seventhDay 8
椋が拳で支えている完全に意識の飛んだソレイユを一度上に投げ、地面に向かい蹴り飛ばすことによって足の光輪の効果を発動させる目的地を地面に設定することで椋は上空から無事に着地することに成功した。
地面に突っ伏せ動かなくなった赤髪の魔女。下手に防御姿勢をとった右腕は不自然な方向に曲がりブラブラとしている。
どういう人間ならこんな状態でも意識を回復させることができるのだろうか?
ソレイユはうめき声のような声で椋に尋ねる。
「……い………いったいどうやって……アレを…」
「誰が教えるか!!」
吐き捨てるようにソレイユにそんな言葉を投げる。先程まで丁寧に話していたのが嘘のように汚い言葉を投げるが、現状を見てそうしない奴は異常だろう。
実際はこうだ。
『隠者の信託』によって受け取った能力、『愚者の道程』はこれまで《愚者》が《愚者達》から自らの力の断片を回収する際に付いてきたその《愚者達》の力を解析し、その《愚者達》が持つ能力を『愚かな捕食者』を通して自分の力として使うことができる能力。
簡単に言えば正の《悪魔》《隠者》の能力を呼び出し使用する力だ。『愚かな捕食者』と変わる部分は結晶光をその場で回収せずともいつでも呼び出せるということ。とどのつまり自分の力にしたのと同じなのだ。
さっきの炎の壁は『隠者の隠れ家』を使い緊急避難し事なきを得たというわけだ。そのまま現出先をソレイユの上空にできるという素晴らしい特典付きだったわけであんな状況を作り上げることができたのだ。
そもそも『隠者の隠れ家』は『光輪の加護』の脚側の能力に似ている。目的地を指定することでそこに出口を作るのだから、AからBに移動するという点では変わらない。ただこの能力はAからCでも、AからZでも、好きなだけ出口を指定できる。故にあんな荒業ができたのだ。
「『愚者の道程』!」
溢れ出した光は椋の左目に集約すると、再び淡い緑色に変わり、椋の目の色を変える。
「対象正の《隠者》能力『隠者の先導』!!」
見つめた相手を強制的に自らの心内空間に連れ込むことができる能力。先程雁金さんから教わったばかりの力だ。
「……………な……………に…を………」
動けなくなったソレイユの右目を無理やりこじ開け、若草色の目で彼女を目を合わせる。
景色が一気に真っ黒に変わる。
自分の心内空間をしっかりと認識したのは愚者との邂逅時を除きこれが初めてだ。
正の《隠者》の心内空間と変わらず無機質で無重力。今にも方向感覚を失ってしまいそうなのに何故か落ち着く空間。そんな中に自ら招き入れた異物がいた。
「ココは…………………」
あくまで精神の世界、現実の怪我が反映される訳もなく、ソレイユは完全な姿でこちらにいる。そんな不安そうな表情を浮かべるソレイユに対し椋は静かにニヤっと笑った。
「ソレイユさん。アナタも知っているとおりココは心内空間。僕の世界です」
「何を…………………」
明らかに動揺するソレイユ。さすが雁金さんの隠し球なだけはある。
「ここではイメージが全て。僕が支配する世界で僕の行うイメージは神の意向に近い」
できる限り演技っぽさを出さないように、出たいと思ったら簡単に出られるという能力の欠点を潰す。
「だから何なんだよ!!」
「あなたは永遠にこの空間から出ることはできません」
告げる。
人生の終了を意味するこの言葉を。
いや、もちろん嘘っぱちなのだが。とにかく彼女の頭に、この空間からは出られないというイメージを作り上げなければならない。
「そんな………ふざけんなよ……意味わかんねぇ……」
あくまでこの空間に連れてきたのはソレイユだけ、負の《太陽》、たしかゾンネといったか?彼はまだ現実世界の精神の抜け落ちたソレイユの体の中にとどまっているだろう。
「今からあなたの不老不死を奪います」
「何を………なんで……理解できない……なんで無関係のお前がァ!!」
「無関係じゃない!!」
言い切る。できるだけ感情を抑えていたつもりではあったがやはり限度というものがある。
冷静に一度深呼吸の真似事をし、気持ちを落ち着かせてから、先の怒号でひるんだソレイユに告る。
「今さっきあなたは師匠から『時』の欠片を回収した。それはあなた自身の老いを戻すためのもの。つまりは時を巻き戻すためのものだ」
「何が言いたい…………………」
「こういうことですよ」
フールが用意してくれた台本通りに物事が進む。
「『愚者の道程』、対象正の《悪魔》、能力『理解不能の蛇槌』」
ゆっくりかつ力強くそう発すると、椋の手元にもう二度と目にしたくなかったアレが現れる。
柄頭には1匹の尾を飲み込む黒蛇の装飾、赤褐色の柄には大きな黒蛇が柄頭に向かい巻き付いている。後部にはかなり鋭利な一枚の刃が装着された戦鎚。
正の《悪魔》出丘が使った本当に理解不能な戦槌。この槌を使い行う行動はすべてがあべこべになる。スーパー天の邪鬼だ。
「正の《悪魔》……それにさっきは《隠者》の門まで使ってやがったし……お前一体何者なんだよぉ……」
「そんなことどうでもいいじゃないですか。僕はただの馬鹿で愚かな中……いや、もうすぐ高校生か………」
「そんなこと………か…………」
椋は手に握った蛇槌の柄に巻きついている蛇を掴むと、剣をさやから抜くようにそれを引っこ抜いた。
そう、出丘戦の終盤に椋を苦しめた神経の信号さえもあべこべにしてしまう毒霧に変わるというあの黒蛇を。
「これにはどんなものも正反対にするという力がある。あなたの精神に還元された師匠の時の欠片。時間を戻す力のあるそれを反対にするとどうなると思いますか?」
ニヤっとさらに嫌な笑みを浮かべながらソレイユに問う。
「進む…………のかい………?」
ガクガクと恐怖に身を揺らすソレイユ。その恐れかたはあまりに異常ではないかとも思うのだが、女、ましては不老不死で永遠に美しい人間の気持ちなんて毛頭理解できない。
これは正直賭けの要素が強い。
それまでにどれだけソレイユを揺さぶれるかで変わったんだと思うが、これ以上引っ張ることもできないだろう。
「その通り。これまであなたが還元してきたすべての時の欠片は過去から未来に進み出す」
「嫌だ…………」
「この蛇を潰し出た霧を吸い込むことであなたの全てが終わる」
「嫌だ……………」
「師匠の時の欠片が進みだすのに反応し、これまで還元した他の人間の時の欠片にもその影響は拡散する」
「嫌だ………………」
「僕があなたを元の空間に戻せば精神と肉体の調和が崩れたあなたは死ぬ」
「嫌だ…………………」
「これが人の時間を………人生を弄んだ人間の末路だ!!」
「嫌だあぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
ソレイユが必死に椋との距離を取ろうともがくが、ココは言ってしまえば椋の領域。ひとたび念じれば空間でひとりの人間を縛ることなど実にたやすいことだ。
こんなことやっている自分に嫌気がさしてしまいそうだが、最後までやり通さねば雁金さんの希望にはなりえない。
「いやぁ!!いやいやいやぁ!!!嫌だァくるなぁ!!」
もがけばもがくほど黒の空間に押しつぶされるということに気がつかないのだろうか、今にも泡吹いて失神しそうな形相で視線も安定していない。もう精神崩壊ギリギリまで来ているのだろう。こんな拷問にも満たない『精神攻撃擬き』で簡単にそうなってしまうあたり豆腐メンタルなのだろうか。
椋は引き抜いた蛇槌を捨て、蛇だけを右手に取ると、それをだんだんとソレイユの顔面に近づける。
「やめろォ!やめろよぉぉぉぉぉぉおお!やめ……………」
ついに本当に泡を吹き白目を向いてしまったソレイユ。自分が老いていくのが見えない分まだましだろう。
椋は静かに蛇を握りつぶした。




