日伊親善フットボール大合戦・上
タラント:外洋艦隊司令部
「やれそうだからやった。あと艦で飼われてる猫……インド丸だっけ? あいつが可愛かった」
絶体絶命の『天鷹』を救ったパイロットは、あっけらかんとその動機を語った。
ギリギリの高度で脱出したため落下傘でも速度を殺し切れず、海原に叩きつけられて結構な重傷を負ったはずなのに、駆逐艦に救助されてみれば始終そんな調子だったのである。それでも九七艦攻での体当たりでもって魚雷を吹き飛ばすという尋常ならざる偉業を成し遂げたのは、まったく紛れもない事実であったから、この大恩人に大して誰もが肯くしかなかった。
またそうした態度を、公の場でとにかく褒めちぎったのが、第七航空戦隊司令官たる高谷少将だった。
つまるところ勇を奮うに特段の理由を必要とせぬということで、それが彼の琴線に触れまくったのだ。義を見てせざるは勇なきなりと昔からいうが、あれこれ考えるまでもなく行動して結果が出る方が良いに決まっている。論語の何処かにも確かそれっぽいことが書かれていたから間違いない。為政第二の「心の欲する所に従えども矩を踰えず」かと第二特務艦隊の遠藤司令長官や参謀達は首を傾げもしたが、『天鷹』のバンカラ軍団にまともな漢学の教養を期待する方が間違いである。
「いやはやそれにしても、イタリヤ魂というのは大したものだ」
錚々たる面子を前に一席ぶち終えた高谷は、まったくもって上機嫌。
ガヤガヤと賑やかなる懇親会場においては、味の違いとはよく分からぬが値の張るらしいワインを振る舞われたので、いい旅夢気分といった具合である。
「ちょいと前までは戦下手だのヘタリヤだのと言われておったし、頭の中身がムッツリみたいな奴ばかりの国かと思っていたが……マダガスカル沖での奮戦といいこの間の件といい、まったく勇ましい限りじゃあないか。ならば我が国としても見習うべきところも多分にあるはずだろう」
「国民意識の希薄さが故に大軍となるととことん弱い、かような評価も確かにありはしましたが……個々人の勇気に関しては元々、欧州でも随一と称賛されております」
そんなことを言うのは、例によって遅刻してきた鳴門中佐。
「自動車や飛行機のスピード競技でも有名な選手がゴロゴロおったそうですし、アレクサンドリアで英軍の戦艦を人間魚雷で大破させたとかいう話もあったかと」
「確かそいつら、最近はカスピ海で活躍しとるって話だったよな」
少しばかり前の新聞記事を、ワインを嗜みながら思い出す。
カスピ海における独伊合同作戦に関するものである。ドイツ海軍が高速艇に加えて沿岸防衛用の小型潜水艦や豆潜水艦をマハチカラ港まで無理矢理運び込み、バクーやトルクメンバシの沖まで進出させている。それらにはイタリヤの水中破壊部隊も搭乗しており、潜水服を着た連中が油井を爆破したり貨物船を沈めたりと神出鬼没の作戦を展開しているというのだ。
「我が帝国海軍もせっかく豆潜水艦を作ってみたはいいが、真珠湾作戦が行われて以来、どうにも持て余しておるようだ。であればイタリヤ海軍に学んでみるのもよいのかもしれんぞ」
「そもそも第六艦隊自体が今ひとつであるようですが」
「言われてみればそれもそうではあるが……」
実際、帝国海軍の潜水艦は通商破壊でこそ結構な戦果を挙げてはいるが、主力艦撃沈は未だ皆無である。
もっとも高谷としてはあまりそこに触れてやりたくはない。軍艦を沈めていないのは『天鷹』も同じだろうと突っ込まれると、大変悔しい想いをするからである。
「まあ何だ、学ぶべきは学ぶ。改めるに憚らない。それが大事ってもんだろう」
「その意味では、調理技術にも学ぶべき点が多そうです」
ちょうど運ばれてきた"イタリヤ肉団子うどん"に、鳴門が目を輝かせる。
皿に山盛りになったそれを、何故かシェフが弾くバンドネオンの音色に耳を傾けながら、彼はムシャムシャと平らげている。肩に乗ったチビ猿のパプ助に、時折味見をさせていたところ、接吻になってしまったから馬鹿みたいだ。
「特に長い航海にあっては、士気を保つ上でも重要かと。フネの上の娯楽といったらまず食い物ですし」
「なるほどイタリヤ魂の根源は飯とな。あり得る」
高谷もまた三色旗サラダをパクついてみる。
オリーブの風味が独特な白チーズがワインの芳香に合い、なかなかな具合だ。その後に薄切りのハムを頬張ってみると、塩気が利いていてこれまた良い。
「しかし暖衣飽食に慣れると兵は弛むとも言わんか?」
「それこそ陸軍連中の痩せ我慢理論ではないでしょうか?」
「そうかもしれん」
「あるいは味覚音痴の英国人か、偏食主義のドイツ人の物言いではないかと」
唐突にやたらと流暢な、しかし明白に外国人のものと分かる日本語が響いてくる。
先程は司会めいたことをしてくれていた、航空母艦『ファルコ』艦長のタマロ大佐の姿があった。彼はアングロサクソン系やゲルマン系の諸民族の食事情に関する偏見を、これでもかと喋り散らす。英国人は故郷の飯の不味さを愛国主義に組み込んでしまっているとか、ドイツ人はジャガイモとソーセージしか食べないのを質実剛健と思い込んでいるとか、昔嫌な目にでも遭ったのかと思う程だ。
「と、それはそうと」
タマロは一転どうにも不敵な表情を浮かべ、
「先程は我等がイタリヤ魂について話されていたようですが……我が国まで遠路はるばるいらしていただいた第七航空戦隊の皆様に、まさにその真髄を体感いただくための催しを企画しておるところでして」
「おお、まことか? そいつは素晴らしい!」
「ええ。我々イタリヤ人は11人までなら最強とか他所では言われますので、両国の親善友好を兼ねて、11対11での試合を催そうかと。是非とも勝負に応じていただければ幸いです」
「おう、受けて立とうじゃないか! こちらも大和魂を見せてやろうぞ!」
高谷はまったく豪気に笑い、タマロは準備があるからとさっさといなくなる。
ところで試合というのはいったい何の試合なのだろう? ふと傍らを顧みると、鳴門が心許なげな面持ちで固まっているので、それがどうにも気になった。
「メイロ、さっきから変テコな顏しておるな」
「あの少将、よかったのですか?」
「うん、どうかしたか?」
「11人というのは、その、つまりはフットボールのことと思われますが……」
「げッ」
今度は高谷が青褪め、手から離れた食器が床に転げて音を立てる。
酩酊気味であったとはいえ、11人と聞いてパッと思い至らぬくらいだから、当然フットボールの心得など碌にあるはずもない。乗組員もまた同じである。そんな状況にもかかわらず、いいワインに弱かったのか、誘われるままにホイホイと応じてしまったのだ。
しかも更に悪いことに、気付いた時には試合の開催は決定事項となっていた。
つまるところ両国の親善友好のための運動競技会を開催し、剣道にフットボールといった具合にそれぞれ得意な競技をやり合って、お互い長所を認め合おうという雰囲気を醸成せんとの目論見だった。ただ第二特務艦隊の遠藤中将は色々思うところがあったのか、ボロ負け役は第七航空戦隊に押し付ければいいと考えていて、その術策に高谷は見事乗せられてしまったのである。
次回は5月30日 18時頃に更新の予定です。
唐突に軍隊でフットボールをする話になってしまいました。
何処かの国の女性が嫌いな話の、第一位に燦然と輝くあれみたいですね。




