訪問者
2019.04.28 3話投稿(3/3)
電話での内容を二人にかいつまんで説明した。
俺がドラゴンファングに潜入したときにアイアンボルトから来たと言ったこと、アスクレピオスの奴がおやっさんたちをおそらく捕まえたこと、おれが適合者としてアスクレピオスへ行かなければおやっさんたちの命が危ないこと、主にこの三つだ。
二人とも黙って聞いていたが、話が終わると自分たちも行くと言い出した。
「なんで?」
本当に分からない。なんでだ?
「だって、おやっさんと言う人はセンジュさんがアイアンボルトから来たって言ったから捕まったんですよね? なら原因は私じゃないですか。これは私の責任です。私が一緒に行かなくてどうするんですか」
「いやいや、それは俺が勝手にアイアンボルトを名乗っただけだから、エルちゃんに責任はないよ。だからここで留守番してて。それに危ないから」
「やです」
エルちゃんが頬を膨らませてプイっと右を向いた。
「エルちゃんはもう十八だったよね? そんなむくれた顔が許されるのは小学生までだからね? それともわざと? わざとなの?」
ちょっとあざといけど、可愛いと思ってしまった自分が情けない。しかし、こんなことしている暇はないんだけど。出来るだけ早く行った方が色々と解決しやすいんだが。
「なに、儂も行くから安心せい。エルの嬢ちゃんには指一本触れさせんよ」
「素人のドラゴンファングに負けた奴が何を言ってる。大体、一番安全なのは二人ともここで留守番していることなんだよ。それを理解してくれ」
「負けたのは腹が減っていたからじゃ。今は腹も膨れて若返った気分じゃから安心じゃぞ。それにアスクレピオスへ行くなら儂の案内が必要じゃと思うがな?」
「気分だけで若返ってはいないからな? それにアスクレピオスへの行き方なら知ってる。案内はいらん」
だが、そう言っても二人は付いてくると言ってきかない。面倒くさいな。足手まといだって直接言ったほうがいいのだろうか。それに出来るだけ早く行きたいんだけど。
「仕方ない。言いたくなかったけど、二人とも――」
そこまで言いかけて、ピンポーンと呼び出し音が鳴った。
壁にかかっているカメラ付きインターホンが赤いランプを光らせて、来客を告げている。オートロックの入口にあるパネルからこの部屋を呼び出したのだろう。
でも、来客? いや、ゾンビが連絡してきたのか? なにかあればインターホンで呼んでくれとは命令したけど。
ぎゃーぎゃー言っている二人との話は中断して、インターホンの赤いランプのボタンを押し、通話可能な状態にした。
「どうかしたのか?」
ゾンビ全員にメモ帳とボールペンを持たせている。何かを言いたい時はそれに書くように命令した。理由があるからメモに書きだすだろう。
だが、ゾンビは何もしない。ちょっとげんなりしているのは気のせいだろうか。
それに声が聞こえてくる。ゾンビはしゃべれないから生きた人間が近くにいるのか?
「離せ! 離せよ! 私は食べても美味しくないって!」
そしてカメラには一瞬、ゾンビが肩に担いだ人らしきものが見えた。誰かを捕まえてきたのだろう。しかも声からして女の子だ。さらに面倒なことになったな。
とりあえず、中に入れよう。そこで騒がれても困る。
「その担いでいる奴を連れて来てもらえるかな。いま、オートロックの鍵を開けるから」
インターホンについている「OPEN」ボタンを押すと、自動ドアが開く音がした。そしてゾンビが画面から消える。マンションの中に入ったのだろう。
「何かあったんですか? 担いでいる奴って言ってましたけど?」
「ゾンビが誰かを捕まえたみたいだ。面倒だから中に連れて来てもらうようにお願いしたよ。まったく面倒なことが重なるね」
「本当ですね」
「その面倒なことの一つにエルちゃんが含まれてるからね?」
エルちゃんは心外って顔をしているけど、そこに気づいていないところが怖い。いま、一番面倒なのは二人がついて来ようとすることなのに。
そうこうしていると、部屋の外がうるさくなった。
「美味しくない、美味しくないから! 食あたりをおこすって!」
ガチャと扉が開く音がした。そしてゾンビが女の子を肩に担いで部屋に入ってくる。女の子は頭をゾンビの背中側に向けているからこっちを見れないようだ。
そしていきなり、女の子を床に落とした。もうちょっと優しく落とすべきだと思う。女の子はしりもちをついて痛がっている。
「いったー! なにすんだ、こいつ!」
女の子はいきなり立ち上がってゾンビに蹴りを入れようとしたが、それを慌てて止める。
「やめろ!」
ゾンビは俺の命令を聞いてくれるけど、ゾンビに敵対行動をとると防衛のために命令を無視して攻撃しようとする。敵対行動の範囲が良く分からないが、エルちゃんがベランダから飛び降りろって言ったのも敵対行動にとられた。直接的な攻撃なんて致命的だ。
女の子はビクっとしてから、ゆっくりとこっちを向いた。そして驚いた顔でこっちを見ている。
女の子はサイズが大きすぎるパーカーを着ていて、フードを頭からすっぽりとかぶっている。下は……生足? 履いてない? いや、パーカーの裾が長すぎて見えないだけか。多分、ショートパンツとかを穿いているのだろう。あ、担いできたから靴を履いたままじゃないか。あとで掃除させよう。
「あ! な、なあ、アンタ! 殺し屋のセンジュだろ! 偽善者って呼ばれてるランキングNo.2! 助けてくれ!」
なんで知ってるんだ? まさかこいつも殺し屋?
スマホを取り出して写真を撮った。そしてすぐに検索をかける。
……ヒットしないな。殺し屋でもターゲットでもない。ならなんで俺のことを?
まあいいや、こいつのことは一旦放っておこう。これからアスクレピオスに行かないといけないんだ。ちょうどいいから、二人にこの子を押し付けて、とっとと行ってしまおう。
「じゃあ、そういうことで。エルちゃん、じいさん、この子のこと頼むよ」
「なにがそういうことなんですか。何も決まってないし、何も承諾してませんよ!」
「そうじゃぞ。うやむやにして物事を進めるのはいかん。しっかり決めてから行動しないとな」
「……なんで部屋にゾンビがいるのに普通に話してるの? もしかしてこの人、ゾンビっぽいけど普通の人? というか、アンタ達はだれ?」
時間が無いんだけど。
でも、仕方ないな。これは先送りにしようするともっと時間がかかるという罠だ。一つ一つしっかり解決してから、アスクレピオスへ行こう。
ごめんな、おやっさん。もし死んだら、ここにいる奴らのせいだから俺のことは恨まないでくれよ。




