物々交換?!
「うーん」
私と主人は応接間で額を突き合わせていた。
「なあ、ほんとにそれ必要か?」
主人が言う。私は思う。宿屋にこれが無いとかありえないだろう。
「いるわよー。だってこの景色よ。この天候よ。プール作らなきゃ」
とにかくここ、暖かいのだ。
季節はまだ春先なのに。
ここはもう、夏になったらプールの出番でしょう。
「でもそれだと、俺らがもといた世界と何も変わらんぜ?」
としかめ面で言う主人。
「てか、そもそも費用の事は考えたのかお前」
「あ」
そうだった。
早期退職とゆーことで一応退職金は貰ったけど、プール作れるほどかと言われたらそんなにないわけで。
でもほしいなー、プール。
悩む私に旦那はあきれ顔で言った。
「お前、もう一つ問題があるぞ」
「何それ」
「排水だ。どうやるんだ」
そうでした……。
異世界で排水工事とか、今住んでる家は一応、つかった水はそのまま外の側溝に流れるようになってるんだけども、流す前にちゃんとろ過装置みたいなのを通ってるのよ。
つまり、下水道が無い。
だからプール作っても流す場所が……。
「側溝につなぐとか……」
「やめとけよ。多分すげえ費用かかるぞ」
そんなわけでプールはやめとことなったのだが、水遊びはあきらめきれん。だってこんなにいいお天気続くのにーっ。
絶対観光の目玉になるのにーっっっっ。
異世界で泳いできたのよなんてすごくない?
なんだけど、
近くに川はあって水もすんごい綺麗なんだけど、雑草が生い茂ってるし。
ベルナールさんの話だと、雑草の中には貼りつきと言われてるモンスターがいて、そいつが噛みついてくるからやめなされなのだそうだ。
「貼りつき?」
「丁度いまから罠を見に行くから、一緒に来るかい?」
因みになんで貼りつきなのか。仕掛けた罠にかかったそいつを見たら納得した。
スライムじゃん!
プルップルしてる透明なアレですよ。
なんか可愛いと思って手を出そうとしたら、ベルナールさんから慌てて止められた。シャーって私の手に噛みつこうとしてたから。
可愛い顔に似合わない牙がずらーっと並んでいた……。
ううむ、でも水遊びぃぃぃぃ。やりたいぃぃ。
そうだ。こんな時こそ相談だ。
てなわけで、
「水遊びだって?」
お野菜のお返しにお菓子作ってお隣に。私の言葉にフランシスさんが素っ頓狂な声を。
そんなに変なことなの?
「え、ええ、だってこのお天気ですし」
するとフランシスさん、ちょっと待っててと言い、ブドウ畑に。そして旦那さんを連れてきた。
「うちのから聞いたけど、水遊びしたいんだって?」
ええそうですって何回説明すりゃいいんだ。
「宿屋やってみたいんです。それで観光の目玉になるかなぁって」
「観光?! ここの村が?!」
そんなにびっくりすること?
えー、だって景色もいいし、食べ物も美味しいし……。
「何にもないところだけどねえ」
と奥様。
「観光はやっぱり海がないとなぁ」
とベルナールさん。
「日本からの観光客見込んでるんですけど……でもダメですか?」
と私が言うと、
「地主さんたちがいた世界がどんなところか、わしらは詳しくは知らんが、あんた等を見てるとかなり便利な場所であることは分かるよ。そんなところから来た人が、放牧とブドウ畑と谷川しかないここで満足するとはわしには思えんよ」
つまり、住むにはいいかも知れないが、観光となると話は別ってことか。
そうかなぁ。
「退屈するんじゃないかねぇ」とフランシスさん。
「そうさな、だから……」と言いかけてベルナールさん口をつぐんだ。え? 何? 気になるんだけど。
ベルナールさん、何でもないと言って笑って、水遊びが出来るところを探してやると言ってくれた。
そして後日。
「水遊びは出来んが、温泉ならあるよ」と案内してくれることになった。
村から見えるお城がある山。その中に、源泉かけ流しの音泉があるのだそうだ!
で、やってきました温泉。
温泉と言うより湖?
広い。これ全部温泉なんですか? と聞いたらそうだとベルナールさん。
村から車で三十分くらいのところにある。
「ここの近くにドラゴンの巣があるんだよ。時々漬かりに来るんだ。運が良かったら見れるよ」
え? それって危なくない? とベルナールさんに言ったら、
「ダイジョブダイジョブ、ドラゴンなんておとなしいもんだから」と。
お。
うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
これぞ、これぞ観光の目玉になるよね?ね?
大きなドラゴンと一緒に混浴なんて、凄くない?
あ、なんかお湯の匂いがしてきた。
水着を着ないといけないとゆーことで、私たち早速着替えて突進した。後ろからベルナールさんが、こらこら、静かにしないとと言ってきたので慌ててストップ。
「ドラゴンは神経質だから、あんまでかい声で騒いじゃなんねえ。いいか?」
わかりましたっ。
温泉の湖には階段がついてて、いろんな人のざわめきが聞こえる。おうおう、やってるやってる。
周囲は静かで綺麗な森に囲まれててサイコー!
ちなみになんと温泉から上がったらリラックスできる場所もあって、ゴザみたいなのがしいてある。そこで寝そべってなんか飲んでる。美味しそう。
で、私と旦那、そーっと温泉に入ってみた。
ベルナールさんと奥さんも。
「ぶはー、いい湯だ」
とベルナールさん……。
え?
あの、これって……。
「水だよね」
と旦那。
いや、水ってほどでもないけど、ぬるっ。いやーこれぬるい……ぬるいよ。
あー、でもなんかホカホカしてきた。不思議。
で、ところでドラゴンさんはいずこに……と聞いたら、ベルナールさん。
「どこにって、アンタの肩にとまっとるよ」と。
へ? とわれながら間抜けな声が。
肩を見ると、確かになにかいる。小さな……ドラゴンが。
え? 何コレ、ハムスターみたいなんですけど?!
かわいいーって言ったら、まだ子供だとベルナールさん。
大人になるとやっぱでっかくなるんだそうだが、性格はいたっておとなしく、木の実や草を食っていきてるのだそう。
ドラゴンって草食だったのか……。
「私たちの世界ではドラゴンってこんなイメージなんですけど」と私が言うと、温泉に浸かって上機嫌のフランシスさんが笑いながら言ったもんだ。
そんな奴がいたら生活できんよとね。
でもまあ、凶暴なモンスターはいることはいる。スライムもそう。
てか、悉く私の知ってるのとは真逆だから驚くことしきりである。
あ、そうだ、言い忘れてたけど、旦那は就職した。
こっちで役場で仕事見つかったの。
ベルナールさんが口利きしてくれたんだけどね。
ちなみにこちらのお給金はすべてコインで支払われる。
主人が袋担いで帰ってきて、中身見た時はゲーセンみたいと思ったわ。
ただ、お金で買えるものってそんなにないんだよね。
基本、物々交換なの。
それか、売ってても、原型のままとか。
服とかまさにそうで。
村長さんの家にお呼ばれしてる日は正装してねと言われてて、じゃドレス買わないとって。でも。どこに行っても、布しか売ってない泣。
どこで縫ってくれるんだ?
仕立て屋さんとか探すも、それらしい店もない有様。
まさか異世界の人らって服は自作がデフォ?
エプロン縫うのがやっとの私、ドレスなんか縫えないヨ泣。
と嘆いていたら、フランシスさんがやったげるわと言ってくれた。
「いいんですか?!」
と聞いたらいいよいいよと。
しっかし……そんな職人仕事、簡単にお願いして良いもんかしら。
「こんなの簡単よ」
とニコニコ顔のフランシスさん。ベルナールさんも、うちのは慣れてるからと、お気遣い無用と言われた。
というわけでドレス縫ってもらうことになった。
ちなみに、一応カクテルドレスは持ってる。
それ着て行こうかとも悩んだんだが……。
フランシスさんに見せると、
「うーん、ちょっとオススメできないわねえ」と言われた。
何でですかかと聞いたら、その手のドレスは、この世界では夜のお仕事の人が着るのだそうだ……。
ついでに主人の礼服も縫ってくれると言うことで……私はお任せすることにした。
お礼したいと言ったら、ご挨拶の時に持ってきてくれたクッキーが食べたいとのご指名。
えええ、でもオーダーメイドでしょ……とても割に合わないよ……いいのかな……。
で、お呼ばれ当日。
お城の棟の一つにある、村長さんのお家に行くことに。
ウワー、緊張するわー。
フランシスさんが縫ってくれたドレスはすごく綺麗で、ほんと、異世界恋愛ものに出てきそうなドレス。
旦那のも婚約破棄された王子様が着てそうな服っ。
いやー、これ憧れますよなー。てーかこんなに手の込んだドレス作ってもらっていいんだろうか。
と言いますか、こちらの人欲がないんだよね。ほんとに。
そんなフランシスさん。ベルナールさんと一緒に並ぶと可愛い。おめかししちゃって。
お城に着くとムードあるかがり火がたかれてて、雰囲気満点ジャーンわーい。
城主の人がご厚意でお城の一室を開けてくれたんだって。そこに村中の人が集まって私たちの歓迎会開いてくれるってんだから……ほんと感謝よ。
てか良い匂いが流れてくる。うう、緊張してるけどお腹がすいてきた。
と、そこまではまだ平和だった。その後とんでもない目に遭うのだが、それはまた次のお話で。




