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マテリアル・エレメント 短編集  作者: 高城弥平
隠者の信託~fifthDay~
18/30

fifthDay 2

同日同刻


 女はとある街のショッピングセンターに居た。

 周囲から明らかに浮くであろう朱色の髪を持つ女は、フードコートにあるカフェでコーヒーを片手にキーボードを叩いている。


 「ここまできたのに見失うとは想像もしてなかったよ…………」


 小声でぼやくように言う女はダルそうに机に突っ伏し、その体制のままキーボードを叩き続ける。

 可視化されたキーボードにはひとりの少女の写真、そしてこのショッピングセンターを中心とした細かなマップが表示されていた。


 (ちょっとゾンネ……………アンタ少しは役に立ちなさいよ)


 諦めるようにウィンドウを閉じた女は心の中で念じる。


 『そう言われたって困るさ。わからないものはわからないんだから。そんなことよりもっと面白いことが起こってるね』


 ゾンネと呼ばれる意思は話を別方向に流すために新たな話題を提示しようとする。


 (そんなことってどういうことよ?)

 『《愚者》が近くにいる。』

 (《愚者》だぁ?ようやく復活したのかい?)


 どうでもいいような口ぶりで赤髪の女はコーヒーを飲み干しカバンを担ぐと席を立った。


 『みたいだね、かなり近くまで来てるよ?』

 (正直に言うぞゾンネ、あたしゃ自分が良ければそれでなんでもいいの!《愚者》なんてどうでもいい。早くアイツから『時』を回収するよ!またシワがひとつ増えちまいそうだ)

 

 女は頭の中の会話と会計に意識を裂きながら店を出る。


 『まったく、人間はどうしてそこまで見た目にこだわるのかね………。老いがそんなに怖いのかい?』

 

 体内の生意気なガキに反抗するかのように赤髪を揺らす女は怒鳴り散らすイメージを持ちながら頭の中で叫ぶ。


 (怖いにきまってるでしょ!しわ一本増えるだけでも気が狂いそうになるんだぞ?婆さんみたいにヨボヨボになるって考えたらそれだけで3回は自殺できるね)

 『ホント、人間は理解できないよ』

 (肉体を持たない精神的な存在のあんたには一生理解できないわよ)

 『そんなもんかね?まぁとりあえず《愚者》の方はまだこっちに気がついてないみたいだし、今は少し隠れさしてもらうよ?』

 (すきにしな…………………)


 こいつは何をそこまで警戒しているのか?そんなことは考えても無駄。もう500年ほどの付き合いになるパートナーがどんなやつであるかなどということを理解している女はカバンを肩に担ぐとポケットから棒のついた飴玉を取り出し咥え、決してお淑やかとは言えない歩き方でショッピングモールを闊歩していった。



 

  同日同刻


 「おいッ!二人共!速いって!」


 眼前に先行する二人の女子の後ろを追いかけるように椋は必死に重たい車椅子の操縦をしていた。既にかなりガタが来ているであろうこの車椅子にこんな無茶をさせてもいいものなのかと思おうのだが、自力で持つ気にはなれない。電動式の車椅子のスピードが落ちるほどの重量を積んでいるのだ。人間、ましてや筋肉痛が現在進行形で半端じゃない椋にそんなものを持てるわけもない。


 「ねぇ真琴!あの店行こ!」

 「いいね!準備はしっかり整えないとね!!」


 沙希は進学先を私立校から学費0の花車学園に変えたことにより多少面倒くさいことがあったにしろ家計的にはかなりのプラスに傾いているようで、入学に際して好き放題させてもらえるらしく、普段は控えめな彼女もかなり暴れまわっている。真琴の方は事情は知らないがまぁ似たようなところなのだろう。


 「いい加減おいていくのだけはやめてくれよ!…………………っわぁ!」


 と人の間を縫うように若干慣れてきた手つきで車椅子を操縦するが、人の影に隠れて見えなかったのか突如眼前に人影が表れ避けきれずぶつかってしまう。

 人ごみの中だったためさしてスピードは出していなかったが、問題はそこではなかった。

 車椅子の背後に積み上げられた沙希達の買い集めた衣類たちがバランスを崩し椋、そしてぶつかってしまった女性に向かい雪崩を起こしたかけていたのだ。


 「わ、ああぁぁぁ!!」


 ドドドッと絶妙にバランスをとっていた箱やら紙袋やらが嫌というほど落ちてくる。

 さすがにぶつかってしまった上にこんな雪崩の被害に遭わせるわけにはいかないと筋肉痛で悲鳴を上げている体にムチをうち車椅子から飛び降りるとぶつかった人物にかばうようにして覆いかぶさる。

 

 「イデっ!イタイイタイ!!」


 紙袋たちが巧妙に筋肉痛のひどい部分を刺激していく中椋はとんでもないことをしていることに気がついてしまう。これまでの行為は全て正しいと表板が大きな誤算があった。ぶつかった人物は女性だ。かなりの近距離で綺麗な顔が目に映る。染めているのかどうかはわからないが派手な赤髪、キャンディでも舐めているのか潤った唇からは一本の白い棒が飛び出ている。

 

 「スッ!スイマシェン!!」


 うまく言葉にできない若干コミュ症の少年は筋肉痛のことなど忘れて思わず少々の距離をとる。

 あまりにも綺麗な女性とあまりにも急接近してしまったために心臓までが筋肉痛に襲われているかのようにドキっとしてしまたのだ。

 男とはなんなのかを一瞬で理解したかのような一瞬であった。


 「何?どうしたの椋?」


 少々騒ぎになったせいか先行してきた二人が引き返してくる。

 二人共状況を見ただけでだいたい何が起こったのかは理解したようだ。


 「すいません、大丈夫ですか?」

 

 と日本語が通じるのかどうかもわからない赤髪の女性に詫びを入れ、地面に散乱した荷物を回収し始めた。

 二人が荷物を拾っている間、女性は細くスッとした体を動かし椋の方に向かっていく。

 事件が収束に向かい野次馬が消えた頃に女性は「かばってくれたみたいだね、ありがとう」と腰を折る。


 「そんなこと!こっちの前方不注意で!本当にすいませんでした!」

 「気にすることはないよ、お姉さんは寛容だからね」


 筋肉痛のことなど気にすることなく深く深く頭を下げ精一杯詫びるが、彼女は軽く手を振りなんでもないといった様子でその場をさろうとする。頭を下げたままの椋の耳に声がとどく。


 「(バイバイ………《愚者》の坊や…………)」

 「へ…………………?」


 すれ違い様にぼそっとつぶやかれた言葉。あまりに小さく聞き取れなかったため振り返るが既にそこに異彩を放つ赤髪の女の姿はなかった。人ごみに紛れてしまったのだろうか?思考を張り巡らせる中、背後から知った声が聞こえる。


 「綺麗な人だったね」


 振り返ると沙希が荷物を積み直した車椅子を押して真琴と共にたっていた。


 「ラッキーとか思ってんじゃないでしょうね!」


 真琴がすこしふくれっ面になり怒りをあらわにする。


 「何がだよ?」

 「そりゃアンタ、美人で大人なお姉さんとぶつかるってどんなギャルゲーよ!」

 「真琴、お前ギャルゲーやるのか…………?」

 「妹物なら大半はやり尽くしたわ!」


 えっへんと自慢げに鼻を鳴らす真琴。正直言って――――――――――


 「意外だな…………………」

 「何?悪い?ギャルゲーは文化なの!誰の否定も許されない絶対神なの!」

  

 そういえば小さいものや可愛いものには目がないんだったっけかと、若干記憶をさかのぼり思い出すとなんとなく微妙な納得をしてしまう。

 さすがの真琴もこの大型のショッピングモール内で大声で自分の性癖をさらけ出してしまったことに気がつき、ごまかすように車椅子を動かす。


 「早く乗りなさいよ!次行くわよ!」

 「はいはいって、まだ買うのかよ…………」

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