forthDay 3
耳に入ってきた喋り声が椋を眠りから復活させた。
目を開けると頭痛とともに再び少し眩しい日の光が目を射るが、あまり気にすることもなく起き上がり3人の会話が聞こえる方へ向かい歩いていく。
「起きたか椋。まったくだらしの無いやつめ」
長めのテーブルで正の《隠者》と雁金さんに向かい合うように座るフールからそんな喝を受ける。「いやぁ………」とごまかすように一言いれ、椅子に座る。
テーブルの上で胡座を組むフールに状況の説明を求めようとするが、それをフールに聞く前にハーミットが大体の状況を説明してくれた。
既に《愚者》の能力の断片の回収は済んだとのこと。椋が《愚者》の能力を行使できるのと同じように、《愚者》も椋の能力を使用出来らしく、飛び蹴りにより30分程気絶しているあいだに全て済ましてしまったらしい。
その後はこれからの指導方針がどうたらこうたらずっと話していたとのことだ。
先程まで寝ていた雁金さんもその話には参加している。
「で、どんな話をしていたんですか師匠?」
すっかりこの呼び方も慣れ、フールに不思議な目で見られながらもそう尋ねる。
「これはアタイからじゃなくミットに説明してもらったほうが早い」
そう言って雁金さんは回答を放棄し、《隠者》に委任した。ゴホンッとひとつ咳払いを入れた老人は、無知な少年に丁寧な説明を開始した。
「椋殿。オヌシ自身の能力、『愚かな捕食者』は、能力時に発せられる光を吸うことでその能力の複製ができる能力じゃな?」
確認を取るように尋ねてる老人に首を縦に振り、
「まだ一回しか使ったことはないですけど……恐らくはそうだと思います」
と過去を振り返りながら答える。
「まだ確証はないんじゃがそれならいけるはずじゃ」
「何がですか?」
「ワシが今から心内空間にて伝授する技のことじゃ」
その《隠者》の発言に少々の疑問を覚える。
「伝授ですか?」
伝授、つまりは学問やら芸道の奥義やら秘技を伝えること。しかしわざわざ『愚かな捕食者』のことを尋ねてきたということは、それに関係すること、つまりは『愚かな捕食者』があるという前提条件でないと成立しない奥義なのではないかと簡単な推測をしたのだ。それを伝授というのはどうかという少々揚げ足を取るような発言なのだが、ハーミットは眉一つ動かさず、冷静に言い放った。
「伝授じゃ」
なぜか正々堂々と言い切るように宣言した老人は、小さな体の小さな両腕を可能な限り広げる。
「『隠者の秘伝書』…………っ!」
力強く叫んだ老人の眼前に周囲から大小様々な淡い緑の光が集まってくる。『光輪の加護』や『移り気な旅人』とは違う、まるで外から力を集めているようだ。
若草の光が結構な大きさの球状になると、ハーミットは広げていた両腕をパンっと合掌させる。すると彼の目の前に現出された球体ははじけ、辞書のような分厚い一冊の本を形成した。
「これは………?」
ゆっくりと降下し、机の上に落ちた本。隠者がソレに手を添える。すると本は勝手に動きだし、パラパラとページをめくり始めた。本当なら驚くべきことなのかもしれないが、最近これくらいのことでは驚かなくなるというスルースキルを身につけれたような気がする。
かなり後ろの方のページまで勝手にめくられていった後、本はあるページでぴたりと動きを止めた。何語かすらわからない象形文字のようなものと、簡単な絵が2ページにわたり記されているのだけはわかるのだが、『それが何を示しているのか』が一切分からない。
「これはワシの持っている能力全てが記された書物じゃ」
「これ全部ですか!?」
《隠者》のあまりにも突飛な発言に思わず再び疑問を飛ばしてしまう。
「そういうことなのじゃが、正直に言うとこれに記された能力の97%は今使うことができんのじゃ」
「どうしてですか?」
矛盾、というわけでもないが少し不思議な発言。質問攻めのようにさらに《隠者》に問う。
「これに記された大半の能力は、能力と能力の掛け合い。つまりは一つの能力では意味をなさず、憑代となる人間が所持している能力と、ワシ自身の能力を掛け合わせることで完成するものなのじゃ」
「…………………あれ?それっておかしくないですか?」
思わず頭に浮かんだ不可解な謎を《隠者》にぶつける。
「だって『憑代となる人間が所持している能力』ってナチュラルスキルのことですよね?天然結晶の出現から20年経ってないんですよ?それなのになんでその本に………すくなくとも500年以上前の本にそんな天然結晶が出現するっていう前提の能力が記されてるんですか?」
絞り出すように放った疑問。あまりにも不可解だ。膨らみすぎた馬鹿なもうそうなのかもしれない。しかしまるで人類の歩む道は全て決められていたかのような不思議な感覚が脳の中を埋め尽くしていったのだ。
「なに、すべてがそうであるというわけではない。《ワシら》とは別に能力を持ち生まれた人間も世界にはたくさんいる。天然結晶以前の問題の特別な存在が偶然にもワシの憑代となった時のためのものかもしれんし、そうでないかもしれん」
「断言はしないんですね……」
「……ワシはいつからこの世に生を受けいつから憑代を探し………いつからこの本を所持していたのか……忘れてしまっただけなのか、そもそも知らないのか、それすらもわからん」
「…………………」
真剣な表情のハーミットから発せられるその言葉はなぜか重みを感じ、それ以上踏み入るなという警告を出しているようにも見えた。
《愚者》の方を見やるも彼もただ首を横に振るだけ。止められるように先の質問は終わった。
「で、これでどうするつもりなんですか?」
仕切り直すように言う。
「すべての《ワシら》の中で《隠者》、つまりはワシともう1人負の《隠者》は前も言ったように《愚者》に技を伝授することを宿命としている。この『隠者の秘伝書』は同時にワシが《愚者》に伝授することができる能力を示しているものでもあるのじゃ」
ハーミットは少し表情を和らげると、説明口調でそう言った。
「なるほど…………全然わかりません………」
「つまりじゃな、この本の中から椋殿とフールにピッタリな能力をひとつチョイスしてワシの心内空間でこれから特訓しようではないかという事じゃ!素敵な提案じゃろ?」
最後に意味のわからないプリチィー(自称)な言葉をつけているが、確かにその話に乗らない手はないだろうというほどに素晴らしい提案だ。
「それがこのページってことですか?」
卓上に広がる広辞苑のような分厚い本の開かれた解読不能のページを覗き込みながら《隠者》に尋ねた。
「その通りじゃ」
納得できない点は実に多い。
世の中偶然にも《愚者》と辻井椋が出会う前提の能力の組み合わせがあると言うのが特に納得し難い。
このすべてが何もかも誰かによって決められているかのような気味の悪い、そう、操り人形のような感覚をどうにかして止めて欲しい。世の中に偶然なんてものはなく、すべてが必然で、《愚者》に出会うまでの人生も、それからの生活の変化も、真琴が負の《悪魔》出丘の差金で襲撃されたあの事件も、そのあとの戦いも、こうして正の《隠者》雁金悠乃と話をしているのも、精密かつ緻密にな設計図のように組み立てられているのではないか?
この世界は全て作り物のジオラマで、そのだれかの想像した通りに動き、そのだれかが描きたいストーリーの駒として今この会話も全てその誰かの作った物語を思惑通りに進めるための一場面なのかもしれない。
そんなバカみたいなことを脳内で否定できなくなっていく。
それがたまらなく嫌なのだった。




