スローライフ・オブ・ザ・デッド
2019.09.22 3話投稿(3/3)
「酷いね、君は。いきなり撃つとはどういう了見だい?」
男の声が聞こえた。
銃を向けながら男が倒れた場所をみるが、男は倒れたままだ。
落ち着こう。今の声は明らかにスピーカーだ。つまりこの男は偽物か?
「酷いのはそっちだろう? コイツがお父様だというから殺したんだが?」
「……もしかして君は殺し屋なのかい?」
「まあ、世間ではそう言われているね」
「やれやれ、君達殺し屋はなんて仕事熱心なんだろうね? 人は皆、仕事なんかせずに面白可笑しく生きたいんじゃないのかい?」
「面白可笑しく生きられない世界にしておいて良く言えるな?」
「そうかい? 僕は皆の願いを叶えてあげたんだけどね?」
この男は何を言っているんだろうか。皆の願いとはなんだ?
「分かっていない顔だね? 外の状況をよく知っているだろう? ゾンビ達は仕事なんかせずに本能のままに生きているじゃないか。腹が減ったら適当に何かを食べて、眠くなったら眠る。仕事もしないし満員電車に乗ることもなく人間関係に疲れるようなこともない。皆が望んでいる状況になっているだろう?」
本当に何を言っているんだろうか。本気で言っているのか冗談で言ってるのか分からない……が、分かったこともあるな。コイツは馬鹿だ。
「皆がこんな状況を望んでいたと? そもそも前提がおかしいだろう。ゾンビになった人間は死んでいる。死んでまで望みを叶えたい奴なんていない」
「そうかい? 普段から生きているか死んでいるか分からない感じなのだから、生きていようが死んでいようが同じだろう? 僕はこのシェルターから都市部の人間を観察していたけどね、朝の通勤時間、誰も楽しそうではなかったよ。会社に行きたくない、面倒くさい、眠い、休みたい、そんな考えが似合う顔だったね。月曜日は特に。もちろん、全員が全員そうだとは言わないが、9割以上はそうだったよ?」
「それは否定しないが生活のために仕事をするしかないんだよ。嫌だとしても仕事はしないと生きていけないんだ。それに朝っぱらから笑顔でいたらそれはそれで危なそうな奴だろう? それと帰宅時の顔は見てないのか? 仕事から解放されてこれからだ、という人だっていただろ? だいたい、そんな理由でゾンビにしたのか? だったら余計なお世話だ。お前は何様のつもりだ?」
「僕は別に何様でもないよ。ただ、手を差し伸べてあげただけさ。君達が望む世界を実現してあげようとね。僕には分からないが、大半の人間は仕事をせずに田舎でのんびり暮らしたいんだろう? たしかスローライフと言ったかな?」
確かに俺もそう思ってたけどスローライフをしたいからってゾンビになりたいわけないだろうが。ゾンビのスローライフなんて何の意味もない。
「今の都市部にはどこにでも食糧があるだろうね。でも、そのうちになくなる。都市部には食べられる動物や木の実なんてものはないが、自然の多い田舎ならそういう食料は豊富だろう。ゾンビ達はいつか田舎のほうまで食料を探しに行ってそこでのんびりと暮らせるわけだ――ほら、やっぱり僕は皆の仕事もせずにスローライフをしたいという願いを叶えたようだ。ちょっと死ぬけど、それくらい誤差の範疇さ」
なるほど、話が通じない奴なんだな。まあ、お互いが完全に分かり合うなんてありえないし、話はここまでだろう。
「大体わかった。お前がどういう奴なのかもな。で、お前はどこにいる? これから殺しに行くから場所を教えてくれないか?」
「僕としてはもっと話をしたいんだけどね? それに教えてくれないか? 君から見て僕はどんな奴なんだい? よくサイコパスとかいわれるが、僕をそう言った奴は大体言った本人がサイコパスだったよ。もちろん、殺し屋をしている君もサイコパスだね」
「自分の評価が気になるのか? 安心しろ、お前はサイコパスなんかじゃない」
「へぇ? それは面白い意見だ。じゃあ、何なのか聞かせてくれないか?」
「ただの馬鹿だ。サイコパスなんて上等なものじゃないから安心しろ」
「……馬鹿? 君は僕を馬鹿だと言ってるのかい?」
「それすら分からないから馬鹿なんだ。まあ、もういいだろ。話は終わりだ」
「待ってくれ。僕が馬鹿だって? オリジナルから計画を盗み、優秀な人間たちを殺した僕が馬鹿? あらゆる知識を得てウィルスを作ることに貢献した僕が馬鹿だと?」
ずいぶんと食いつくな。もしかして馬鹿と言われたことに怒っているのか?
「頭はいいとは思うよ。知らなかったが、こんなウィルスを作ったのがオリジナルじゃなくてお前だったのなら、相当優秀な頭脳を持っているんだろうな」
「なら――」
「でも、馬鹿だろ? こんなことをするなんて。しかも皆の要望に応えたなんて言ってる時点で痛々しい。サイコパスだってもっとマシな理由を言うよ。オリジナルも馬鹿だったが、その計画を乗っ取ったお前も馬鹿で間違いないね。で、どこにいるんだ?」
「……取り消せ」
「なに?」
「僕は馬鹿じゃない。優秀な人間――いや、人間なんて下等な生物じゃない。クローンとして生まれた僕はそもそも人間なんかじゃないんだ。それを人間ごときのお前が馬鹿にしていい訳がない」
結構頭にきているみたいだな。自分のアイデンティティが頭の良さってことなのかも。それが分かっても別に意味はないけど――いや、それを使って出来るだけ怒らせておくべきだな。冷静さを失ったほうが死ぬ。それは絶対だ。
「一つ聞きたいんだが、アンタから見て俺はどうだ? 優秀そうかい?」
「たかが人間が何を言ってるんだい? 人間の中では多少優秀かもしれないが、僕からしたらたいして変わらないね。まあ、人間なんで全員馬鹿だから気にすることはないよ」
「そうか。でも、アンタはさっき、優秀な人間たちを殺したとか言ってたよな?」
「ああ、そうだったね。ならいい方を変えよう。人間の中では優秀な奴らを殺した、だね――いや、ゾンビになったわけだから、馬鹿だったのかな? まあ、どっちでもいいか。僕に殺された時点で、少なくとも僕よりは馬鹿と言うことだけは証明されているからね」
「なるほど。それじゃ俺がアンタを殺せば、お前は馬鹿な人間に殺された奴として馬鹿よりももっと下に位置する奴になるわけだ」
返事がない。相当怒っていると見たがどうだ?
「面白いね、君は。いままで人間なんてどうでもいいと思っていたんだけど、本当に殺したいと思ったのは初めてだよ」
「奇遇だな。俺も殺し屋として本気で殺したいと思ったのは初めてだ」
親戚連中や上司がいるからそれは嘘だけど、返す言葉はこういう方がいいだろう。煽るだけ煽っておかないとな。
「人をイラつかせる才能はあるようだ――そうそう、僕の居場所だったね。このシェルターの一番奥にいるよ。そこまで来れたら相手をしてあげようじゃないか」
「情報提供に感謝するよ。それじゃ早速向かおう」
「まあ、待ちたまえ。ここに来れるのは一人だけだ。その一つの席をめぐって争ってもらえるかな? さすがに殺し屋二人を相手にするのはちょっときついからね。お互い仕事熱心みたいだから君かもう一人、どちらかが死んでもらえると助かるよ。もちろん僕は適合者である君を応援するけどね」
殺し屋が俺ともう一人……まあ、そうなるよな。くそ、やっぱり死んでなかったか。
そう思った瞬間、大きなものが壁にぶつかるような大きな音がして、壁一面の鏡にひびが入った。そしてもう一度大きな音がすると、鏡が粉々に砕け散る。
割れた鏡の中からは、予想通りと言うかなんというか、上司が出てきた。いつも通りの黒い軍服。これで外を歩いたらコスプレだと思うんだが。
そしてその上司は俺を見て凶悪そうに笑った。
「嬉しいねぇ、前菜の前にメインディッシュが食えるなんて。コース料理はメインに行きつくまで時間がかかるから好きじゃなかったんだよ」
「高級レストランになんか行ったことないだろ? 金持ってんだからたまには牛丼以外も奢ってくれ」
とは言っても困ったな。こっちはメインディッシュの前に前菜でお腹いっぱいになりそうだよ。




