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マテリアル・エレメント 短編集  作者: 高城弥平
隠者の信託~forthDay~
14/30

forthDay 1

 2062年4月9日 所 雁金さん宅 時 午前4時


 もちろん修行に休日なんてものはない。昨日母親、辻井京子に連絡を入れ友達宅に止まっていくという旨を伝えさせられた訳で、雁金さん宅でお泊りだったのだ。


 もちろん友達同士がわーきゃー叫んだり、ゲームをしたり、御菓子を食べたりなんていう普通のイベントは起きる訳もない。

 強いて言えば雁金さんの手作りの料理が食べられたということが特殊イベントの一つだろう。雁金さんは負の《太陽》から逃れるため世界各国を回っており、その時その場所で料理を身につけていったらしく、腕前は確かなものだった。というかほとんど人の手作り料理を食べたことがない椋にとっては猛烈に感激する味であったのだ。


 本来ならばあの後も一度《隠者》の心内空間に潜り、3週間の修行を行う予定だったはずなのだが、そのカリキュラムを崩すほどに早く隠者ノ木を折ってしまったために、その修行は取りやめとなってしまったのだ。


 『今日』という感覚すら持てないままの椋。本来ならば『今日』は20日前に終わっていたはずなのに、現実はその『今日』が終わってからまだ四時間しかたっていないのだ。

 深く考えれば考えるほど、頭の中がぐちゃぐちゃになりそうで、思考停止状態に陥っていた。

 雁金さんからも、深く考えるなとは言われたが、そんなことができるほど椋の頭は器用かつ単純には出来ていなかった。


 「何してんだい椋!さっさと支度しな!」


 雁金さんがそんな声をかけてくれたおかげで、そんな思考の穴から浮上する。


 「え。あっ、はい!」


 支度するといっても、動きやすい格好に着替え、水分と汗を吹くためのタオルを用意するだけなので、椋はそれをぱっぱと済まし、雁金さんの居る玄関口の前まで向かう。

 今日はついに《愚者》が目覚める日だ。

 どんなトレーニングが待っているのかは正直予想できないが、今は《隠者》一向の意向に従うことで確実に強くなれる。

 それは昨日(?)の時点で理解したので、愚痴や文句など漏らさず、ただ、雁金さんについていった。


  ○~○~○~○


 『幾つか聞こう。椋よ、なぜ御前は《隠者》と行動を共にしているんだ?なぜこんな森の中にいるんだ?そんなことよりなんで御前は走っているんだ!!』

 

 寝起きがいいのかいつもより非常にノリの良いツッコミが《愚者》から飛び込んでくる。しかし惜しいことにタイミングが悪い。今は雁金さんと森の中を全力疾走している最中なのだ。少しでもさが開けば見失ってしまう上に、そんなことが起きたら半殺しでは済まない状況なので今はフールとの会話に気を割けないのだ。


 『疑問が増えてしまったぞ椋。なぜお前は我を無視するのだ!!』


 そんなこと言われても返事がでいないのだから仕方がない。

 適当に相槌でも売ってやりたいところではあるが、今このトレーニング中にそんな余裕は一切といっていいほど存在しない。

 今にも視界から消え去ってしまいそうな雁金さんを補足するでけでも一苦労なのだ。無理を言わないで欲しい。というか状況を察して欲しいというのが現状である。


 現在の時刻は椋の体内時計によるとおそらく6時前後のはずなので、後もう少しで全力疾走という名の走り込みは終了するはずだ。

 昨日のトレーニングのせいで全身は筋肉痛という名のアイアンメイデンに覆われているのに、そんなの関係ないといったような様子で疾走していく雁金さん。しかし遅れたら………ゲフンゲフンなことが起きてしまうのが安易に想像できてしまうので、必死に抵抗しているのだ。


 「はーい、お疲れ!!」


 びっくりするほど急に脚を止めた雁金さん。気がつくとそこは悠乃ノ木、つまりはツリーハウスの前だった。

 想像していたよりも少し早く特訓が終わったことに少々の疑問を覚えるが、その疑問は雁金さんの口によってすぐに解決される。


 「《愚者》がお目覚めだろ?」


 そういえば……と、すっかり忘れていた《愚者》の目覚めを思い出し、語りかける。


 (おーい、フーール!)

 『…………………』


 返事を返してこない。おそらく先程の無視に腹を立てているのだろう。そう言うかまってちゃんはスルーするのが一番である。どうせしばらくしたらまた声をかけてくるはずだ。


 「そういえば雁……師匠はどうして《愚者》が目覚めたってわかったんですか?」

 「そりゃアレだ、走るスピードが一瞬だけ落ちたからだ!アンタみたいな物事に没頭するタイプのやつが一瞬でも意識を逸らしたんだから、《愚者》が目覚めたんだなと思ってな!」


  雁金さんの洞察力の凄さに驚きを隠せず、思わず身じろいでしまう。彼女は後ろなど見ることなく走っていたはずだ。少なくとも目視はされていない。

 そう、この人は違うんだ。普通じゃないんだ。

 そう思わせるに十分すぎる現象だった。隠者は目の前のツリーハウスの中で、次に椋を心内空間に連れて行くためのエネルギーを貯めているため、あの家から一歩も動いていないはずだ。《隠者》の能力ということも考えにくい。能力の発動には《愚者達》の能力だろうが、人工結晶だろうが、天然結晶だろうが、必ず結晶光を発する。しかしこのトレーニング中、椋は能力の発動を雁金さんによって禁じられている。そんな製薬をつけた彼女自身が自分だけ能力を使うなんてことは決してないだろう。みるからにそんな性格をしている。


 「なんで固まってんだ?」


 完全に思考をそっちに集中させてしまい会話の途中だったことさえ忘れてしまっていた椋、とりあえず《愚者》はまだすねているためか返事をくれないが、一応は報告する。


 「10分くらい前に起きたみたいです……はい」

 「んじゃ、一旦家にもどるぞ!」

 「途中で切りやめてもいいんですか?」

 

 彼女が《隠者》と割り振った身体面のトレーニング時間を自ら犠牲にするとは思えないのだが、雁金さんは既にツリーハウスに向けて歩き始めているため、変更の気は無いらしい。

 念のため《愚者》をたたき起こすための究極の呪文を唱える。


 (そういえば最近真琴がフールとあそびたいって言って……………)

 『すまない椋!それだけは勘弁してください!』


 ファミレスで真琴にもみくちゃにされて以来、フールの真琴恐怖症は一向に治る気配を見せない。普通の《愚者達》なら召喚状況でも能力を使い抵抗ができるのだろうが、常時ガス欠状態のフールにそんなこと出来る訳もなく弄ばれるだけなので、可愛いもの(?)好きの真琴の格好のマトなのだ。


 (分かればよろしい)

 

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