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マテリアル・エレメント 短編集  作者: 高城弥平
隠者の信託~fifthDay~
17/30

fifthDay 1

 2062年4月10日 所 自宅 時、午前10時頃



 ピーーンポーーンと呼び鈴の音が自室に広がる。

 おそらくというか確実にドアの前にいるのは七瀬沙希だ。

 全身の筋肉痛にこらえながらも、椋は準備しておいたカバンを手に取り玄関へと向かう。

 鍵を開錠し、扉を開けると、門の前には黒いセミロングの髪を春風に揺らす少女が静かに待っている。


 「遅いよ椋!」


 少し文句ありげな表情でふくれっ面になる沙希。と言われてもただでさえ一歩歩くたびに全身が悲鳴を上げているのだ。急ぎたくて急げない。


 「ごめんごめん」

 「まぁ、とりあえず行こっか!」


 

 というわけで本日は修行がお休みである。

 昨日の夜沙希からの連絡を受け、入学に必要なものの最終確認と、最終準備のために買い物に付き合えとのことだった。先日負の《悪魔》の仲間から襲撃を受け重傷を負った柊真琴も《愚者》の治療による驚異的な回復で本日晴れて退院することが決定したらしい。

 まず病院まで真琴を迎えに行き、そのまま近くにある大型のショッピングセンターでいろいろ買い物をする。これが本日の予定だ。


 もちろんこの事を雁金さんに伝えたとき半殺しにされたのは明白なのだが、フールの説得によりなんとか死亡には至らなかった。条件としてこの用事が終了しだい雁金さん宅にてもっときつい修行が待っているとかどうとか。


 寒気のするようなそんな条件を受け入れこっちに来ている椋。そんなこと何も知らずに語り変えてくる沙希。さすがにしばらくすると椋の異常にも気がついてくる。


 「どうかしたの、椋?」

 「どうかしたって何が?」

 「いや…………どう見ても歩き方おかしいでしょ…………」

 「へ?」


 よくよく自分を見ると、可能な限り痛みを抑えるためにかなり不自然な歩き方をしている。足を擦るように小股で、なおかつ沙希との距離が開かないためにもその歩幅のまま少しスピードを出している。要するに気持ち悪い動きをしているわけで、沙希から悲しい視線を浴びせられる。


 「修行してるんだったっけ?そんなにきついことしてるの?」


 『キツいなんてもんじゃない!!地獄だ!!』とでも言ってやりたいところではあるが、雁金さんいっしょに修行をしているということを微塵も知らない沙希にそんなことを言えば、完全に一人体を虐め抜くマゾフィストと思われてしまうだろう。


 「そんなことねーよ!」


 そんな変な一面を持っている男と思われないためにも、その不自然な歩き方を止め、いつもどおりに普通に沙希と同じように歩く。


 「っ!!」


 と思わず悲鳴を上げたくなるほどに全身に何とも言えないあの痛みが広がる。どうやったら首にまで筋肉痛が来るのか、寝違えた時のような気持ち悪さも相まって、もう何とも言えない状況だ。


 「大丈夫、椋?」

 「お、おう!問題ないぜ!」


 しびれているかのような感覚を堪え次にまた一歩踏み出す。


 「おふっ!!」

 「大丈夫じゃないよね?絶対大丈夫じゃないよね?」


○~○~○~○



 「で、なんでアンタは車椅子に乗ってんのよ?」


 冷たい目線と呆れた声音を真琴がこちらに向けてくる。


 「いろいろあったんだよ!っ!!」


 少し腕を振っただけで半端じゃない痛みが全身を襲う。さすがにあの歩行方法で買い物に行くのは気が引けるうえに、確実に他の二人に迷惑をかけるということから病院につき、真琴を呼びに行く前にフロントで携帯とリンクし指先だけで操縦できる車椅子をレンタルしたのだ。

本来ならばこれも人工結晶搭載型のモデルがあり、ナノマシンとリンクさせることで思考操縦を可能とする画期的かつ最新鋭のものを借りることもできたのだが、生憎辻井椋という人間は体内の《愚者》により脳内での人工結晶の動力源となるエネルギー、ソルスエネルギーの生成を停止させられている。

そのためそんなハイテクマッスィーンをレンタルすることはできず、脳内に機械を埋め込むことに抵抗を持つ一部の高齢層のために未だ残っている若干古い型の車椅子で我慢するしかなかったのだ。

 

 「まぁさっさといきましょ!」


 そう言う真琴の少し楽しそうな表情を見て安心し、携帯からウィンドウをポップアップさせる。画面にはゲームセンターのアーケードゲームの上下左右ごうけい4つのボタンと、レバーのようなものが有るだけ、かなり単純に出来ていた。

 車輪がどういう機構をしているのかは知らないが、ボタンでその方向に移動、レバーで方向調整。それだけを確認し、ゆっくりと前進する。

 どんな修行をしているのか、沙希も真琴もあえて聞こうとはせず、というより、こっちが話したくないということを察してくれているのか、それ以降この話題を口にすることはなく、三人の楽しい(?)お買い物が始まった。    


 ○~○~○~○


 同日 時 午後1時頃 所 ショッピングセンター


 そもそもここに来た理由はなんだっただろうか?

 最終確認だ。これからこの三人が進学する学校、花車学園に行くにあたって、立地的にここらで買えるものは買っといたほうがいいだろ的な新生活理論でここまで来ているのだが、今量の車椅子の後ろは積み重なる箱や紙袋で埋め尽くされている。もちろん自分のものなんて何一つない。全ては沙希と真琴の購入した服や靴など、要するに椋がここに呼ばれた理由は荷物持ちだったということを、この建物に入って約3分で理解することになってしまった。


 「これもお願いね!」

 

 そう言って沙希が新たに購入したのであろう最近の若者に人気なのかどうかは知らないがブランドロゴがプリントされた紙袋を車椅子の後ろにかける。

 移動は全て機械が行ってくれているわけだし、肉体面ではさして困っているわけではないのだが、もし今日車椅子を借りていなかったのならばこの量の荷物をすべてひとりで持たなければならなかったのだ。そう思うだけで心が悲しくなってくるのだった。


 「これいつまで続くわけ?」


 そんな野暮な質問を目の前で鼻息を荒らげ二人の魔物が完璧に同じタイミングで振り返り、完璧に同じタイミングで宣言する。


 「「気が済むまでに決まってるでしょ!」」

 

 

 ○~○~○~○


 同日同時刻 所 雁金宅


 「ほんとにあんなもんうまくいくのかい?」


 悠乃はソファーにダルそうに身を沈めながら分厚い辞書のような本を読むエレメント、正の《隠者》、ハーミットに言葉を投げる。

 悠乃が問うているのは今、悠乃自身が稽古をつけてやっている弟子、辻井椋にハーミットが伝授しようとしている奥義についてだ。椋の能力『愚かな捕食者』がある前提でないと発動できな能力、説明は受けたものの、いまいち納得できるようなものでもなく、半信半疑という言葉が実にしっくりくる内心を抱えているのだ。


 「心配はいらんさ。普通では時間が足りんじゃろうがあの少年は違う。それは悠乃、お前さんももうとっくに気がついておることじゃろ?」

 「いやぁ、まぁそうなんだけどさ………」


 そうミットの言うとおり、彼の成長は異常だ。通常では後5倍は時間をかけるはずだった『隠者ノ木』を速攻でへし折ってしまったり、割とハードにしているつもりの身体的なトレーニングも愚痴ひとつこぼさず、なおかつ遅れることもなく必死についてきている。こんなことができている時点で既にもう辻井椋という人間は化物なのだ。


 「まぁ、一年あったらソレイユの奴を倒せるほどの力は付けようぞ」


 ハーミットは視線を悠乃に向けることなく呟く。

 もちろん辻井椋単体でという意味ではない。正の《隠者》である雁金悠乃と共闘することにで、という意味だ。

 しかしそれだけでもこれは希望を超えて驚異にさえ感じることなのだ。

 

 「けどよミット、あの戦い(・・・・)の発端も《愚者》が力をつけすぎたからだっただろ?」

 「《愚者》の力を分けるに至ったあの戦いか?」

 「ああ、カノン討伐戦………。たしかあれは《愚者》が力をつけすぎて姉さんが暴走しちまったのが原因なんだろ?じゃあこのまま椋が順当に成長していけば………」


 悠乃の言葉が詰まる。彼女が言いたいことは既に《隠者》に伝わっているだろう。まだ出会って5日と立たない少年にこれほど希望と行き詰まりを感じたのは初めてだった。

 ハーミットはボンッと音を立てながら大きな本を閉じ、悠乃の方を見やると言い聞かせるように言う。


 「お前はカノンのやつと仲が良かったからの、心配するのもわかる。でもな、それがわかってないフールではないはずじゃ。いくら愚か者でも失敗を繰り返すような腐った奴ではない。大丈夫じゃ」

 「大丈夫……か…………」


 ハーミットのおかげか自然と心の波が静かになって少し落ち着いた悠乃。消えない不安ではあるが考えてウジウジしていても現状が進まないというのもまた事実。


 「ミット…………………やるからには徹底的にやるよ!!」


 ごちゃごちゃした思考回路をすべて吹き飛ばすように。そう、遠くの理想を求めるよりも、現状の、負の《太陽》討伐に向けた小手先の希望を掴み取ってやる。そういった覚悟の表れでもあるそんな宣言を小人に向け発すると悠乃は、これからの目標設定を見直すように、化物にあったメニューの設定を、化物を怪物にする為のプランを再び練り直し始めた。

 

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