seventhDay 5
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「あなたが負の《太陽》…………ソレイユだったんですね………」
椋は特別な驚きを覚えることもなくゆっくりと身体を起こすソレイユを見る。
驚かなかったのにはもちろん理由がある。正の《隠者》ハーミットから事前に大まかな情報を得ていたからだ。風貌や能力もそう。大体のことは修行中に説明してもらった。もちろん改めて過去の映像を見たとき、つい先日ショッピングモールでぶつかった女性が正にその人だと知った時はどうしようもないくらいに驚いてしまったが、《愚者》曰くいくつかの《愚者達》は自らの存在を他の《愚者達》に認知できないようにする能力を持っているとのことなので、一概にあの時負の《太陽》を認知できなかった《愚者》を責めることなど出来る訳もなく、然と現実を受け止めたのだ。
「いてぇなぁボウズ………コレで2度目の衝突だぞコラ…………」
「そうですね……………出来たらこれ以上ぶつかりたくないもんです……」
ピリピリと伝わってくるソレイユの怒り。
後方ではボロボロになった雁金さんが《隠者》の先導を受け避難を開始している。とてもじゃないが戦える状況でないことぐらいは椋にでもわかる。
不意にソレイユの肩口で小さな黒炎がうずまき、そこに小人が現れる。今思うとフール以外の《愚者達》は憑代の召喚系能力を経由しなくともこっち側に現れることができている。これも《愚者》の欠点なのだろうか?
ソレイユにつく《愚者達》、つまりは負の《太陽》だろう。結構距離が空いているのではっきりとした見た目はわからないが、小人はふてぶてしく呟いた。
「ほんとに他の《エレメント》が介入してきちゃったよ。しかもそれがよりによって《愚者》とはね!!」
「ゾンネ!これはアタシに売られた喧嘩だ!手ェだすんじゃないよ!!」
「はいはい。面倒なのは早いうちに潰しとくのが得策だよ!!じゃ頑張ってね!!」
何のために出てきたのか、小人は気味の悪い笑い声を発しながら再び黒炎の渦になり消えていった。聞こえるか聞こえないかぎりぎりの距離だったので何を言っていたのかはいまいちわからないが、とりあえずやることは変わらないだろう。
「ソレイユさん…正直この話を貰ったとき気が向かなかったんです……。見知らぬ人がどうとかそういうことは関係なく……実感がわかなかったから……。でも現状を見て決めました……全力で戦わせてもらいます…………………!!」
宣言とともに椋は左足の光輪を消費させソレイユに向かい3度目の突撃を敢行した。
一瞬にしてソレイユとの距離を詰めた椋は右拳を構え、再び先ほど攻撃したところ、右脇腹に向かい拳を放つ。重ね打ちを繰り返したら行動不能にできるのではないかと考えたからだ。初撃は感触的にかなり深く入ったはずだ。それなのに軽々と起き上がってくる時点ですでにソレイユという人間はおかしいのだが、今ダメージが回復する前に次激を加えたい。
振り切った拳は虚しくも空を裂き後ろにあった大木をへし折ると右拳の光輪が再び霧散し2つになる。残りの弾数は左右合わせて6。決して自由に攻撃できる量ではない。
吹き荒れる烈風と《隠者》から聞いた情報を統合すると間違いなく上だ。
「3度目があると思うなよボウズ!!」
上空から聞こえる声に反応し上を見やると、すぐ眼前には巨大な黒炎弾が迫っている。しかし恐れることはない。
椋は右足で黒炎弾越しにソレイユに向かって突撃する。
『光輪の加護』、足側の基本能力は移動能力拡張。目指できる範囲で目的地を設定さえすれば、そこまでの障害物を一切無視し透過することのできるというもの。臆して能力を空費し横に逃げるよりも真っ直ぐソレイユに向かったほうが賢明だ。
右足でしっかりと地面を蹴り、禍々しい火球を通り抜けるとソレイユを捉え、能力は使わず左拳を使い裏拳で右脇腹を撃とうと構える。
「生憎………空中じゃアタシは無敵でね!!」
突如椋の体が右に大きく飛ばされる。《隠者》に聞いていた気流操作というやつだろうか?急流な川に流されるように自然とソレイユとの距離が開く。ハーミットさんから注意はされていたのだが、確かに厄介だ。これでは滞空中のソレイユに一切の攻撃ができない。
手近に歩きに背中を勢いよくぶつけられ、落下しそうになるが、どうにか枝をつかみそれを回避する。
「ッ!!!!」
急いでソレイユの方を見やるとそれはまさに地獄といってもいいような光景だった。
ソレイユはさらに上に登り黒紫の炎を大量に放つ。信じられない量の火炎弾は弾幕を作り椋に向かい降り注ぐ。
「弾幕ゲーは慣れてるんだ!!」
一つ一つの動きを冷静に観察し、数少ない隙間を探し縫うようにそこに移動する。雁金さんとの修行で習得した観察能力とでも言っておこうか。
これまでの修行すべてが能力の向上のためであり、なおかつ対ソレイユのための対策であることを今理解できたのだった。
「や………やるねぇボウズ…………」
明らかにソレイユに動揺が見える。確かにあんな動きはつい先日までの椋にはできなかったことだ。この貴重な雁金さんと過ごした時間が椋を大きく成長させ、さらにこの先頭でも椋は大きく成長している。
「グゥっ……………!!」
ソレイユから漏れる声。吹き荒れる烈風に目を細めながらも上空のソレイユを見やると右脇腹を抑えているのがわかる。さすがに怪物と言えど一撃で地を穿ち大木をへし折るような攻撃が効かなかったわけではないのだろう。確実に弱点になりうる。
「椋!!」
ふと後ろから聞こえた声に思わず振り返る。
大きな木の枝を杖のようにし、それに体を預けている雁金さん。いつもと違い大きな帽子は取れ隠していたのだろう酷い傷跡が残る顔の左半分はオープンになっている。そんな雁金さんが隠していた左目をゆっくりと光る。不思議と淡い緑色で光る眼。そんな力強い目で睨みつけられると同時に不意に空間が黒一色に変わる。
「心内…………………空間……………?」
この重力のない、方向感覚すらつかめない空間は間違いなく心内空間だ。
「そうだ。アタイの能力『隠者の先導』、この左目で見つめた相手を強制的にアタイの心内空間に連れ込む能力だ」
「そんな力有るもんなんですね……………」
「お前が言うかよ規格外…………………」
いつものように呆れ顔で笑う雁金さん。これを見て少しだけ安心することができた。
「で、体の方は大丈夫なんですか?」
「まぁなんとかな……。そんなことはどうでもいい!!今からアンタの新しい力を解放する。向こうで《愚者》のヤツに『愚かな捕食者』を開放してもらえばいつでも使えるようになるはずだ」
「はい!!」
「行くぞ?」
左手をふっと斜め前の椋の頭にかざす雁金さん。二人の立った50センチほどしかない距離のあいだでも結構きつそうだが、ここでしゃがんだりでもしたら雁金さんに回転蹴りでももらってしまいそうなので、姿勢はそのままにする。
彼女からだんだんと若草の光が溢れ用としている。そんな中、猛る光を解放するように雁金さんが両目を見開き叫んだ。
「『隠者の信託』!!」




