seventhDay 3
その姿は悪魔と言っても過言ではないだろう。
背中には黒い煙でできた巨大な羽のようなものが出来ていて、その根元には黒炎が禍々しく渦状を形成している。彼女は自分の双肩に黒炎の噴出口を作り、それを推進装置として使用しているのだ。
そもそも言ってしまえばこれは翼ではなく、負の《太陽》の能力により供給される燃料が不完全燃焼を起こしていることにより発生する煙であって、それ自身が翼の形をしているからといって決して飛行に関係しているわけではない。ただ偶然炎の渦から放出される煙が翼のような形をとっただけであっていわば飾りのようなものらしい。
そもそも、ソレイユの、いや、負の《太陽》の基本的な能力は大きく分けて二つだ。
一つは発火能力。要するにはパイロキネシス。炎の発生から遠隔操作、火力調整もこの能力らしい。
もう一つが燃料供給。自身の能力で燃やしたものを燃料に変換することができる能力で燃料の貯蔵と放出ができる。最も面倒であり厄介である。
一つ目はありふれていると言っても過言ではない。問題は二つ目、これは戦闘が長引けば長引くほどに相手にとって有利な状況にされやすいのだ。いわば永久機関。燃やす限り燃料は増え、燃料を消費しさらに燃やす。その土地を炭にするまでは永遠に止まることのない連鎖なのだ。
これまでの戦闘で大まかに理解している能力はこれだ。
そしてなによりソレイユは空中では誰も手が届かないほどに強い。
不意に悠乃が乗っていた枝が大きく揺れる。ソレイユが気流を操作し足場をぐらつかせているのだ。
黒翼をたなびかせ猛烈なスピードで近づいてくるソレイユ。避けるために飛んでしまえば彼女の得意な空中戦に持って行かれてしまう。そのため非難するならばしたに逃げるしかない。
揺れる枝から滑り落ちるように、黒炎揺らめく地面に落下する悠乃。黒翼の魔女はそれをわかっていたかのように空中で大きく旋回すると、悠乃の真上に立つと大きく息を吸い込むみ、まるで龍のブレス攻撃のように、口から巨大な黒炎球を放出する。
「ッ!!」
黒炎で荒れる大地を駆け巨大な火球を避ける。高高度から放たれた火球は大きく地面を揺るがせそして抉る。
ソレイユの登場からどれくらいの時間が経ったのかはわからないが、既にここら一体は地獄と化していた。
「能力の展開もせずいつまで逃げるつもりだい?」
「生憎アンタみたいなやつに使うほど安っぽい能力は持ち合わせてねぇんだよ!!」
挑発返しといったところか。実のところ一番の得意技といってもいい『隠者の隠れ家』には今椋が収納されている。こんな時に現出させては現在心内空間で必死に修行をしている彼の身体を危険に晒してしまう。故にそれが発動できない。
そして『隠者の隠れ家』は悠乃にとっての戦術の軸になる技。その他の能力も使えないことはないのだが正直に言うとしてようがしてなかろうがさして変化はないといってもいい。攻撃技は『隠者の隠れ家』がなければ浮遊しているソレイユに届かないだろう。そもそも、所持している現出系の攻撃能力『隠匿匣の秘杖』、『隠匿匣の弓箭』の二つ。それ以外存在しないわけではないが実践で役に立つわけでもないので二つと言い切ってしまってもいいだろう。
前者がメイン。機構だらけの近接武器だ。しかしこれは『隠者の隠れ家』との連携が基本、これ単体では上空にいるソレイユに攻撃が届かない。
後者はサブ。機構だらけの遠距離武器だ。これは論外だ。ソレイユ戦では常に吹き荒れる熱風のせいでこれまで一度も活躍したことがない。一撃がとてつもなくデカイ代わりに命中精度が異常なほどに低い。初めてソレイユ線で使用したときはソレイユに気流を操作されそのままこっちに跳ね返され負けてしまったことすらあった。
現状役に立たない武器が二つ。わざわざ現出させ荷物を増やすよりはしまっておいたほうがいい。
「言ってくれるねぇ《隠者》ちゃん!!なら無理やり使わせるまでさ!!」
「やってみろ!!」
身を隠すための能力『隠匿のの衣』なる特殊系能力もあるのだが、これもソレイユ戦では役に立たない。奴は超音波の反響で物の位置を探るレーダーのように、気流操作で敵の大まかな位置を図ることができるからだ。これはいわばフェイクにしか使えない。
必死に思考を回し打開策を探るが、やはり『隠者の隠れ家』がない限り出る案も出ない。
何が言いたいかというと、なすすべなし、時間まで逃げ切るというのが今の悠乃にとって最善の対処法なのだった。
ソレイユが放つ黒炎の五連弾が容赦なく大地を抉る。
火炎弾自体の速度や威力より恐ろしいのはそのあとの熱風。これは避けるという行為自体が無駄だ。何か物を壁にする、もしくは地に伏せる。しかし後者は追撃に対処しきれない可能性が高い。
転がるようにして、まだ火の燃えうつっていない木を盾にし、熱風から身を守る。地に吹きすさぶ烈風のおかげと言うべきか熱風自体が長時間続くことはない。引火の可能性を考え、熱風にさらされない様にルートを選択し、ソレイユとの距離をとる。
「いつまでもちょろちょろ逃げてんじゃないわよ猿女ァ!!」
そんな行為を無駄にするかのように、ソレイユは先ほど上空で放ったような巨大な黒炎弾を再び悠乃に向かい放つ。先程と違い低高度から放たれた一撃は木々を薙ぎ倒し、燃やし尽くしながら直進を続ける。
「ッ!!」
直径1mはありそうなその巨大な火球、猛スピードで直進するその火球を回避するために若干左に逃げ、黒炎弾が通過するのを待つ。
「何か変だねぇ…………………」
黒炎の魔女は何か訝しげな表情で視界の端に映る悠乃を睨み付ける。
「アンタ………まさか能力が使えないのかい?…いや……使えない事情があるのか?いつものアンタならあんな単純な攻撃は『門』で回避するはず…………………」
「さっきも言っただろ!アンタに使ってやるほど安い能力は持ち合わせてねぇんだよ!!」
「…………………そうかいそうかい。アンタが何を隠してるかは知んねぇけど、これは好機と捉えていいんだよなぁ!!!」
ソレイユは背中の火渦を再び燃焼させ推力を発生させ悠乃に向かい突撃する。黒煙の翼をその双肩で羽ばたかせるソレイユは両手に火球を二つ現出させそのまま悠乃に向かい投げる。
「こんなもんが避けれないとでも?」
悠乃は勢いよく跳躍し、忍者のように木から木へと移りそれを回避する。あまり高いところにはにいられない。そう思って木から飛び降り地に着地するまでのその瞬間だった。
背後から黒炎球が2つ迫っていることに気がついたのだ。
避けようと木にしがみつこうとするが、ソレイユが気流を操作し、空中での悠乃の体の自由を奪う。
落下速度をクリーンヒットする様に調整され、顔面に迫り来る黒炎球。悠乃は咄嗟に頭を前に出す。
そう頭についたふざけた帽子を盾にしようと考えたのだ。
そもそも防御性能があるわけではないが、少し位は衝撃を緩和してくれるはず、そんな望みをかけた悠乃の帽子に黒炎弾が直撃した。




