表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
123/372

対空新兵器炸裂す!

バブ・エル・マンデブ海峡:ペリム島沖



 ひとまずシンガポールへと向かう第二特務艦隊は、なかなか豪勢なことになっている。

 パリへと帰還する準備を進めつつあるヴィシー政府より提供された、ダンケルク級高速戦艦の姉妹が加わったお陰であった。33㎝と幾分口径は小さいが、実に革新的なる四連装砲塔を前甲板に集中させた、なかなか使い勝手のよさそうな艨艟だ。


 もっとも彼女達が聯合艦隊の戦力となるには、もう暫くの時間が必要で、今はまったくのお荷物だ。

 回航要員はそれなりに乗っていはするのだが、定数にはまるで届かぬ員数だから、被弾したら消火が上手くやれないということもあるかもしれぬ。しかもフランス製の装置はやたらと偏執的な構造をしていたりするから、慣熟するのも一苦労といった側面もあるのである。


「まあ、だからこそ我々が護衛せねばならんのでしょうね」


 視界良好なる『天鷹』の露天艦橋にて、鳴門中佐が扇子で顔をパタパタ扇ぎながらぼやく。

 少々疲弊気味な声色だった。メイロというのは彼の渾名だが、今はダンケルク級姉妹が何かとフラフラし、余計な燃料を食い散らかし、迷子になりかけたりする。航海参謀はその面倒を見ねばならぬから大変だ。


「手のかかる子ほど可愛いと言いますし」


「案外そうでもないぞ」


 一方の高谷少将は遠慮ない口調で、


「そうでも思わんとやってられんという奴だ。実際、うちの長男の芳一なんざ最低最悪だったからな。あいつはまさにアホウ一だ。泣き声は街の端から端まで届くし、学校にやれば暴力沙汰ばかりで成績は不良だし、拳骨を何度くれてやっても直らんし、まったく誰に似たんだか……いやまあ、間違いなく俺なんだが」


「はあ、今は何をなされておるので?」


「困ったことに、満洲で阿漕なことやっとるようだ」


「あれまァ。親父の名で好き放題と」


「いや、勝手に人の名を使うのは次男の方だ。もっとも秘密特許の発明者としてだから、これはありがたい話なんだろうが……そのうち幾らか特許料が振り込まれるんだろうかな?」


 そんな具合に適当に会話を弾ませていたら、イタリヤ戦艦の停泊だか座礁だかしている島が見えてきた。

 艦隊が要警戒領域を進んでいることが、嫌でも思い起こされる。インド洋への玄関口たるバブ・エル・マンデブ海峡は実質的な幅が20キロほどで、まともな艦隊運動を行うだけの広さがない。故に何かと米英の爆撃機が襲ってくるし、国際条約違反の複合機雷を撒き散らしてもいくから、この上なく厄介だった。直掩の戦闘機を通常より多く上げているのも、至極当然の成り行きなのである。


 もっともこのところは、敵の動きも比較的低調であるとのこと。

 惨憺たる失敗に終わったドイツ本土爆撃の余波が、こんなところにまで及んでいるのかもしれない。あるいはジブチ駐留の独伊空軍部隊が予想以上の撃墜数を叩き出しているからだろうか。時折成層圏爆撃機が飛来し、艦隊上空を鬱陶しく飛び回ったこともありはしたが、本格的な爆撃作戦を行う余力は今の米英にはない模様であった。


 だが――それらは嵐の前の静けさだったのだと、高谷達は実感することになる。


「アデン湾にて哨戒中の駆逐艦『梅』より入電!」


 伝声管より切迫した声が到来し、


「敵爆撃機多数、ジブチ方面へと進攻中!」


「な、何だって!?」


 青天の霹靂といった声が、異口同音に木霊した。

 普段はナイロビから一直線に飛んでくる敵爆撃機が、今日に限ってはアフリカの角を大回りして飛来したのだ。余計にガソリンを消費するそれが、まったく故なき作戦であるはずもない。





「スモール・フレンズの奴等、上手いことやってくれているようです」


「よし、憎たらしい食中毒空母のケツに叩き込むぞ」


 PB4Y-2を駆るマッキャンベル少佐は、少々品のない表現で部下を鼓舞する。

 ナイロビを拠点にアデン湾作戦に従事していた第116哨戒爆撃隊は、事故や機種転換の関係で行動が制約された時期があったのだが、偶然にもその時に食中毒空母を含む艦隊がジブチを通過してしまった。その事実を後で知らされ、散々嫌味を言われて業腹の搭乗員は、復路で袋叩きにしてやると心に決めていたのだった。


 そしてその機会はまさに今、目の前にあるのである。

 スモール・フレンズことマルサビットを発ったP-51が、大草原を疾走する野生馬の如く吶喊し、ちょうどよいタイミングで敵戦闘機隊を血祭りに上げている。作戦遂行にあたっての脅威はその分だけ小さくなった。となれば彼等が献身を、当然生じているであろう若き勇者の死を、決して無駄する訳にはいかぬのだ。


「それに今日は……新兵器も持ってている」


 マッキャンベルは心の奥底より湧き出る闘志を滾らせ、


「新型の無線誘導爆弾だ。まともに身動きの取れん敵艦隊に、こいつを何百と見舞ってやるのだ」


「まったく、楽しみでさ」


 快調な発動音の中、爆撃手もまた不敵に笑った。

 彼が手に持っているのはBC-1156操縦装置、AZON誘導爆弾の動翼を制御するためのものに違いない。かの兵器を実戦で敵艦に向けて使用するのは、元々が橋梁の破壊などを想定していたものだからかなり難しそうだ。それでもこれが世界初の試みであり、そのための訓練も曲がりなりにも行った訳だから、是が非でも緒戦で白星を挙げたいとの想いを誰もが胸に抱いていた。


 それから彼我の距離はグングン縮まり、海の狭隘部とそこを通らんとする艦影が目視され始める。

 敵機による妨害は未だほとんどなく、P-51様々だった。ただ無線誘導兵器の性質上、艦隊の真上に占位し続けねばならぬので、熾烈なる対空砲火の洗礼はこれから。中には恐ろしいドイツ製高射砲も混ざっているはずだが、その程度が何ぼのものだと痩せ我慢するしかない。


「よし、そろそろ爆撃航程だ」


「隊長、当機は正体不明の電磁波照射を受けております」


 唐突に通信員が報告し、


「対空照準用レーダーの可能性大」


「戦艦島からか? 妙に早いな、ジャップ対空砲弾を使ってくる心算かもしれん。各機、注意しろ」


 昨年の忌まわしき米本土空襲。その際に日本戦艦が用いた花火弾を記憶に昇らせ、マッキャンベルは警戒を促す。

 程なく発砲が確認され、その正しさは証明された。戦艦の主砲弾を転用した、やたらと射程の長い対空兵器が、ペリム島に座礁したイタリヤ戦艦にも積み込まれていたのである。


 だが冷静沈着な彼は、まだ慌てるような時間ではないと理解していた。

 件の兵器は見た目には恐ろしく如何にも威力がありそうだが、実態はコケ脅しでしかない。焼夷性の子弾を何百と放ってくる代物ではあるが、それらを相当数食らわない限り致命傷にはならないし、発砲諸元がいい加減だから明後日の方向で炸裂するのが大半――少なくとも報告書にはそう記されていた。


「当たらなければどうということはない。突入するぞ」


「アイサー!」


 威勢のよい応答。それを耳にした直後、件の対空砲弾が炸裂し始めたた。

 マッキャンベルは何故か寒気を覚えた。頭ではコケ脅しと分かっているはずなのに、野性的で第六感的な本能が、ワンワンと悲鳴を上げていていたのだ。


「何だ、おい……」


 そう独りごちた刹那、マッキャンベル機に死神が襲いかかった。

 報告書は常に最新の情報を反映している訳ではない。この戦いで重傷を負いつつも生還し、後に若き経営者の育成において頭角を現すこととなる彼の口癖は、まさにこの場で形成されたのだった。





「おおッ、何たる威力! 敵機も散り散りだぞ!」


「まさかイタリヤ戦艦が三式弾を撃ってくれるとはな!」


 狼狽気味だった将兵は一転、友軍の射撃技術に舌を巻く。

 実際アデン湾より襲来したる敵爆撃機群は、相当の混乱状態にあるようだ。しかも日独の直掩機がアジスアベバ方面から現れた敵戦闘機を辛うじて抑え込む中、新たにイタリヤ空軍のマッキC.205が駆けつけてくれた。陽気でラテンなパイロット達の操るそれらは、誤射の危険を一切省みることなく敵中深く斬り込んでいく。


 そうした防空戦闘の甲斐あって、第二特務艦隊の被害は旗艦『羽黒』に至近弾があったのみ。

 もう少し視点を広く持つならば、アデン湾を航行中に腹いせの爆撃で沈められた貨物船も見つかりはするが……まあ許容範囲内といったところだろう。先程異様な形相でやってきて早口で喋りまくった通信参謀のデンパによると、敵機は無線誘導兵器を搭載していた可能性があるとのこと。それを踏まえれば、ここで被害を出さなかったのは幸いだ。


「しかし……三式弾ってあんな当たるものだったか?」


 高谷はそう独りごち、チョイと首を傾げる。

 あまり根拠のない個人的印象ではあったが、ペリム島の『ジュリオ・チェザーレ』が放ったそれは、法外な命中率を誇っていたようだった。沿岸要塞となったも同然の存在であるから、艦体動揺による誤差が生じ得ないが故の部分もありそうではあるが、それにしても直感的におかしいと感じてしまう。


 そうして少しばかり思考を巡らせていたら、対空戦闘が始まる前の会話に行き着いた。

 次男坊の謀によって自分は秘密特許の発明者となっている。温泉で酔っ払った末の放言が、実際に高角砲弾起爆装置として結実したというもので――そこで思考が一気に繋がった。戦艦の主砲弾は高角砲弾より大きいから、電波起爆信管を組み込むのも、当然ながら容易なのである。


「ま、まさか……」


 高谷は改めてイタリヤ戦艦の方を眺め、怒涛の如き感慨の波に浸った。

 次男坊の浩二は渡欧するかもしれぬと言っていたし、独伊の技術者と共同で開発した成果を、この場で試験していたとしても別段の不思議はない。とすれば往路で見た気がした倅の面影も、まったくの現実であるのかもしれぬ。


 とすれば――海軍将校として歩んできた人生と、父親として生きてきた年月とが、見事に交叉したということになるのである。

 人には経験してきた全てに感謝を述べたくなる時があるというが、高谷にとっては今がまさにその瞬間だった。


『どうだい父さん、僕も御国のために働けているよ』


 そんな言葉が、莞爾とした次男坊の笑顔とともに聞こえてきたかのよう。

 これほどの親孝行がこの世にあるだろうか。高谷はほろほろと感涙を流し、年甲斐もなく咽び泣いた。

次回は6月8日 18時頃に更新の予定です。


連合、枢軸による電波兵器対決となり……遂に思い付きから出たA装置が結実いたしました。

高射装置で諸元を得るついでに高出力電波を照射し、それを検知したら起爆という方式、明後日のところで炸裂することが多かった三式弾の命中率改善にかなり効くのではないか? と考えてみた次第です。また無線誘導兵器を積み、目標上空で直進しなければならない爆撃機だと、妙な具合に噛み合ってしまうかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 橋梁等の固定目標破壊の為に使われる誘導兵器を狙って運用するとかどんだけ恨まれてるんだよ食中毒空母……連合軍の殺意が高すぎる [気になる点] 敵機の侵入する高度に電波を放射し、そこに対空散…
[良い点] 息子さんイタリアへ来ていたとは。 マルコーニを産んだ国だけあってイタリアは下地が凄いんですよね。各工房で完結してしまっているだけで(笑) ムッソリーニ政権下はイタリアが国として動けていた数…
[一言] マジックヒューズ搭載三式弾…ありそうでなかった架空兵器が登場!つかアメリカ側も誘導爆弾を投入か…これは海戦の様相が一変しそうだな…
2022/06/05 21:03 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ