それ早く言ってくれ
さて、お試し期間中、しばらく住んでみた私たち。
で、結論から言いますと、
移住することに決めました!
日本でいろいろと手続き。会社に退職届だして、転出届出して。ああ忙しい。
こっちの役場での手続きはお試しの時に終わってたけど、いざ仮契約から本契約になる時点でケモミミ兄ちゃんの顔つきが厳しくなった。
「何かトラブルがありましたらすぐご連絡を。大事になる前にですよ。分かりましたね?」
う、うん。なんかスゴイ真剣な顔。
「まあ、慣れるまで一年くらいってとこでしょうか。私のスケジュールは貴方方のために余裕を持たせておきますので、遠慮なく言ってください」
ただし手紙である。電話のない世界だからしょうがないケド。
お試し期間中も生活出来たんだから、
余裕―。
そう考えていた私たちに、さっそく、まるで青天の霹靂の様に災難が降りかかった!
それは何かと言うと――。
「ねえ、貴方なんか臭くない?」
その臭いとは、肥溜の匂い。
トイレからだ。
とそこで私たちは気づいた。ここ、水洗? それとも……。
なんてやってたらキタナイ話で申し訳ないんだけど逆流してきたーっ!
慌てて村の役場に駆け込む。あー、明るいうちでヨカッタわ。
ここ、夕方早々にしまうから。
すると、さっそく村のトイレ職人を向かわせますとのこと。
で、やって来たその職人さんが、なんと、ゴブリンさん。
「……!」
二人して固まっていたら、ニッコリ笑った。ちょっと怖い。
よくよく見ると眉毛が白い。かなりおじいちゃんみたい。と思ってたらなんと女性でしたスミマセン。
「あんた等、浄化してくれる精霊と契約はまだだよね?」
精霊?
なにそれ。
ゴブリンの職人さん、名前をブリジッタさんと言うんですけど、その方いわく、この世界では、その、排泄物を分解してくれる精霊の一族がいて、その人達と契約せねばならないのだそうだ。
それ早く言って欲しかった……。
「まあ、しばらく精霊を貸してあげるから、早いとこ役場に言って契約すませちまうことだね。だいたい一か月くらいかかるからねぇ」
役場に彼ら専用の窓口がある。精霊だけにかなり小さい。まるで役場のミニチュア模型みたいだった。
精霊は契約した家のトイレに住み着き、仕事を始めるのだが、その時はお家の玄関に沢山の木の実をおいて知らせますとのこと。
ちなみに分解したそれは肥料として、年に数回、ゴブリンさんたちが回収してまわるのだとか。
上手く出来てるなぁ。
てなわけで私らはさっそく役場で契約。ブリジッタさんがついて来てくれた。ついでに彼女とも契約。火の月(八月)と水の月(十二月)に回収しに来ますとのこと。
ブリジッタさんはトイレを綺麗に掃除すると、修理代をとらずに帰った。こんな程度でもらっちゃ申し訳ないって言って。
「そーいや考えてなかったな」
「ほんとだね」
水洗ってつくづく便利なんだなあ。
ふーっ、と応接間のソファで汗を拭く私たち。にしても焦ったー。いやほんと焦ったわ。
これはマジでシャレにならないから、解決してほんとによかった。
トイレでびっくりさせられた私たちだが、ほかにも沢山驚くことはあった。
まず、私たちが地主だということ。
買った家に、広大な畑がついて来てたということ。で、隣に住んでる人がその小作人だということ。
村長さんと同じドワーフの人で、名前がベルナールさん。
引っ越しの日に挨拶に行くと、最初えらい警戒されて出迎えられた。
でも私たちが東京の名店で買ったクッキーを渡すと、びっくりしたような顔をされた。
「これを、わしらに?」
なんかちょっと目が潤んでる。何何何? もしかして嫌い?
ベルナールさん、奥さんのフランシスさんに、おい、お前、これ見て見ろ、凄いぞと。フランシスさん、包みを開けて匂いを嗅いでる。ぅぅぅぅううーん、って顏。
「こんな良いものを、ほんとに貰っていいのか?」
うるうるしてる瞳で見上げるご夫婦。まさか感激してる?
いやそんな、そこまで感激されるもんじゃないけど……。モロ○フのクッキーですよ。
でもまあ、クッキーのおかげかどうかは分からないけど、そこからは一転和やかムード。テラスでご一緒にお茶することになった。
「美味しいわー、ほっぺが落ちそう」
フランシスさん、パカパカ食ってる。お気に召したようで何より。
「あちらのお菓子はウマイと聞いていたが本当だったな!」とベルナールさん。
雰囲気が良くなったところで聞いてみた。何であんなに警戒してたんですかと。
ベルナールさんは口いっぱいクッキーをほおばりつつおしえてくれた。
「いやー、よそから来た地主さんだから警戒しちまってな」
それはどういう……
ベルナールさんは話し始めた。
「ちょっと前のことだよ。ゴルディ(前に住んでいたホビットさん)が、都から来た貴族のお嬢様に一時、家を貸したことがあっただよ」
なぬ?!
「それがもう我儘で我儘で、やれとれたてのベリーで毎日デザートをつくってとどけろの、田舎ならではの料理を作れだのともう……」
「ちょっとでも味が気に入らないと、主人の顔めがけて投げつけたんですよ」
あらららら。
「なんでも都で、王子様から婚約破棄をされたそうで。そりゃあんな女だったら三下り半突きつけられても文句言えねえなあと」
なるほどねえ。
ふむふむ。
で。私たちのことも警戒してたわけね。
「異界から来なさる人だからなおの事厄介もんなんかと思って……それで。ほんとスミマセン」
夫婦そろって頭を下げられた私たち。どうぞ頭あげてくださいと私が言うと、二人はますますびっくり。
こんな低姿勢の地主さん見たことないと言われた。いやそんなこと言われても地主ってイマイチピンと来ない。管理人さんくらいの感覚だよこっちは。
帰り際、私も作物育てたりしたいんで教えてくださいと言うと、
それこそ目をまん丸くされた。いやいや、そんなに驚くこと?
お土産に、両手で抱えきれないくらいのお野菜を頂戴した。うわあ、凄く良い匂い! と思ってたら、
「ほら、これもあげるよ」とベルナールさんが大きな茶色いのをわたしにくれた。
え?
「こ、これは」主人がガタガタ震えてる。
それはどうみても、ウサギさんだった。毛皮ナシの……。
そんなわけで暮らし始めた私たち。
そうこうしてるうちに慣れてきた。
貰ったジビエもさばけるようになってきた。我ながら凄い進歩。
主人はと言うと、ベルナールさんにブドウの世話の仕方を教わってる。
そんな光景みながら私は思った。ここ、やっぱホテルにしてもいいんじゃない? 部屋数多いし。
最初にふとそんなプランが頭に浮かんだけど、我ながらいいアイデアかも!
異世界に遊びに行きたいって人は多く、宿泊施設が追いついていないらしいから、これはなかなかの商機かもしれない。
異世界ならではのお料理とか頑張って腕上げて。
昔ながらの暮らしが味わえます! そんな異世界で休暇を楽しみませんか? みたいな。
そんなこと考えつつマガモをさばいてると、主人がおーいと言いつつ何かハガキみたいなのをもって家に入って来た。
「招待状だって。歓迎会してくれるそうだ!」
やっほーい、ということは私たち、コミュニティの一員として認められたんだわ。
と喜んでいたのだが。
実はこの、歓迎会が地獄だったのだ……いやマジな話。




