大騒動! 伊豆温泉図演合宿④
記念すべき第100話です。
伊豆:温泉街
「いやはや、まさかこうも無茶苦茶な使い道を思いつくとはな」
休暇という名目の私的研究会。そこで導出された演習結果に、航空主兵論者達は頭を抱えざるを得ない。
大西中将や源田大佐といえば、戦艦大和はピラミッドや万里の長城と並ぶ無用の長物であるとか、鋳潰して鋼材にした方がためになるとか、誰を相手にも憚りなく公言する連中に他ならぬ。彼等がまったく難しい顔をして、少しばかり浅慮であったかもしれぬと言い出すのだから、なかなか効果も抜群だったようである。
もっとも戦艦には戦艦をぶつけねばならぬ道理などないと、これまた妙に頑張ったりするものだ。
近く開隊予定の夜間雷撃機部隊をこの局面に投じるべきであるとか、癪ではあるが陸軍に頼み込んで要塞砲を据えてもらったらいいとか、代替策をあれこれ考えたりする。いっそのこと旧式の『扶桑』、『山城』を始めから港に置いておき、島嶼要塞の一部にしてしまってはどうかという、なかなかぶっ飛んだ発想までひり出される始末であった。古今東西を問わず、信奉する主義主張に疑問が呈されると、誰であれこうなりがちなのかもしれない。
ただそうした議論を行う根本的理由は、やはりマリアナ諸島の死活性が故である。
太平洋における連合国軍の反攻経路は、豪州からニューギニア、フィリピンへと至るものと、中部太平洋の島々を飛び石的に進んでいくものの2つが考えられているが――各方面より伝わってくる戦略情報を総合するに、前者が従、後者が主と決定されたらしい。米英は未だアルジェリアを突破できずにいる状況だったが、欧州第二戦線の構築をスターリンに約束してしまったというから、地上兵力の制約が故にそうならざるを得ないのだ。
それにB-29と称される新型の成層圏爆撃機は、推定1500海里の作戦行動半径を有するという。米軍は当然、この機体による日本本土爆撃を考えるであろうし、蒋介石の戦意が潰えた今、その拠点はマリアナ諸島以外あり得ないのである。
「まあ何にせよ、後は敵を撃滅するだけ。ならば今度こそ叩き潰しちゃる」
顔を真っ赤にした高谷少将は、極まりなく軽佻浮薄な具合に壮語する。
演習の講評が終わるや否や、旨そうな酒と肴が振る舞われた訳ではあるが、例によってこんな調子だ。
「うちの戦隊はどの役回りか分からんが、今度こそ敵空母撃沈だ」
「チンピラゴロツキの集団墓地ですな、はっはっは」
打井少佐もまったく意気軒高で、
「それに米軍はモンタナ級とかいう5万8000トンもの大戦艦を造っておるとか。仮に航空決戦で勝負がつかなければ、また『大和』や『武蔵』の出番ってなる訳です」
「ダツオな、何でお前はそんな大艦巨砲主義なんだ?」
「やっぱり浪漫があるじゃないですか」
「浪漫は大事だがそれだけじゃ戦にならんだろ」
「分かっておりますよ。とはいえ航空決戦で勝負がつかんというのも、もしかしたら考えねばならんかもしれんのです。このところ横空で邀撃管制の試験をしとるんですが……」
打井は完璧に泥酔しながらも目をギラつかせ、普段の業務についてあれこれ喋る。
真珠湾奇襲やマレー沖海戦のように、航空機の跳梁跋扈に戦艦はなす術もないかのようではあるが、これは技術的奇襲の結果かもしれぬと言う。つまるところ邀撃管制の効率化や高射装置の改善、有眼砲弾や怪力線兵器の実用化によって、前提がひっくり返る可能性もあり得るということだ。単に喧しいだけでなくなりつつある彼の主張に、元上司にして高角砲弾起爆装置の発明者である高谷だけでなく、大西や源田まで耳を傾けてくる。
とはいえ所詮、酔った勢いにまかせた放言の類。
モンタナ級戦艦の建造に合わせ、パナマ運河に新閘門が造られ始めたという話題に移っていった。その建設作業を妨害できれば、米海軍戦力は一気に半減する訳でもあるから、何とか策を講じたいという願望が投げ込まれる。それに対して一部で今甘寧などと言われている高谷などは、英軍がやったような仮装巡洋艦で閉塞か斬り込み戦でもやったらどうだと、これまた無茶苦茶なことを言い出すのだ。
「ああ、まさしくその仮装って語で、昔のことを思い出しちまった」
「少将、何かあったので?」
「いやなダツオ、俺が中学校に通っておった頃、修学旅行に他所の学生を潜り込ませて大目玉を食らった奴がいたんだよ」
「ええと、大目玉を食らったのは少将ではなくて?」
「ダツオ、何度も言っておる通り、俺は喧嘩は大好きだ。だがカネの絡む馬鹿と、女泣かせなことはせん!」
高谷は厳つい形相をして断じる。
ただそれが切っ掛けで、自分も仮装をしてみたくなったなどと言い出した。しかも酒が入っているものだから歯止めが利くはずもない。同じく浮かれ調子な打井ともども、従兵の軍服を強奪して下士官に化けたりする始末。
「ダツオ二等兵曹、なかなかキマッておるな」
「高谷一等兵曹こそお似合いで」
そんな具合に突っ込み合い、剛毅な笑い声を響かせる。
完璧にキマッっているのは当然、彼等の脳味噌である。しかも予想の斜め上をいく思考の結果、大日本帝国海軍の屋台骨たる下士官の元気溌剌たる姿を見せることも重要との結論に行き着き、何故か伊豆の山中を着剣して走り込むことになった。そうして兵曹達を御座敷に無理矢理据えた後、敬礼して本当に駆け出してしまう。
「あいつら、頭に何が詰まってるんだ……」
心底呆れ顔の大西は、途方もなく大きな溜息をついた。
続けて"少将"と"少佐"になってしまい、畏まって困惑する他ない者どもに、滅多にない機会だからまあ楽しめと言っておく。面倒ごとを起こさねばよいがと彼は思った。だがこれが予想だにしなかった珍事を引き寄せてしまうのだから、世の中とは分からぬものである。
伊豆:山中
「一航戦が何ぼのもんじゃい! 何時も心に食中毒!」
「大本営が何ぼのもんじゃい! どうせ報道しやしない!」
寺門という兵隊が作詞作曲した出鱈目な歌を高吟しつつ、"下士官"達は真っ暗な山道を走り回る。
結構な高低差があるにもかかわらず、アルコールが回っているにもかかわらず、まったく意に介さぬとばかりである。鈴の音を鳴らしながら懐中電灯をブンブンと振り回し、狂人が如き調子でバカ笑いする彼等の前には、妖怪や亡霊の類すら現れなさそうだ。
無論、今は1月も終わりの時期。道のあちこちに氷や踏み固められた雪が点在している。
それらに足を取られて滑落でもしたら、世間と聯合艦隊は幾分静かになるかもしれないが――残念ながら"高谷一等兵曹"にしても"打井二等兵曹"にしても、筋力と悪運だけは人一倍強い。何度かヒヤリとすることはあっても、その度に踏ん張って事なきを得る。神仏の加護などありそうにもないから、悪鬼羅刹の類にでも好かれているのかもしれない。
ただそんな中、年齢が故か先行していた打井がハタと駆け足を止めた。後続していた高谷がぶつかりそうになる。
「おいダツオ、出し抜けに……」
「少将、静かに願います」
急に真剣なる声色である。
相変わらず頭は酔っ払っていたが、ただならぬ事態に遭遇したらしいと理解する。クマでもいたのだろうか?
「して、いったい何事だ?」
「先程8人ほどの、怪しからぬ連中をこの眼で発見しました」
打井がそう言って真っ暗闇の一方向を指差した。
何も見えんと高谷が首を傾げると、自分は戦闘機乗りで視力2.0、夜目だって利くと頑張り出す。それを頼りに捜索し、何とか目を凝らしてみると、確かに何やら不審なる連中がいるようだと分かった。
「顔立ちが全員毛唐のものですし、この辺りの山道を歩くにしては妙にでかいザックを背負っておりましたから、鬼畜米英が送り込んだチンピラゴロツキ工作員集団の可能性があります」
「おいおい、ここは内地だぞ。そんなものがいるものか」
「少将、総力戦にあっては油断は禁物です」
「行楽中のドイツ人か何かじゃないかね」
「分かりませんぞ。妙にコソコソしておりますし、行楽客なら午後11時過ぎに山道をうろつかんでしょう」
腕時計の蛍光する長短の針を一瞥した打井は、先程までの自分達の行動を棚に上げた。
「加えて昨年の米本土空襲作戦では、潜水艦から出撃した特別陸戦隊が飛行艇の誘導任務を行ったと聞いております。あまり数は多くありませんが、日本近海にも敵潜水艦が出没しておるようですし、連中が同じ手を使ってこないとは限りません」
「ふゥむ、なるほど……」
酔った頭を幾らか澄ませ、謎の一団の方へと視線をやり、少しばかり考えてみる。
敵が潜水艦を使って工作員を上陸させてくるとしたら、横須賀のある三浦半島とかにならないだろうか? とはいえ要塞地帯ともなれば、その分だけ警備も厳しくなるものだから、もしかすると伊豆半島から侵入する方がよいとかいう事情もあるのかもしれぬ。それに打井の言う通りとすると大変に拙いことにもなりそうだ。
「よし、俺が見てきてやろう」
高谷は無鉄砲にも意を決する。
「ダツオ、お前は遠巻きに見張っておれ。拙い連中だったら合図をするから、加勢に来るなり増援を呼びに走るなりしろ」
「背を見せたくないですんで、何があっても加勢に行くと思いますが」
「まあその辺は臨機応変で頼む。さて、行ってくるとするぞ」
提げたる三日月刀をギュッと握り、高谷はえらく堂々と進んでいく。
次回は4月4日 18時頃に更新の予定です。
口八丁のバンカラ戦法によってマリアナ諸島の防衛構想が加速していきます。
従兵と服を交換して下士官に化けるという話は、当時の手記などを見るとたまにありますが、高谷少将などがやるとこんな具合です。ところで「放送コードがなんぼのもんじゃい」は間違いなく名曲ですが、もう古いのでしょうか?




