可愛い従妹
2019.06.30 3話投稿(2/3)
日が昇り周囲が明るくなってきた。
ゾンビが溢れる世界になって夜も朝もずいぶんと静かになった。聞こえてくるのはゾンビのうめき声くらいだろう。それもこの町内に限って言うとほとんど聞こえない。俺がうるさくするなと命令しているからだ。聞こえてくるのはパトロール中のゾンビが歩く音くらいだろう。
そんな中で聞こえてくる車の音はとても目立つ。どうやらアマゾネスの連中がやってきたみたいだ。朝早くからご苦労なことだ。
ベランダのほうへ出て、音がする方を見る。
マンションの目の前にある通りを北のほうからゆっくりと移動しているようだ。建物の陰で良くは見えないが、そこそこの規模に思えるな。
よし、俺もマンションの前に行くか。
マンションで籠城してもいいけど、入口とかを壊されたら困る。レンカのターゲットは俺なんだから、マンションの外へいたほうが皆も安全なはずだ。
エレベーターで移動しながら考える。
ゾンビをけしかければおそらく勝てるだろう。だが、向こうの戦力が良く分からない。数で勝てると思っているだけなのか、それとも何か勝てる手段があるのか。それが分からない限りゾンビをけしかけるのはやめておこう。
ゾンビはすでに死んでいる。憂慮する必要はないのかもしれないが、しゃべれないだけで意志や感情などがあるように思えるんだよな。無駄に突撃させてまた死なせるのも可哀想だ。出来るだけ大切にしてやらないと。
「センジュ、聞こえる? ドローンでアマゾネスたちの写真を撮ったよ。いま、スマホに送るね」
「ああ、ありがとう。助かるよ」
マコトちゃんが改良したヘッドホン型のトランシーバーから声が聞こえてきた。ドローンを使って上空からアマゾネスを撮ったのだろう。その画像がスマホに送られてきた。
いくつもある画像を確認していく。
どうやら車やバス、トラック等を使っているようだ。ナタリーさん達は馬に乗っていたし、昨日は馬車で来ていたから、そういう類の物はないと思っていたんだが、そんなことなかったな。レンカのことだ。いざという時のために隠していた可能性がある。
強くもないレンカがなぜ幹部だったのかを日が昇るちょっと前にやってきたジュンさんに聞いてみたら、どうやらアマゾネスが拠点としているホテル「カテドラル」が、レンカの所有物だったかららしい。
パンデミック発生時、女王の避難誘導でホテルに逃げ込んだが、そこがレンカのホテルだったわけだ。本来、場所を提供しているレンカがトップに立つべきだったが、女王の支持者が多くてダメだったらしい。
改装中のホテルということで客はいなかったみたいだが、レンカ一人だけというのはおかしい気がする。だいたい、改装中のホテルになんでいた? 自分のホテルだからといってパンデミックがあった時に偶然いたなんてあるのか? それにあのホテル、確か殺し屋たちが良く利用しているとか噂を聞いたことがある。なんとなく胡散臭いな。
いや、それはどうでもいいか。今はちゃんとほかの写真を見て戦力を分析しよう。
……思ったより普通だな。バスの窓から見える女性たちが持っているのは近接用の武器だろう。警棒とか包丁みたいなものを持っているようだ。こんなんで勝てると思っているのだろうか。
俺を殺し屋だとは思ってないだろうが、適合者でゾンビを操れるのは知っているはずだ。それなのにこの程度の装備?
レンカの奴が何をしたいのか分からない。こんなことを分からないほど馬鹿じゃないはずなんだが。
エレベーターが1階についたので、外へ出て通りの中央に立った。ここなら向こうも俺を認識できるだろう。車で轢き殺そうとするかもしれないけど、そんなのに当たる俺じゃないし問題はないな。
でも、よく考えたら向かって来ている団体が本体という訳じゃないかもしれないな。陽動と言う可能性もある。
「マコトちゃん、あの集団以外にほかの集団が見えたりしないかい?」
「ドローンで見た限りはどこにもいないね。それにいたるところにゾンビを配置しているんでしょ? 誰かが通れば連絡が来るようになってるんじゃないの?」
「そうだね。ということは本当にあれだけなのか」
陽動か何かかと思っていたけど、そういう訳でもないみたいだ。
おそらくだけど、レンカはあの黒い車に乗っているのだろう。防弾ガラスを使っているような要人送迎用の車だと思う。規模の大きいホテルならそういうのがあってもおかしくない。
なんとなく不気味だな。俺を殺すつもりで来ているとは思うんだが、どうやって殺すつもりなのか全く見当がつかない。
そうこうしていると、アマゾネス達の車がマンションの入り口よりも100メートル手前くらいで停まった。そして全員が降りてくる。全員武装しているが、その装備は俺から見るとかなり貧弱だ。
これならゾンビにやらせても問題ないな。
なんだ? なにかを設置し始めた? スピーカーか?
「ヒャクヤ、聞こえる? レンカだけど」
スピーカーからレンカの声が聞こえてきた。あの黒い車の中からスピーカーを通して話しているのか?
「ナタリーたちから聞いているんでしょ? 悪いけど、死んでもらうわ。貴方の血肉を使ってワクチンを作るつもりなの。優しかったヒャクヤなら、可愛い従妹のお願いを聞いてくれるわよね?」
可愛い従妹ね。10年以上前にはそう思ったこともあったが、今はかわいらしさの欠片もないな、よってお願いを聞く理由もない。
「それじゃあね」
レンカがそう言うと、アマゾネス達がこちらに走り出してきた。
本当にただの特攻なのか? まあいいか。
近くにいた傭兵と警官のゾンビ達に少女たちの武器を奪って無力化しろ、と命令した。
近くで息をひそめていたゾンビたちがワラワラと出てきて、アマゾネス達を囲んだ。数はこちらの方が少ないが、これで終わりだ。
……なんだ? ゾンビ達が押されている? 普通の女の子に?
ゾンビの壁を乗り越えて、一人の女性が俺に迫った。そして包丁を振りかざしてくる。
後ろへ逃げる形でバックステップ。
包丁は躱したが、さらに追撃してくる。それも躱していく。
仕方ない。ちょっと痛い思いをさせるが、ダメージを与えて動きを止めよう。
包丁で切りかかってきた腕をとり、一本背負いで地面に叩きつけた。コンクリートだから痛いと思うが、許してくれ。
だが、女性は何事もなかったように立ち上がって包丁で攻撃してきた。
おかしい。普通の女性がこんなことを出来るか? しかも、うめき声一つ上げないなんて。見た限り目はうつろだが、ただの女性だと思うのだが――目がうつろ? まさか!
「止まれ!」
目の前の女性がピタリと止まる。周囲のゾンビも俺の命令で止まったようだ。
女性がゾンビなのは間違いない。でも、なぜだ? 俺を襲うように命令したのは分かるが、それをどうやって……?
まさかレンカも適合者? いや、昨日、逃げ帰るときの動作は普通だった。適合者なら肉体の限界まで動けるはず。適合者じゃないはずだ。
なら適合者の協力者がいるのか? その可能性が一番高いな……となると、あの車の中か?
ゾンビたちに止まれと命令しながら、車のほうへ近づいた。スモークガラスで中は見えない。後方左側のドアハンドルを掴むと簡単に開いた。
車の中には運転手のゾンビしかいないようだ。逃げた訳じゃない。最初からいなかったんだと思う。
レンカがここに来ないことは予想できたが、これは一体どういうことなんだ? ゾンビをけしかけて終わり?
そんなことを考えていたら、車の中でスマホの着信音らしきものが聞こえてきた。どうやら後部座席の下にスマホが落ちているようだ。おそらくだが俺へのメッセージだろう。とりあえず出てみるか。




