名前
2019.06.23 3話投稿(2/3)
夕刻、ナタリーさんから連絡があった。そろそろ到着するらしい。全部で七人だそうだ。
それと同時にゾンビからも連絡を受けた。1台の馬車と、それを護衛する馬に乗った人たちが3人ほどマンションのほうへ向かっているらしい。
とりあえずその人たちは素通りさせるように命令した。
そういえば、最近、命令できる数が増えたような気がする。以前からマンションにいるゾンビには多くの命令をしても前の命令を忘れないというか、人を襲うなという命令が解除されない。
逆に新規のゾンビは結構すぐに命令を忘れる。何度も命令していると命令できる数が増えるのかね?
その考察は後にしよう。これからアマゾネスの幹部を交えて話をしないといけないからな。その前に状況を整理しておくか。
アマゾネスには女王と呼ばれる女性がいた。
適合者を探すためにその女王も拠点としているホテルから出たが、三日後にいなくなった。色々な組合から情報を得たところ、高天原農業大学の適合者が女王をさらったのではないか、との内容が聞けたらしい。
というのも、その適合者、女好きで有名だそうだ。そして避難所であった高天原農業大学でいわゆるハーレムを作っていたらしい。男のゾンビに命令して物資を集めさせる一方、物資を渡す見返りに女性に色々していたとか。最低だな。
そんな大学に俺達が物資を取りに行ったから、俺がその最低な適合者と間違われた。しかも、ちょうど俺とエルちゃん達しかいなかったからな。ナタリーさんが誤解して襲ってきたわけだ。マイケル君がいて良かった。
問題は最低の適合者がすでに大学にはいないということだ。おそらく女性達とどこかへ行ったのだろうが、どこへ行ったのか分かっていない。ナタリーさんはそれも調べると言っていたから時間がかかっているのだろう。
一応、ゾンビの何人かに連絡して調べてもらうように命令した。ゾンビ達にもそれなりのネットワークがあるからしばらくすれば情報を得られるだろう。
そういえば、研究棟にいたゾンビ達もこっちに来るように命令しておいた。結構遠いから来るまでに時間がかかるとは思うけど。
「あ、センジュさん、マンションの前で馬車が止まりましたよ。あれって観光用に使っていた馬車ですかね? もしかしたら結婚式のイベントで使うようなものかもしれませんね――センジュさん、今度乗せてもらいますか?」
「えっと、どうだろ、俺、馬車酔いがひどくて」
深い意味がないと思わないほうがいいな。こういうところで色々ぶっこんでくるのがエルちゃんだ。あれに二人で乗ったらいつの間にか結婚しているという可能性がある。悪い子じゃないんだけど、ややサイコパスなんだよな……いや、ヤンデレって言うのかな?
それはさておき、今日の会談に参加するのは、俺とエルちゃん、そしてイノシカ姉妹、そしてマイケル君だ。
向こうはナタリーさんと幹部の二人とか言ってたかな。一応護衛として他にもいるらしいけど、会話には参加しないそうだ。こっちもイノシカ姉妹は護衛みたいな感じになっているからちょうどいいのかも。
本当はじいさんのほうがいいんだが、忙しいみたいだからな。それにエルちゃんをのけ者にするとのちにもっと大変なことになりそうだし、これがベストだろう。
オートロック入口からのインターホンが鳴る。部屋にあるカメラを見ると、ナタリーさんが見えたので、ボタンをおしてマンション入り口の自動ドアを開けた。
しばらくすれば来るだろう。マイケル君が廊下で部屋まで誘導してくれるようだし、ここで待つか。
「アマゾネスって結構物資を持っているようですから、引き受けるなら報酬をたくさんもらってくださいね。ブティックに寄ってもあまりいい下着がなかったんで。アマゾネスなら未使用の下着をたくさん持ってそう。オシャレなのが欲しい」
「サクラちゃん、男の俺にそういうことを言わないで。もうちょっとこう、オブラートに包んで欲しいんだけど」
「……見えないところのオシャレをしたいので、報酬はたくさんもらってください」
「何も包んでないよね?」
ガチャリとドアを開ける音がした。マイケル君が案内してくれたようだ。
マイケル君の後ろにはナタリーさんがいる。俺を見ると笑顔になった。もしかして説得が上手く言ったのかな? アマゾネスでは男に力を借りるのを良しとしない勢力もあるみたいだが。
「ハーイ、センジュさん。遅くなってごめんねー」
ナタリーさん、ずいぶんと砕けたな。まあ、マイケル君と会って少しだけ心の余裕が出来たのだろう。余裕がない時って敬語になる人もいるらしいから、ナタリーさんもそんな感じなんだろう。
「いえ、とくに遅くはないですよ。どうぞ、そちらの入口に近いほうへお座りください。玄関も開けっ放しでいいですよ」
簡単にいえば、罠じゃない事のアピールだ。いつでも逃げ出せるようにして退路を確保しておかないと向こうも不安だろう。まあ、このマンションで話がしたいと言っている時点でそこそこ信頼されているとは思うけど。
そしてナタリーさんの背後に、二人の女性がいる。
一人はいかにも不機嫌な女性。20前後でTシャツにジーンズ。ショートヘアで顔の造形やスタイルが異様にいい。モデルと言ってもいい感じだ。もしかしたら、本当にモデルとかをしていたのかもしれない。
もう一人は笑顔を絶やさない感じの優し気な女性だ。歳は25くらいだろう。こんな状況なのに、全身ブランドの服を着てずいぶんと場違いなような気がする。それに、コイツは――
「あら? わたくしの顔に何か? 見つめられると照れくさいです」
「……いや、すまない。名前を伺っても?」
「ええ、構いませんよ。私の名前は六道蓮花ですわ。以後、お見知りおきを。それでは、あなたのお名前を聞かせてもらっても?」
……どうやら間違いないようだ。生きていたとはね。
「あれから10年か。そうだな、俺のことを覚えていなくても仕方ないな」
レンカは不思議そうな顔で俺を見つめた。
「10年前にお会いしたことがありましたか? わたくし、人の顔を覚えるのが苦手でして。あ、でも、名前を言ってくだされば、覚えているかもしれませんわよ?」
「そうか、なら名乗ろう。俺の名前は六道百夜だ。久しぶりだな、レンカ。生きていたとは驚きだ」
ここにいるほとんどが不思議そうな顔をした。だが、レンカだけは俺の名前を聞いて、驚きに目を見開いている。そして大量の汗をかき始めた。
「そ、そんなわけない! 貴方は死んだはず――!」
懐にある銃を抜いて、レンカの額に押し付けた。
「ひっ!」
「生きてたよ。ずっとな。お前たちに殺されたのは両親だけだ。運がいいのか悪いのか、俺はその時の殺し屋に見逃されたんでね……いや、間違いなく運がいい。こんな場所でお前に再会できるんだからな」
ようやく事態が呑み込めたのか、ナタリーさんが慌てた感じで銃を抜いた。だが、銃口をこちらに向けるわけではなく、念のため、と言ったところだろう。
「な、なんでこんな真似を……? 私たちは貴方へ助けを依頼に――」
「ナタリーさん、悪いがその依頼を受けることはできない。こいつがアマゾネスの幹部と言うなら俺はどんな理由があろうと助けるつもりはない。自分たちで何とかするんだね……レンカ、話は終わりだ。2度と顔を見せるな。それと俺が生きていることをよく覚えておけ。お前にとってゾンビなんかよりも俺のほうがはるかに危険だからな」
レンカの額から銃口を離す。すると、レンカは怯えた感じで逃げて行った。
アマゾネスの護衛達も慌ててレンカを追いかけて行ったようだ。
「ねえ、貴方。せっかくここまで来たのに何の成果も出さずには帰れない。そもそも、レンカと知り合いなの? 両親を殺されたとか言ってたけど、何かの比喩?」
不機嫌そうな女性が話しかけてきた。面倒くさいが説明くらいはしてやるか。
「比喩でも何でもない。あの女、いや、あの女とその両親か。俺の親の会社を乗っ取るために殺し屋に依頼したんだ。比喩でも何でもなく、本当に両親は殺された。それが10年前だ。俺が死んだと思って暮らしていたようだな。まあ、俺の代わりの死体があったし、戸籍上も死んでるから疑う余地はないけどな」
アイツの両親とアイツを殺すために殺し屋になってまで生き延びた。
10年かけて、ようやく怒りが収まってきてたんだけどな。でも、アイツの顔を見たら、怒りを思い出した。それに俺が殺し屋だったことも。
俺は今日、何を考えていたんだろう。こうなる前に俺は人殺しだったんだ。普通の生活なんて望んじゃいけないのに。
世界がこんなことになったから俺の罪が許されるとでも? このところの心地いい生活で俺はそんなことも忘れていたんだな。一人で野たれ死にするのがお似合いなのに、何を人並みの幸せを感じようとしてるんだ。
「悪いが全員部屋から出て行ってくれ。今日はもう何もしたくない」
俺がそう言うと、皆は何かを言いたそうにしていたが、ぞろぞろと外へ出て行った。
「センジュさん……いえ、ヒャクヤさん――」
「センジュでいいよ。それにエルちゃんも部屋から出て行ってくれないかな。あと、今日の夕飯はいらないから」
「……はい」
エルちゃんは何か言いたげだったけど、どうやら俺の言うことを聞いてくれたみたいだ。今の俺には余裕がないからな。悪いけど素っ気ない態度を取らせてもらおう。
まだ夕方だけど寝てしまおう。どうせ起きてたって余計なことを考えるだけだ。こういう時は何もかも忘れて寝てしまうのが一番だと思う。昔と違って今はゆっくり寝れるんだからな。




