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スローライフ・オブ・ザ・デッド  作者: ぺんぎん


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優しい従兄

2019.07.07 1話投稿(1/1)

今回は1話のみです。約9000文字。

 

 ホテル「カテドラル」の最上階スイートルーム。


 そこで女性が椅子に座り、天井を見上げていた。豪華なシャンデリアと天井に描かれた夕暮れの海の絵。スイートルームには似つかわしくないが、この女性の要望でそのように作ったのだ。


 その女性、六道蓮花リクドウレンカは、見た目の優雅さとは裏腹に言いようのない不安に襲われていた。


 ゾンビにしたアマゾネス達に、従兄である六道百夜リクドウヒャクヤを殺せと命令したが、それは失敗した。


 ヒャクヤは適合者。女のゾンビで殺せればもうけもの、その程度の考えでアマゾネスのゾンビを送った。それが失敗しても負けない理由がある。それは世界がこうなる前から少しずつ増やしていた殺し屋のゾンビ。これらがいる限り自分の安全は守られている。そう思っていたからだ。


 自分がいるように見せかけた車のテレビカメラでヒャクヤの姿を見たときに、アマゾネス達は失敗したことを悟った。そしてスマホ越しに殺し屋のゾンビがいると伝えた。その時点で自分の勝ち――そのはずだった。


 ヒャクヤの家族を殺したのは殺し屋だ。レンカは自分の両親に対して劣等感を植え付け、間接的にヒャクヤの両親を殺させたのだ。ヒャクヤも死んでいたと思っていたが、それは違うことが判明した。


 レンカはヒャクヤがこの10年どんなことをして生きていたのか知らないが、殺し屋と聞けば震えあがると考えていたのだ。その様子を見たかったのだが、ヒャクヤから返ってきた答えは想像を超える内容だった。


 ヒャクヤは殺し屋としてこの10年生きていた。


 そしてレンカは自分の知らない殺し屋のランキングの話を聞かされた。


 ヒャクヤのランキング2位。さらには名前も変えている様子。


 レンカはそれを嘘だと思った。嘘、ハッタリ、フェイク。本当は怖いくせに負けを認めたくなくてそんな嘘をついた。そう思ったのだ。


 レンカはそばにいるゾンビに声を掛けた。


「貴方、ハッケセンジュという殺し屋を知っているかしら? 知っていたら教えなさい」


 殺し屋の世界で名が売れる、それは決していいことではない。名前が売れるということはやり口も自然と広まる。仕事の達成がしにくくなるのだ。そして名を上げたい殺し屋に狙われる確率も増える。名が売れている時点ですでに命がないか、三流だというのが殺し屋の世界の常識だ。それくらいはレンカも知っている。


 質問されたゾンビはすぐにスマホを取り出して操作を始めた。


 するとレンカのスマホにメールが届く。レンカはそれを読んだ。


八卦千住ハッケセンジュ。偽善者の二つ名で呼ばれる。依頼達成率は100%。自分から殺し屋を狙うことはないが、狙ってきた殺し屋は必ず返り討ちにする。その数は300越え。ランキングは2位だが、仕事のえり好みが激しく、獲得依頼料が低いのが理由。実質世界1位』


「……は?」


 レンカはこのメールに書かれていることが即座に理解できなかった。だが、無意識に座っていた椅子から立ち上がってしまった。


 支配者であるレンカの質問にゾンビは嘘をつけない。命令は絶対だ。つまり、このゾンビの知識で八卦千住は世界一の殺し屋だと言っているのだ。


 しかし、世の中は個の強さよりも集団の強さだ。たとえ世界1位だろうと、たった1人で集団を相手に立ち回れるわけがない。


「このホテルには100人近い殺し屋のゾンビがいる。貴方達ならセンジュを殺せるわよね?」


 ゾンビは少しだけ迷ったがすぐにスマホを操作し始めた。


 またレンカのスマホにメールが届く。


『無理。ここにいる殺し屋のゾンビはランキングで言えば最高でも2000番台。素人を殺せるのが関の山。素人レベルの殺し屋が、プロの殺し屋に勝てる訳がない』


 レンカは絶句した。


 自分を護衛している殺し屋がヒャクヤのことをプロの殺し屋と言ったのだ。


 普通の人から見たら殺し屋なんて誰も同じだ。だが、そこには明確な強さの基準があり、それがランキング。実質1位の殺し屋に素人の殺し屋が何人いても意味はない、ゾンビはそう言っているのだ。


 レンカは絶句していたが、徐々にそれは怒りに変わった。


「なぜ! どうして! ここの殺し屋たちはなんでそんなにランキングが低いの!」


 それはゾンビに対する質問ではない。タダの愚痴だった。だが、ゾンビはそれも質問だと捉え、律儀にメールを送る。


『自分もそうだが、お前のような素人に殺される殺し屋なんてランキングが低いのは当然。殺し屋は運でも実力でも生き残れるだけで優秀。八卦千住は運も実力も世界屈指の殺し屋。そいつに狙われるとは運がないな』


 レンカはそのメールを見た瞬間にゾンビの顔をひっぱたいた。


 一回でなく往復で何度も。どれだけ叩いてもゾンビは痛がりもしないし、倒れたりもしなかったが。


 逆に叩いているレンカのほうが手に痛みを感じてやめた。そして叩いていた手をもう片方でおさえながらゾンビを睨む。


「貴方達には銃器を相当数預けているでしょう! 殺し屋の実力なんて装備の良さで覆しなさい!」


 このホテルでは銃器の密売もしていた。その在庫のほとんどを殺し屋のゾンビたちに渡していたのだ。


 ヒャクヤが持っていた銃は小型のものだ。ここにはあらゆる銃器がそろっている。殺し屋の実力的に劣っていたとしても、負ける訳がない。このホテルに籠城して入口を固めれば何とかなる。そうレンカが思った直後だった。


 護衛のゾンビが勝手に動いた。レンカと窓の間に移動したのだ。


 レンカはそれを見てため息をつく。


「また命令を忘れたの? なんで命令を覚えておけないのかしら――」


 ゾンビ達に命令を出せるが、その命令を覚えておける数はすくない。せいぜい、3か4だ。支配者たる自分を襲うことはないが、質問に回答させたことで護衛をする任務を忘れたとレンカは考えた。


 改めてゾンビに自分を護衛するように命令しようとした矢先、何か小さな音が聞こえたと思ったら、目の前のゾンビが糸が切れたように倒れた。


「……え?」


 レンカには何が起きたのか分からなかった。だが、倒れたゾンビの頭を見て一瞬で理解した。


 頭を撃ち抜かれている。


 すぐに窓のほうを見ると、外を見渡せる巨大な窓ガラスに銃弾が通ったと思われる穴が開いていた。


 そう思った瞬間にレンカは床に伏せて頭を抱えた。


「ひいっ!」


 ゾンビは命令を忘れたのではない。ゾンビは五感が優れるという副作用がある。このゾンビは狙撃されるのが分かって自分を庇ったのだ。その考えに至った瞬間にようやく自分が狙われているのだと、改めて理解した。


 レンカは頭を抱えながら涙目になって床をはいずりまわった。効果があるか分からないが立っていたら確実にやられる、急いで窓のある部屋から逃げ出さなくては。そんな思いで床にうつぶせになりながらドアの近くまで移動していた。


 しかし、ここはホテルの最上階。VIPも泊まるこの部屋が狙撃されるなどありえない。少なくともこの部屋を狙えるのは1km離れたビルからでないと部屋を視界に収めるのも無理なはず。


 だが、レンカはすぐに考えを改める。六道百夜、もとい八卦千住は世界最高峰の殺し屋なのだ。1kmの狙撃ですら可能なのだろう。現に護衛のゾンビが移動しなかったら自分の頭に当たっていた可能性が高い。


 そもそもここが安全だと言われているのは狙撃ポイントが1km先のビルだけであることが判明しており、そこから狙撃すれば殺し屋も無事では済まないからだ。だが、すでに警察すらない無法地帯で逃げるための工作をする必要はない。堂々と狙撃できるのだ。


 レンカはそう考えた瞬間に全身から冷たい汗が噴き出した。


 今まで命を狙われたことなんてない。そうならないように自分以外の人間を動かして思い通りに生きてきた。だが、死んだと思っていた従兄が生きており、自分を殺すと言った。初めて感じる恐怖に呼吸すら上手くいかない。


「死んで――死んでたまるものですか! 私は六道蓮花なのよ! こんな、こんなところで死ぬような運命じゃない!」


 レンカは大きな声を出して勇気を奮い起こす。


 勝てなければ逃げればいいのだ。この計画を共に実行した人間がシェルターにいる。その男に多額の研究費を渡してきたのだ。この計画の半分近くは自分の投資によるもの。あとで迎えに来ると言っていたので待っていたが、もうそんなことは言っていられない。すぐにでも迎えに来てもらうのだ。


 レンカは息をするのも困難な状態から扉を開けて部屋の外へ出た。


 少なくともここなら狙撃されることはない。大きく息を吐き、スマホを取り出して操作を始めた。そしてスマホを耳に当て数秒待つ。すると通話が繋がり男の声が聞こえてきた。


「やあ、レンカ君。君から電話をくれるなんて珍しいね。外は楽しいかい?」


「前置きはなしよ。今すぐ私を救出に来なさい。私もシェルターの中に住むわ」


「どうしたんだい、いきなり? 生き残った人間たちの苦しむ姿が見たくて外へ残ったんだろう? なかなかいい趣味じゃないか」


「事情が変わったのよ! 今、私は殺し屋に狙われているの! 危険な奴で、ここにいるゾンビ達じゃ歯が立たない可能性が高いの! だから助けなさい!」


 一瞬、間があった後、通話先の男が大きな笑い声をあげた。


「笑っている場合じゃないのよ!」


「いや、すまない。何をしたのかはしらないが、こんな世界になっても殺し屋に狙われるのかい? 僕も人のことは言えないんだけどね。だが、殺し屋というのは実に勤勉だね。依頼料が出ないのだからサービス残業みたいなものなのかな? とてもブラックだ」


「そんな冗談を聞いている場合じゃないのよ! すでに狙撃されているの! 急いで救出部隊を送りなさい! いえ、それよりも狙撃している場所にミサイルを撃ち込んで! それくらいの装備もあったでしょ!」


「ああ、それなんだけど。実は計画が変わってね。シェルターにいる人間は僕以外、全員ゾンビになってしまったんだ。残念だけど、救出もできないし、ミサイルを撃ち込むのも無理かな。そんなに難しい命令はお覚えられないと思うよ」


「な、なにを言っているの……? そこにいる人達は終末の世界を生き延びて、次の世代の新たな指導者になる人達でしょう……? それにあらゆる分野で優秀な人材を避難させていたはずじゃ――」


「だから言っただろう? 計画が変わったと。世界を再生させる必要はないよ。世界の支配者が一人いればいいだろう? 残りは全部ゾンビで構わないじゃないか。だいたいね、どんなに素晴らしい技術を持っていても、優秀な人間以外は必要ないと思っている奴が正しいと? 彼らは僕たちの計画に賛同したわけだが、はっきり言ってクズだよね」


 男はそういうとまた笑い出した。レンカの耳には楽しそうに笑っている声がとても不気味に聞こえ、それと同時に怒りが沸く。


「なら貴方こそクズでしょうが! この計画を持ち掛けたのは貴方でしょう!」


「その通りだよ。ようやくわかってくれたかい、僕がクズってことに」


「な……」


「だけどね、どんな評価もそれは相対的なものだろう? 生き残れる人間が一人だけなら、クズかどうかなんて関係ないはずだよ? 比較対象がいないからね」


 レンカは気づいた。男は計画を途中で変更したと言っているが、もともと自分だけが生き残るつもりだったのだと。


「貴方……最初から……狂ってたのね……!」


「それはお互い様だよ。だいたい、この計画に乗るような奴なんて全員狂っているだろう。僕は自分が狂っていることを理解している。でも、君達は自分が狂っていないと思っているんだろう? そういうのはサイコパスと言うんだよ」


「お前が一番のサイコパスだろうが!」


「おやおや、女性がそんな口の利き方をするもんじゃないよ。それじゃ話はここまでだ。残念だけど救出部隊を送ることはない。自分で何とかするんだね。でも、君は運がいいよ。最初からシェルターにいたら君はすでにゾンビだったからね。外にいたから生きられたんだ。その持ち前の運でぜひとも生き延びて欲しいよ。それじゃ、この番号は着信拒否にしておくから。最後に話せてよかったよ。さようなら、レンカ君」


 その言葉を最後に通話が切れた。慌てて同じ場所へ繋ごうとするが、電子音のアナウンスが流れて繋がることはなかった。


「くそ! くそ! くそがぁ! あの男! 最初から――最初からそのつもりでいたな!」


 レンカはスマホを床に叩きつけた。そして怒りに任せてスマホを何度も踏みつける。


 何度か踏みつけた後に、こんなことをしている場合じゃないと考えを改めた。


 あの男に頼れないなら、自分で逃げるまで。幸い、生存組合のピースメーカーとは交流がある。あそこへ逃げ込みさえすれば、まだチャンスはある、そんな希望を持って考えを張り巡らせた。


 アマゾネスによる襲撃のために車の類はすべて使ってしまった。かろうじて馬車があるが、馬を操ることなんて出来ない。ゾンビたちにも無理だろう。それに馬車で逃げ出したりしたら狙撃してくれと言っているようなものだ。ならばゾンビに紛れて逃げるのが一番ではないかという考えに至った。


 なら、まずはどれくらいのゾンビが周辺にいるのか確認しなくてはいけない。そこそこの集団に紛れ込めばいい、レンカはそう思って、廊下の北側奥にある窓に近寄った。狙撃は南からなので、北側の窓から顔を出したとしても狙撃はできないはず。そう考えて、ホテルの周辺を見た。


「なによ、あれ……どうして、こんなにたくさんのゾンビが……」


 昨日まではまばらだったゾンビ達がホテルの周辺を取り囲んでいた。しかも軍隊のように整列しており、明らかに命令された行動だ。レンカはこれがヒャクヤの仕業だとすぐに理解する。


 相手がゾンビならこちらから命令を下せばいい。だが、あれほどの数のゾンビなら命令を出している間に襲われる可能性がある。


 適合者と違い、支配者は人間のままゾンビに命令できる。だが、命令されたゾンビに襲われないなんて話は聞いていないし、それを試すつもりもない。それに適合者と違って支配者もゾンビになることは判明している。


「どうしたら――どうしたらいいの!」


 レンカは廊下をウロウロと歩きだした。すでに逃げることも不可能。ならば、戦うしかない。


 確かにヒャクヤは世界最高峰の殺し屋なのだろう。適合者とはいえ、一人の人間が百人近い殺し屋に勝てるのだろうか。銃器もこちらのほうがはるかにいい物だ。自分の代わりに狙撃されたゾンビは勝てないと言っていたが、その認識に間違いがある可能性だってある。


 レンカはそう思いなおして、このホテルで迎撃する準備を開始した。




 30分後、ゾンビたちに最新の銃器を渡して、このホテルに入ってくる者を殺すように命令するのが終わった。


「これなら大丈夫……1人の殺し屋が100人の殺し屋を殺せるもんですか……」


 レンカは自分にそう言い聞かせた。そして震えながら護身用に持っている小さな銃を大事に抱えていた。


 自分で銃を撃ったことはない。だが、至近距離なら当てられる可能性はある。ヒャクヤがここまで来れたのなら、土下座でも何でもして詫びる。そして近づいたところで銃を撃てばいい。


 ヒャクヤのことはよく知っている。10年間殺し屋をやっていたとはいえ、そう簡単に根本の性格は変えられない。通話では命乞いが通じないと言っていたが、そんなはずはない。私が泣いて土下座すれば、許してくれる可能性は高い。


 子供のころ、自分のわがままから、二人だけで海を見に行った。お互いの親が私たちを叱ったけど、ヒャクヤはずっと自分が悪いと私を庇ってくれた。私が悪いのに、私を庇ってくれた優しい従兄。


 あの時の景色は今でも覚えている。なんとなく悲し気な夕暮れの海。あれから夕陽の海が好きになった。つまらないと思える世界で唯一感情が揺さぶられたと思える景色。


 そんな昔のことを思い出していたら、かすかに銃声が聞こえた。ホテルのロビーで戦闘が始まったのだとレンカは理解する。


 このホテルは30階以上の建物だが、ロビーが最上階まで吹き抜けになっている円柱のホテル。ロビーでの銃声が最上階まで聞こえてくるのだ。


 エレベーターはすべて止めさせた。そしてすべての部屋と非常階段への入口もロックしてある。つまりここまで来るには1階1階通常の階段を通って来るしかない。そのすべての階で殺し屋を待機させた。今はすべての階からロビーに向かって銃を撃っているのだろう。


 銃声が止めばヒャクヤを殺した合図でもある。この吹き抜けの廊下でなら隠れる場所もなく、ゾンビたちの知覚から逃れる術もないはずだ。それにゾンビ達にはヘッドホンを付けさせて適合者の命令を聞けないようにしてある。


 レンカは平常心を保ちながら、スイートルームまで戻った。狙撃された場所ではあるが、ヒャクヤがロビーに現れた以上、ここが狙撃されることはない。だが、念のためカーテンを閉めてから、椅子に座り込んだ。


 銃声が止まることなく近づいてくる。それはヒャクヤが近寄ってきているという意味だ。


 すでに半分くらいは進んだのだろうか。それともまだ数階程度だろうか。少しずつ近づいてくる銃声にレンカはとてつもない恐怖を感じていた。1分、1秒がとても長く感じられる。


 それに喉が渇く。


 高価なワインをグラスについで、一気に飲んだ。


 本来ならこの程度でも軽く酔えるのに、まったく味もしないし酔いもしない。自分が自分でない感覚になっていくのが、さらに恐怖を助長させた。


「ど、どうして、私が、こんな目に……」


 レンカはそうつぶやいて、なぜこんなことになったのかを考えた。


 世界がつまらなかった。すべて自分の思い通りに動かせたからだ。自分は支配される側ではなく、支配する側だと子供のころから思っていた。だが、現実はそうじゃない。自分よりも劣る者が自分の上にいる。それが許せなかった。


 両親にそれとなく叔父と叔母の遺産を相続する方法があることを聞かせた。軽いノリで殺し屋がいるかもしれないことも伝えた。両親は本当に殺し屋を雇った。両親は殺し屋に依頼したのを私が知らないと思っていただろう。


 両親が受け取った遺産で裕福になった。自分の使えるお金が増え、両親に内緒で自分の資産を増やした。


 そんな時、あの男を紹介された。優秀な人間だけを集め、残りをゾンビにしてしまうZパンデミック計画。別名「ノアの箱舟」計画、それの資金提供をしてくれないかと持ち掛けられた。


 絵空事に金は払えないと断ったが、人をゾンビに変える白い少女を見せられた。だが、この子だけでは意味がない。もっと量産しないと計画は実行できない。その資金が必要だと言われた。


 これだと思った。世界を面白くする方法、しかも自分が支配する側になれる。すぐに研究資金を提供した。今まで以上に金を稼ぎ、そのほとんどを研究費に充てさせた。


 そして、ようやくここまで来た。無能な者が死んでいく世界。完全な弱肉強食。ゾンビが溢れた世界は楽しい。


 このホテルから眺める世界は自分の望んだ世界だった。そして自分はゾンビに命令できるし襲われない。そんな強者になった。


 だが、裏切られた。あの男は最初からこうするつもりだったのだろう。私はあの男の手のひらの上で踊っていただけに過ぎないのだ。


 そして死んだはずの従兄が生きていた。優しいだけが取り柄の何も持っていない私の従兄。でもその従兄が最強の殺し屋として私を殺しに来る。


 何をどこで間違ったのかは分からない。もしかしたら全部間違っていたのかもしれない。でも、生き残りさえすれば間違いなんてないはずだ。


 ならばこの危機を乗り越えて、さらにはあの男を殺す。自分が唯一の支配者になるのだ。


 レンカはそう考えて覚悟を決めた。


 その直後に銃声が止む。


 ヒャクヤを殺したのか、そう思い、椅子を立ち上がった。


 だが、この部屋に近づいてくる足音が聞こえた。本来、部屋の中に聞こえるようなものではないが、今までの銃声の反動か、大理石の廊下を歩く小さな音が大きい音のように感じられた。


 一歩一歩、それは確実にこの部屋に向かって来ている。


 ゾンビではない。ゾンビにここへ来るようには命令していない。


 ならこの近づいてくる足音は――レンカがそう思ったときに部屋の扉の前で足音が止まった。


 だが、扉は開かない。もちろん鍵はかけてある。銃を持っている人間にそれは意味がないのも分かっている。


 数秒か、数分か。そのまま何も起きない状態にレンカは耐えられなかった。扉に駆け寄って外にいるだろうヒャクヤに声を掛ける。


「ヒャ、ヒャクヤ、貴方よね? き、聞いて欲しいことがあるの。許せないとは思うけど、今までのことは謝るわ。それと許してくれるなら条件を言ってちょうだい。貴方が望むことはなんでもする。奴隷のように扱ってくれても構わない。だから命だけは――」


 レンカが言えるのはそこまでだった。


 銃声が一発聞こえたと思ったら、扉に穴が開いたのだ。その穴の開いた場所はレンカの頭がある位置だった。


 レンカはいつの間にか仰向けに倒れて天井を見ていた。スイートルームにある天井のシャンデリアと夕暮れの海の絵。レンカが最後に見たのはそれだった。




 スイートルームに一人の男が入ってくる。


 男は八卦千住。


 仰向けに倒れたレンカの死体を見て、複雑そうな顔をした。


「復讐しても特に気分は晴れないな。もっと気分が良くなるかと思ったんだが。だが、落とし前は付けさせた。これですべてチャラだ。もう、お前に対して怒っていないよ」


 センジュは複雑そうな顔から穏やかな顔になり、目を見開いたままのレンカの瞼を閉じた。


 そしてセンジュは少しだけ昔のことを思いだした。お盆や年始に挨拶に来る時くらいだが、子供の頃は一緒に遊んだのだ。親に内緒で一緒に海を見に行ったこともある。


 何をどう間違ってこんな風になったのかセンジュは知らない。だが、事情は知らなくても、レンカを可哀そうだと思った。


「嫉妬に囚われず、真っ当に生きる人生だってあったはずなのにな。そうすれば俺も……いや、そんなことを考えても仕方ないか。真っ当に生きたとしてもゾンビが溢れる世界になるわけだし。それじゃレンカ、そろそろ行こうか。確か海が好きだと言ってたよな?」


 センジュは天井を見上げてそこに描かれている海の絵を見る。日が沈む夕暮れの海だ。


「こんな絵の海じゃなくて、本物の海が見える場所に連れてってやるからな」


 センジュはレンカを大事そうに抱きかかえると、スイートルームを後にした。


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