすこととなってしまった。
主に陸軍特種船団との合流に時間を食われたが故ではあるのだが、ガダルカナル島近海にまともな艦艇が存在しなかったのは事実に他ならぬ。殺意を滾らせながらやってきた荒くれどもは、漂流中の輸送船に腹いせの魚雷を叩き込み、海岸堡に激憤の急降下爆撃を行っていった。後々の展開を鑑みれば、海兵隊にとってはそれこそが一番の打撃であったようだが――戦艦や空母を沈めることにしか興味のない連中だからどうしようもない。
「ということで輸送船3隻と……よく分からんの1隻を撃沈しました」
夕刻。帰投した搭乗員どもを代表し、博田少佐が報告する。
「それから海岸線の物資集積所を焼き討ちし、これを破壊。以上が戦果となります」
「うむ、皆ご苦労だった。明日以降の作戦に備え、休養に専念してくれ」
高谷少将は労いの言葉をかけるも、どうにもおかしな調子だった。
空振りだった時に誰よりも地団太を踏んで悔しがるのが、この司令官であるはずである。だが今日は目の焦点が微妙に合っておらず、しかもそそくさと司令官室へと引き上げていってしまった。
そのお陰で博田などは、敵機動部隊は何処にいるのかという話を聞けず仕舞い。
「なあ、今日の司令官はどうしたんだ?」
「分からん。だが明らかにおかしかったよな」
キョトンとしていた他の搭乗員達も、遅まきながらも異変に気付いたようだ。
不可解なる顔をお互い見合わせ、口々にあれこれと言い合う。次第に待機所はざわめき出した。
もっともいい加減な脳味噌の持ち主ばかりなので、議論百出の百家争鳴とはいかぬもの。
ある意味では実績豊富であるし、以前ヤシガニ料理が出た際に似たようなことがあったから、またぞろ妙なものに当たりでもしたのではないか。幾らでも回避のしようがある食中毒を、わざわざ作戦中に起こすなど論外であるはずだが――概ねそんな結論に落ち着いて、誰もが納得してしまったのである。
「まあ陸軍のフネも連れてガダルカナルへ向かっておる訳だし……明日にも空母が現れるかもしれんな」
博田はそんな風に戦況を分析し、バクチという渾名よろしく、仲間内で賭け事など始め出す。
なお彼に関して言うならば、下手の横好きという表現が本当によく似合う。夜が明けても敵機動部隊が現れる気配はまるでなく、またも俸給を擦り減らすのかとヤキモキしながら攻撃隊を率いて発艦し、最前線から十数キロのカカボナの浜で荷降作業を行う陸軍特種船団を援護することとなった。
かくしてガダルカナル島への増援は完遂され、第2師団はどうにか戦線を立て直すことに成功した。
当の本人が少々おかしなことになっているのが不可解ではあるとはいえ――結果論的には個人的な野心と暴走と呼ぶに等しい拡大解釈が、1万8000もの陸軍将兵を大いに助け、停戦に至るまでの持久戦闘を行わしめたのである。
次回は7月2日 18時頃に更新の予定です。
『天鷹』の斜め上な作戦行動が、結果としてガダルカナル島救援を実現してしまいました。
予定や想定が崩れたならば、一刻も早くそれを利用できた側が勝つ……ということなのかもしれません。
一方、高谷少将がこの頃少し変になっています。どうしたのでしょうか?




