TheLastDay
2062年4月13日 所 森 時午前0時過ぎ
「もう行くのかい?」
そう投げかけるのは雁金さん。真っ暗な夜空の下雁金さんがそうつぶやく。
「はい、もう今日の5時頃には家を出る予定ですから」
そう返すと雁金さんは少しだけ寂しそうな表情を表に出す。それはもちろんこっちも同じだ。出会ってからたった5日ほどしかたっていないとしても、もっと長く、貴重すぎる時間を貰ったのだから別れが惜しく無い訳が無い。
そんな意識しなければいつでも泣けてしまいそうな、そんな気持ちを紛らわすため、話を切り替える。
「そういう師匠はこれからどうするんですか?さすがにこのままココに住み続けることは出来ないですよね…………………?」
無理に決まっている。どこからどこまでがそうなのかは知らないが、少なくともこの山の3分の2は焼き尽くされ見渡す限り非常に開放的な空間になってしまっているのだから。
「さて、どうするかね………」
雁金さんは地べたに寝転び星を見上げながらそういう。
「考えてなかったんですか!?」
雁金さんの発言に驚きを覚えながらも、椋は一緒になって雁金さんの横に寝転がる。
「仕方ねぇだろ!アイツが今日襲撃してくるなんてことアタイは一切知らなかったんだ!準備なんて出きっかよ!」
「まったく…………」
「呆れられた!!一番呆れられたくない奴に呆れられた!!」
「師匠……それかなり失礼ですよ?」
「プッ」と二人が同時に吹き出し、何もない空間に笑いが生まれる。
「まぁどうにでもなるさ。言っとくけどアタイ結構コネ持ってるんだぞ?」
「コネ?なんでまた?」
「そりゃ500年生きてりゃコネの一つや二つ簡単にできらァ」
「た………例えば………?」
「そうさねぇ………お!アンタの行く学校の校長とはなげぇ付き合いだぞ!!」
「そうなんですか!!」
なんだかんだ言いながら結構すごい人なんだということがだんだんわかってくる。
「そういつに頼んでお前の成績をオール1にしてやろう!!」
「やめてください!!職権乱用ダメ!絶対!!」
「冗談だよ!!」
不意に雁金さんが笑顔を下げる。
「ありがとな…」
「なんですかしおらしくなって」
「こんなんでも本気で感謝してんだ、ちゃんと聞け!」
「聞きません!!」
そう言って椋は起き上がると、雁金さんから少しだけ距離を取り、空を見上げながら言う。
「これからなんですよ!これは始まりです!なんってたって師弟ですよ?師弟関係を結んだんですからこれからもいろいろ面倒かけますよ!」
頭に浮かんできた言葉をそのまま言葉にするため、文脈もへったくれもない単語の集まりになってしまう。それでも伝えたかった。
「あ……ああ、そうだな……自信持っていうことじゃねぇとは思うけどな……」
笑う雁金さん。しかし次第に声のボリュームが落ちていく。
「もし学校でトラブルでも起きたら救援要請でもするかもしれないし、他の弟子候補も紹介するかもしれない…………………ほかにももう、とりあえずいろいろ面倒かけるんです!」
自分で何を言っているのかだんだんわからなくなってくる。思考がごちゃごちゃしていく。
「そうだな……………」
そんな言葉をすべて理解し受け入れるように雁金さんは静かにつぶやく。
「だから………!!こんな時に………ありがとうなんて言わないでください……………これが最後みたいじゃないですか………」
今は後ろを振り向けない。あの時の雁金さんと同じだ。自分は今とんでもなくみっともない顔をしていることだろう。
壁が壊れたダムのように溜め込んでいた涙が止まることなく溢れ続ける。
そんな椋の背中に突然物理的な衝撃が走る。
「泣いてんじゃねぇよ!!それこそこれが最後みてぇじゃねぇか!!」
振り返るまでもなく、雁金さんの攻撃だということがわかる。鼻をすする小さな音、若干震えている声からして、彼女も泣いているのだろう。
倒れたカラダを起こし、衝撃の源に振り向くと、案の定彼女は頬に大粒の涙を垂らしている。
「そっぢも泣いでるじゃないですがぁ!!」
「るせぇ!泣いてねぇし!」
「何意地張っでるんですか…………………」
泣きじゃくるおたがいの顔を見て笑う二人。それは師弟というよりは仲間、友達と言ったほうが正しいのではないかと思うほどのそんな笑顔で、ふたりは泣き、笑い続けた。
○~○~○~○
同日 所 自室
部屋の風景はどう見ても異様だろう。部屋の中には若草色の門が構造という概念を無視して堂々と構えている。
どうせこの時間では電車ももう走っていないだろうということから、最後は雁金さんの計らいで『隠者の隠れ家』を使い自宅まで送ってもらったのだ。
「最後は『じゃあな』じゃなくて『またな』でお願いしますよ?また泣いちゃいそうですから!」
まだ若干の寂しさを感じる。
会えなくなるわけではないとわかっているのに。
「おう!またな!」
「はい!また今度!!」
そう言って頭を下げる。
後味がいいように、未練が残らないように、簡潔な言葉でまとめた別れの言葉には実に多くの思いがこもっていた。お互いそれをしっかりと受け止め、伝えられない気持ちもしっかりと伝わったであろうと確信する。
雁金さんはそれ以上一言も言葉を発することはなく、椋に背中を向けると、若草色の扉に向かいゆっくりと歩いていく。右手でゆっくりと手を振っている雁金さん。門が完全に締まる直前にほんの少しの隙間から見えた雁金さんの笑顔をいつまでも忘れることはないだろう。
若草の光が霧散し、部屋の中から徐々に消滅していく。
儚く消えていく蛍の光にも似た結晶光は椋に大切な経験を、永遠の思い出をくれたのだった。
番外編~隠者の信託~ 完




