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スローライフ・オブ・ザ・デッド  作者: ぺんぎん


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医者

2019.05.12 3話投稿(3/3)

 

 医者の男は両手にメスを持ち、ニヤニヤしながら立っている。メスにも、それに白衣にも血がついているようだが、おそらく医者を守っていた傭兵の血だろう。仲間割れってことなのかな。


「色々な条件をつけて解剖させてもらおうと思っていたが、まどろっこしいことは終わりにしよう。この場で解剖する。そして進化の秘密を解き明かす……そしてこの私が! 新たな適合者になってみせる!」


 ああ、やっぱりそんな理由なのか。ワクチンを作るんじゃなくて、自分が適合者になりたいわけだ。


「馬鹿な! 先生! 何を言っている! あんたは言った! 適合者を調べてワクチンを作ると! そして世界を元に戻すために頑張っていたのだろう! そのために俺達は従っていたんだぞ!」


「……ああ、すまないね。あれは嘘だ。こんな素敵な世界を元に戻すわけないだろう? この状況で医者の立場は向上した。嫌な患者だって見なくて済むし、家にも帰らず仮眠をとる生活もない。医者なんて患者の奴隷だからね、そんな世界に戻したい医者なんていないさ」


 それは極論だと思うけど、医者じゃない俺にはよく分からないな。少なくともこの医者はそう思っていたのだろう。


「それにこの世界ならどんなこともやり放題だ。前の世界では人道的とか倫理的とかつまらない理由で医学の発展を遅らせていた。それを気兼ねなくできるのだ。これからの医学はもっと発展するだろう。だが――」


 医者の男は顔をゆがませて笑った。いわゆる狂気的な顔だ。それなりに見れた顔がこれでもかと言うくらい醜悪になっている。


「そんなことよりも、私が進化することが優先だろう! 昔からね、私はずっと思ってたよ。周囲のなんで人間は馬鹿ばかりなんだろうと。同じ人間とは思えないほどの馬鹿っぷりをずっと見ていたんだ。はっきりいって虫唾が走るよ。周囲の奴らが自分と同じだと思うのは苦痛だったんだ」


「先生……! いや、あんたは……!」


「馬鹿は馬鹿なりに役に立つなら使ってやった。君のようにね。だが、それも終わりだ。私が適合者になり、ゾンビたちを支配してやる。私からすれば、ゾンビも人間も変わらない。ならちゃんと言うことを聞いてくれる方がより優秀だろう? まさか適合者にそんな力があったなんて嬉しい誤算だよ。ふふっ、たのしみだなぁ!」


「なら、俺の娘はどうなる! あの子はゾンビのままなのか!」


 医者の男は呆れた、と言う顔で傭兵の男を見た。


「そんなの当たり前だろう? なぜ私がお前の娘をゾンビから人間に戻してやらないといけないんだ? そもそも、だ。医学的に見てゾンビは動いている死体だ。どんな状況であっても、人を生き返らせるのは無理なんだよ。私たちの言っていたワクチンと言うのは、ゾンビにならないための物であって、生き返らせるための物ではない。まあ、あえて言わなかったけどね」


 医者は残念そうな顔をして言っている。本当に傭兵の男を憐れんでいるんだろう。馬鹿すぎてって理由だと思うが。


 しかし、傭兵の男はそういう理由で医者に従っていたのか。なんとなく同情はできるけど、俺を蚊帳の外で盛り上がるのはどうなのか。あの医者の話から考えたら俺を解剖するのは決定事項みたいだけど、本人の許可を取れよ。もちろん嫌だが。


 適合者になって死なないのは良かったんだけど、色々なことに巻き込まれてちょっと複雑だ。あの時に死んでしまって異世界転生でもしたほうが良かったんじゃないのか? そもそも転生するかどうかは知らんけど。


 傭兵の男はうなだれていたが、その顔つきが徐々に怒りに変わる。そして医者へ襲い掛かった。


 だが、医者はつかみかかろうとしていた傭兵を軽くいなした。そして床にたたきつける。体つきが一回り違う男を投げ飛ばせるとは相当だな。しかも力を入れたようには思えなかった。おそらくだけど相手の力を利用した技なのだろう。


 そして医者は倒れている傭兵の顔をメスで傷をつけた。殺すのではなく傷をつけただけ。あの状態なら頸動脈だって切れたはず。それをしないってことは何かあるのか?


「やれやれ、私が弱いとでも思っているのかい? 私は医者だよ? 人を治すには人体の知識が必要だ。逆も然り。どうすれば壊れるかもよく分かってる。そして人間がどう動くのかくらい予測も可能だ。悪いけど、勝ち目はないよ。まあ、その鍛えた体はなかなかのものだ。色々試したいことがあるんでね、君の体で実験させてもらおう」


「き、貴様……!」


「なに、娘さんは私が責任を持って処理しておこう。ここまで働いてくれたお礼だ。先に行って待っているといい――いやすでに娘さんは死んでいたね。会いに行きたまえ、かな?」


 傭兵の男は立ち上がろうとしたが、足がもつれて転んだ。


「こ、これは、か、体が――」


「ああ、さっきメスで体がしびれる毒を体内へ入れておいたよ。しばらくは動けないからそのままでいるといい。人体実験は鮮度が命だからね」


 傭兵が医者の足を掴もうとしたが、医者はそれを蹴り飛ばす形で払いのけた。そしてこちらを見て笑顔になる。


「やあ、待たせてしまったね。さて、それじゃ手術室へ行こうか? ああ、安心するといい。麻酔があるから痛みはない。次に目を覚ますかどうかは分からないけどね。でも、私のためになるんだから嬉しいだろう?」


「そうだね。嬉しくて涙がでるよ」


 最近、俺の周りにはこんなのしかいないのか。サイコパスなのはエルちゃんだけで十分なのに。まさかとは思うけど、類は友を呼ぶとかじゃないよな?


 さてと、色々事情は分かった。


 ありていに言って、むかつくね。おやっさん達をボコボコにされたから傭兵に同情する必要はないんだけど、それ以上に医者がむかつく。


 スマホで医者の写真を撮った。ターゲットなら気兼ねなくやれる。


「おや、何の真似だい? 銃を持っているから余裕とかでも思っているのかな?」


 ……残念だ。殺し屋でもターゲットでもないらしい。元の世界ではそれなりに慎重に生きていたのだろう。さすがに危険な思想の持ち主だからと言ってターゲットになるわけじゃないか。


 でもなぁ、ターゲットじゃなくても生かしておいて意味があるような男には見えないんだよね。だからと言って、気に入らないから、という理由で殺しをしたら、俺はただの殺人鬼になってしまう。それは避けたい。


 つまらないこだわりではあるが、こんな仕事をしていると「人らしさ」を多少は残したくなる。それがどんなつまらないルールであってもそれを守らないと際限なく殺してしまうきがする。


 何か殺す理由でもあればいいんだけど。


「その年齢で銃を持っているということは警察関係の人かな? それならドラゴンファングを壊滅させることも可能かもしれないね。見た感じ弱そうではあるが、護身術的な物を学んでいる可能性もありそうだ」


 自分の優位を信じて疑っていないのだろう。傭兵だって倒せるほどだからな。ほとんど一般人と思っている俺に後れを取るとは微塵も考えていないわけだ。


 それに医者の男は周囲にいるゾンビ達も怖がっていない。簡単にゾンビを殺せるのだろう。


 そして、なぜかゾンビたちも襲うのを躊躇している感じだ。危険な感じを何となく感じ取っているのかも。


「色々と考えているようだが、時間切れだ。すぐに気を失うほどのしびれを起こす毒を体内に入れてあげよう。なに痛いのはほんの一瞬だよ」


 仕方ない。殺さない方向で何とかしよう。そのしびれを起こすという毒を逆に入れてやるか。


 たぶんだが、相手は待ちスタイルの戦い方だろう。でも、こっちから行かないとな。


 しかし、部屋から追い出すだけの話だったのに、なんでこんなことになっているのだろうか。早くのんびりしたいんだけどな。


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