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マテリアル・エレメント 短編集  作者: 高城弥平
隠者の信託~seventhDay~
22/30

seventhDay 2

 ○~○~○~○



 轟!!

 

 とまるで大砲でも放たれたのではないだろうかと思う程の爆音が鳴り響いたのは午前の心内空間での修行を終え、昼食のチャーハンを食べている最中だった。


 「うぇ?何?地震っ!?」


 握っていたレンゲを放り投げワタワタと背の高いテーブルの下に潜り、模範的な地震対策を取る椋。

 取り乱すということはないが、雁金さんも背の高い椅子から降り、警戒するように辺りを見渡しているようだ。

 雁金さんの背が低いおかげで、机の下からでも彼女の表情が伺える。窓の方を向き外の光景を見た瞬間に変わった絶望に満ちた表情も。

 緊急事態ということだけは直ぐにわかった。

 いつまでも机の下に避難しているわけにもいかないので中腰のまま机の下から這い出て雁金さんの見ている方を向くと同時に彼女の絶望の意味を理解した。

 窓の外に広がる自然は破壊され黒の炎に染まっていた。そう、心内空間で見た、雁金さん両親を炭にし、街を焼き尽くした負の《太陽》の漆黒の炎だ。

 この場でもわかるほどに周囲の温度が上昇してきている。おそらく窓から一部見えるこの風景だけでなくここら一帯を覆い尽くしていると安易に推測できる。


 「嘘…………だろ…………こんなに早く…………」


 雁金さんの表情が絶望からそれに立ち向かう表情に変わっていく。


 「椋!」

 「はいっ?」

 「正直に言うとまだアタイはあいつに勝てねぇ。だがアンタが手伝ってくれりゃ変わる。アタイと一緒に戦ってくれねぇか?」


 彼女からの願い。出会った頃《隠者》から頼まれた時とも、修行中に雁金さんが漏らした時とも違う、初めての彼女の口からの頼みだった。

 

 「もちろんです!」

 「そのためにゃ…………………」


 彼女はそう言うと椋の腹に上段蹴りを入れ体勢を崩させ後ろに吹き飛ばす。

 威力はひかえてあったのかさほどの痛みはないが、飛ばされた先にあるものを見て思わず叫ぶ

 

 「……な……………にを!」


 そこにあるのは若草の巨大な門。正の《隠者》の能力、ハーミットを召喚する方法でもあり、行こうものならどこにでも行ける全能な移動能力『隠者の隠れ家』(クローズドハーミット)だった。


 「6分だ」

 「え?」

 「アタシが6分間時間を稼ぐ…………心内空間で丸一日………アレを完成させろ!」

 「そんなこと言ってる場合じゃ!」

 「アンタは唯一の希望だ…………ミット!!頼んだよ!!」

 

 その声に門の奥で待ち構えていたハーミットは静かに一度頷き、静かにその門を閉じた。 

 

○~○~○~○

 

 バタンっ


 と音を立て閉じた門をこじ開けようと何度も試みるが、固く閉ざされたもんは一ミリたりとも動くことはなく、その冷たさを示していた。


 「…………………どうして!!」


 バンッと門を叩きながら叫ぶ。


 「椋殿、辛いのは理解るが、今はそれどころではない…………。残酷かもしれんが一刻を争う事態なんじゃ」

 「でも!」

 「でももどうしてもない!!ユノに言われたじゃろう……椋殿は最後の希望なんじゃ…………。アレを完成させればソレイユに勝てる。明確な勝利の道筋は出来ているんじゃ。それなのにそこで立ち止まるような馬鹿はいないだろう?」

 「……………………………………」


 思わず言葉が詰まる。 

 《隠者》の言う通りだ。ここは雁金さんを信じるしかない。こんなところでウジウジしていることさえ時間の無駄だ。

 

 「分かりました…………………行きましょう!!」

 

 椋の目が困惑から決心に変わる。


 「よく言ったぞ椋殿!では行くぞ!!」


 そう言ってハーミットは初めて心内空間に連れて行かれた時と同じように手を伸ばしてきた。


 「はい!!」


 がしッと小さな老人の大きな手のひらをとった。



 ○~○~○~○


 若草色の門が消滅すると同時にバギバギっと容赦のない破壊音が屋内に響く。たったの一撃で寝室やキッチンを一瞬でえぐりとったのだ。

 先程までそこに寝ていたのが嘘のような光景。端々に黒い炎が舞う中、堂々と一人の人間が入ってくる。


 かなり長い赤髪、スマートなのに要所要所出るところは出ていると言った実に美しい女性だ。まるで魔女のようにとんがった帽子と黒いマントを羽織っている。


 「久しぶりねぇ《隠者》!寂しかったかい?」

 「ソレイユっ!!!」


 悠乃は威嚇するように発せられる最大の殺気を放ちながら魔女を睨むが、彼女がひるむことはない。ただハハハッと一笑する。


 「怖い怖ぃ、可愛かったあの頃の《隠者》ちゃんはどうしたのかしら」

 「言ってろ!」


 挑発だということはわかっている。ここで誘いに乗ってしまってはいけないこともわかっている。

 ソレイユの脅威は自由自在に操ることのできるその黒炎だ。正直見た目が違うというだけで普通の炎との際は今まで見たことがないのだが、射程距離が異常に長い上に威力も並大抵ではない。ある程度の距離なら放出したあとも火力の調整ができるのだ。


 そんなことはこれまでの数えきれないほどの戦闘で理解している。

 理解している上でも勝てないのだ。


 ソレイユが指を一度パチンッと鳴らすとツリーハウスは黒炎に包まれそれを支える『悠乃ノ木』ごと崩れ始める。崩れる屋内から脱出する悠乃。飛び降りるよう窓を突き破り隣接する木につかまり事なきを得るが、黒炎は頑丈そうで太くたくましい『悠乃ノ木』でさえも、物の十数秒で炭に変えてしまった。


 「猿みたいに逃げてんじゃないよ!!」 


 そんなソレイユの声が視界外から響くが、挑発に乗ってはいけない。それを理解しているからこそ、皮肉な言葉でそれを返す。


 「生憎これがアタイの特技でね!」


 鉄棒で大車輪をするかのように木の枝を軸に大きく半回転し、木の枝の上に着地する。さして太くない木の枝も悠乃の体格ならなんとか支えることができる。それを確認するために枝の上でなんとか飛び跳ねていると、炭になった悠乃ノ木を粉砕させ、その向こうから浮遊した赤髪の魔女がその姿を現す。自分の足元で黒炎を発生させ、その炎から起きる上昇気流を操作し浮遊するという何とも大胆なシステムなのだが、彼女はそれを使い空中でも自由自在に姿勢を変更することができるという画期的な浮遊術を確保している。


 「前回の戦闘はいつごろだったっけか?」

 「それをアタイに聞くかよ!」


 時間という感覚を理解できない悠乃にとってはいい加減腹が立つ質問だ。これを挑発のつもりで言っているのか素で疑問を飛ばしてきているのかはわからないがいちいちそんな言葉に反応していてはキリがない。


 「あー、そういやアンタは『時』を認知できないんだったか?不便だねぇ………いったい誰にやられたんだい

、そんなひどいこと?」

 「よく言うぜ…………………」


 流すように、つまらなさそうに返事を返す。どっちにしろ可能な限りこういった会話で椋の修行の時間を稼がねば自分自身持つかどうかわからない。

 今あれから何分何秒たったのかは理解出来ないが、それでももっともっと時間を稼がねば…………………。

 

 「まぁなんにせよ…………………」


 ソレイユは静かにそう呟くと足元の黒炎を大きくし、若干高度を上げ、悠乃が立つ枝と同じ高さにまで上昇すると、叫ぶ。


 「アンタが溜め込んだ『時』!!アタシが美味しく頂いてやるから大人しく食われろォォォ!!」


 そう言うとソレイユは自分の背後で大きく黒炎を発生させ、その力を利用し猛烈なスピードで悠乃の方に向かい突撃した。

 

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