表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
109/372

ダッチハーバー転進作戦③

太平洋:ウナラスカ島南方沖



 夕暮れの朱を微かに帯びた霧が薄れていくにつれ、敵艦隊の姿は徐々にはっきりしていく。

 フレッチャー級と思しき駆逐艦が両翼を固め、殿を務めるはクリーブランド級軽巡洋艦。艦影図を丸暗記した見張員の、光学装置によって増幅された眼には、輪形陣の中心に陣取る3隻の航空母艦がありありと映っていた。自分はこの瞬間のため生まれてきた。かような感慨に裏打ちされた報告が、伝声管を一気に駆け抜ける。この直後、敵弾を浴びて散華する運命にあったとしても、彼は後悔など抱かないに違いない。


「何という巡り合わせだろうか」


「まさしく天佑神助というもの」


 重雷装艦『北上』の中枢なる箇所もまた、至上の歓喜に沸き立っていた。

 聯合艦隊にとって最大の仇敵たるエセックス級航空母艦が、一回り小柄な2隻を従えて、射程内を悠々と進んでいるのである。彼我の距離はおよそ8000メートル。酸素魚雷を最大速力で走らせても一切構わない間合いで、艦長の田中大佐は既に砲雷戦用意を命じていた。機関の修理は先刻完了していたから、準備は万全整っている。


 志摩中将より与えられた任務は、ウナラスカ島沖に遊弋する敵水上艦の撃滅ではあった。

 だが海軍において最重要とされるのは、言うまでもなく臨機応変と見敵必殺の精神。未だ敵艦隊に目立った動きはないものの、じきにこちらの旭日旗を視認し、射撃を始めてくるに違いない。となれば被弾する前に集中的な雷撃を実施し、煙幕を焚いて一目散に遁走する他に選択肢などないだろう。今も艦砲射撃に晒されているウナラスカ島の将兵には申し訳ないが、機動部隊が大被害を受ければ敵も撤退せざるを得なくなるはずだから、もう暫くの辛抱を乞い願う。


「距離、七〇」


「よし、魚雷発射始め!」


 号令一下、右舷より20射線もの九三式魚雷が放たれていく。

 発射が完了する間際には、さしもの敵も事態に勘付いたようだ。駆逐艦や軽巡洋艦の砲塔が旋回し、こちらを追従し始める。その先端が瞬くまで、さほど時間はかからなかった。


「敵艦、発砲」


「ははッ、遅い!」


 田中は剛毅な声を上げ、煙幕の展張と最大戦速とを命じた。

 近傍に次々と水柱が聳え立ち、『北上』もまた14センチ砲を撃ち返す中、少々の間を置いて面舵一杯。その意図するところは明々白々といったところだ。反航に持ち込んた後、左舷の魚雷発射管をもって更なる一撃を食らわせるのである。


「まさに一世一代の晴れ舞台。重雷装艦の実力、見せてくれる」





 被弾して炎を纏いつつも舵を切り、反航に臨んだ球磨型軽巡洋艦。

 それが雷撃戦を目論んでの運動であることを、パウナル少将が即座に見抜けぬはずもない。加えて敵艦が回頭を行う前に魚雷を発射しているかもしれないとの懸念に、当然ながら行き着いてもいた。故に第51任務部隊第1群はすぐさま回避行動へと移り、見張り員が目を皿のようにして雷跡を捜索していた。


 だが兵器性能に関する情報の不足は、かような努力を嘲笑わんばかりに大きかったとしか言えぬ。

 合衆国海軍の将兵達は総じて、相手をただの球磨型としてしか認識していなかった。更に航跡をほぼ残さず駛走する厄介な九三式魚雷に関して、その脅威を目の当たりにしたのがマダガスカル沖海戦であり、黄色人種に対する偏見までもが重なった結果、あろうことかイタリヤ製の新型と分類するあり様だった。故に彼等は甚大なる被害が発生する直前まで、海中を奔走する数十発もの魚雷に気付くことができなかったのである。


「何なのだ、これは! どうすればいいのだ!?」


 縋るものなど始めから何もなかったかの如く、パウナルは呻き声を漏らす。

 惨憺たる現実が目の前に広がっていた。航空母艦『モンテレー』が赤々と燃え盛りながら大傾斜し、軽巡洋艦『ヴィンセンス』は艦首部を半ば吹き飛ばされて海原につんのめる。左翼を守っていた駆逐艦の1隻に至っては、もはや洋上の漂流物と区別することが困難な状況だった。


「畜生、奴はどうした?」


「命中打は与えましたが、取り逃がしました。煙幕に飛び込んだ模様です」


「糞ッ、ただちに『ボストン』に追撃を命じろ。生かしておいてなるものか!」


「それより提督」


 参謀長の顔が酷く引き攣り、


「間もなく雷撃第二波が来ます」


 切迫し、泣き叫ぶようでもあった言葉に、パウナルもまた目を見開いて青褪める。

 敵艦は片舷だけで推定1ダース以上の魚雷を放ってきたのだ。その脅威が再び迫りつつある現実を噛み締めるや、生理的な恐怖が猛烈なまでに惹起される。事前に命じた回避運動が奏功すると信じる以外、できることなどあるはずもない。


 そしてその直後、あまりに暴力的な振動が走り、割れんばかりの轟音が耳を劈いた。

 艦尾方向から伝わってきたそれを認識するのとほぼ同時に、艦に乗り組む者達の身体が強かに壁面に叩きつけられる。しかも数秒後、再度の爆発が『イントレピッド』を襲撃した。こちらは実のところ信管の不具合のため、早発現象を起こしていはしたのだが、一撃目の魚雷だけでも十分に致命的だった。


「被害報告!」


 万力で締め上げられるような激痛に呻きながらも、パウナルは何とか状況を把握せんと努める。

 ただ部下の報告を待たずして、如何なる損害が齎されたかは体感的に理解することができていた。あからさまなまでに艦の速度が低下しつつあったのである。





「何、できんと言うのか? 新型零戦は25番爆弾を積めるはずだろう?」


「確かに物理学的には可能です。ですが訓練もなしにやっても当たらんと言っておるのです」


 航空母艦『天鷹』には先程から、剣呑な空気が漂い始めている。

 第七航空戦隊を預かる高谷少将と、飛行隊長となって戻ってきた博田少佐とが、零戦を用いた爆撃戦術に関して、しきりに火花を散らしまくっているからだ。しかも議論は堂々巡りである。チベットには回転させることで功徳の貯まるマニ車なる仏具があるが、こちらは巡るたびに憤懣が蓄積されるから、さしずめ逆さマニ車といったところだろうか。


 なお客観的に論ずるならば、現役のパイロットである博田に分があって当然である。

 だが相手は無理と無茶が大好きな高谷であり、しかも司令官だ。久々の艦隊勤務ということで張り切ってもいた。軍隊というものの指揮系統からして、彼がやれと言って聞かなかったら部下は実行に移さざるを得ないし、新たに赴任してきた何とかいう航空参謀は腹を下して寝込んでいる。


「敵空母機動部隊は明日にもこの辺にやってくるはずなのだ。ただ誘き寄せるだけでは絶対的に芸がない。少数機によるゲリラ殺法をもって、小型空母の1隻くらいは沈めておいた方がいいに決まっている」


「それが無理と言っておるんですよ」


「珊瑚海で駆逐艦を沈めただろう?」


「そりゃまぐれ当たりみたいなもんでしょう。それに空母機動部隊が相手なら、艦隊上空は戦闘機だらけです」


「爆弾を落としてから幾らでも空戦をやればいいだろうが」


「飛行機を操縦したこともないから言えるんですよ」


「黙れバクチ、俺だって操縦くらいやったことはある!」


 高谷が顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。

 それも一応の事実ではあった。とはいえ大尉だったか少佐だったかの頃に口論の末に大見栄を切り、練習機を勝手に拝借して離陸してしまったというのが事の顛末である。何故そんな真似をして無事降りられたのかは分からないし、どうして無免許操縦で海軍を追い出されなかったのかも不明だが、航空母艦の艦長となる上で役に立った――と当人は思い込んでいるから如何ともし難い。


 なお当時の上官はといえば、口をアングリと開けて何分間か硬直してしまったという。

 それから限りなく大きな溜息をつき、「あいつは飛行科ではないが、非行科では一番だ」と力なく漏らしたとか。


「とにかく成せば成る、成せば成るんだ。頑張れよ」


「いやいや戦果が望めんと先程から……」


 厄介な逆さマニ車が回転を停止させたのはその時だった。

 通信科が不可解な電波輻射を捉えた直後、単艦での先鋒任務を務めていた重雷装艦『北上』より入電があったとのこと。しかも彼女は何たる因果か米機動部隊に遭遇し、至近距離からの集中雷撃に成功したというから驚きだ。


 そしてその結果たるや凄まじい。

 艦隊型航空母艦2隻に至近距離から魚雷を叩き込み、小型のそれを見事に轟沈、エセックス級と見られる大型艦の航行能力を喪失せしめたという。更には護衛艦艇複数を海の藻屑にしたとか。本来ならば何波もの攻撃隊によって達成されるくらいの戦果を、単一の軍艦が成し遂げてしまった訳である。

 純粋なる称賛から多少というか多分に嫉妬を含んだそれまで、『天鷹』艦内に大変なる騒動が巻き起こった。


「こうなりゃ我々も負けておれん」


 高谷は思い切り握り拳を振り上げ、


「バクチ、今すぐ攻撃隊を発進させられるか?」


「少将、自分も今すぐ駆け出したいところですが……あと20分で日が暮れます。距離もちと遠いですし、自分とあと数人以外は夜間飛行に慣れておりません。敵大型空母は深手を負ってまともに動けんようですから、ここはグッと堪え、明朝に賭けるべきかと」


「なるほど……よし、分かった。黎明に攻撃隊発進だ。明日は必ず、あやつめに止めを刺してこい」


「合点承知の助!」


 先程までの大衝突は何処へやら、博田もまたやる気満々である。

 とにかく夜明けが待ち遠しい。大盤振る舞いされた天麩羅を搭乗員揃って食い散らかし、ついでに敵機動部隊も平らげるぞと威勢を上げまくる。


 そうして翌日。『天鷹』航空隊、久方ぶりの発艦だ。

 まず索敵と誘導を兼ねた彗星が大急ぎで空へと舞い上がっていった。それから25番爆弾を取り付けた零戦が次々と飛行甲板へと持ち上げられ、轟々と金星エンジンを唸らせていく。


「だが……何でこうなるんだ!?」


 勇ましき音響を耳にしつつ、博田は大層悔しげなる声を漏らした。

 何のことはない、例によって夕餉にはスピンドル油で揚げた天麩羅が混入していて、見事それに当たってしまったのである。

次回は4月27日 18時頃に更新の予定です。


重雷装艦の実力が奇跡的に発揮されてしまいました。

敵機動部隊が大打撃を受け、俄然有利になった状況ですが、『天鷹』航空隊は実力を発揮できるのでしょうか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 調理班を全員営倉入りにしろ!
[一言] 烹炊科の奴ら頭おかしいってなんでこんな奴が空母に乗れてるのw クビにしたれ それにしても北上酸素魚雷40本は喰らいたく無いな炸薬マシマシ痕跡見えないからな
[良い点] \\\\٩(≧Д≦)و////うおおおおおおお!北上様ああああぁぁぁ!! [一言] ここまでの活躍度はどうあれ、これでこの世界線のあのゲームでも雷巡のバカ火力が決定しましたね!(なんなら運…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ