ルール無用のデスマッチ
2019.04.14 3話投稿(3/3)
金網に囲まれたリング。大盛り上がりの歓声の中、そのリングへあがった。
目立ちたくはないが、そんなことを言っている場合じゃない。それにここで5人抜きすればエルちゃんが戻ってくる。それなら余計なことをせずとも無事に帰れるわけだ。
エルちゃんのほうをちらっと見ると、目を見開いて驚いていた。
助けに来ると思っていたのだろうが、こんな形で助けてくれるとは思っていなかったのだろう。それに俺のことは弱いと思っているはず。ここで俺の強さをちょっとだけ見てもらおう。接近戦は得意じゃないが、素人に負けるほどじゃないだろうからな。
エルちゃんは俺が強いと知ったらどう思うかな。もともと殺し屋だとばらす予定だったから知られるのは問題じゃないんだけど、また世界を救いましょうとか言われる可能性は高い。
だが、俺が昔エルちゃんを助けた殺し屋だと分かれば幻滅するだろう。正義の殺し屋なんていないって思ってくれればいいんだけどな。
「おいおい、こりゃボーナスゲームか? こんな奴を5人目にしていいのかよ?」
目の前にいる男はヘラヘラしながらそんなことを言っている。髪を短く刈り込んでいて、上半身は裸。総合格闘技とかやっていそうなシャープな体型をしていて無駄なぜい肉なんか一切なさそうだ。
「リュウガさん! 本当にコイツでいいんですか!」
男が後ろを振り返りながらそんなことを言った。
視線の先にはデカそうな男が両脇に女性を二人ほど侍らせて豪華そうなソファに座っている。ほかの奴らと同じように、黒革のジャケットとズボンを着ていて、黒い髪が肩くらいまでの長髪だ。顔には結構な傷があり、強面の部類に入るな。
あいつがリュウガか。なるほど、服の上から見ても分かるほど筋骨隆々の体型だ。
「構わないぜ。飛び入りするほど自信があるんだろ。それに必死にやるように手は打った。つまらない戦いをしやがったら、一緒に来た奴らがどうなるかは教えてあるから問題ねぇよ。お互い全力で戦いな」
ゾンビを人質として預けることがバトルにでる条件だった。ゾンビだから人質としては全く役に立たないけど、俺としては一緒にマンションまで連れ帰りたい。
「リュウガさんがそう言うなら俺も文句はねぇ。殺しちまっても文句を言うなよ?」
「そりゃお互い様だね。だが、死にたくはないんでお手柔らかに頼むよ」
そう言ったらなぜか怒った。馬鹿にされたと思ったのかな。それとも余裕な感じが気に障ったか? どちらにせよ、沸点が低すぎるだろう。
相手がこっちを睨んでいる間に別の奴からルールを教えてもらった。3分戦って1分休憩、それが無制限。勝負は相手が気絶するか、死ぬまで。レフリーはなしで、参ったなどの申告による負けは認めず、やるかやられるかの勝負だ。基本的になんでもありだが、噛みつきは無し。あと、今回は武器なしのバトルだそうだ。
セコンドとして連れてきたゾンビの一人がリングのコーナーにいるけど、役に立つとは思えないな。でも、別に構わない。休憩まで試合を長引かせるつもりもないし。
対戦相手の男がこちらを睨みつけながら近寄ってきた。
「てめぇ、スーツを着たままやるのか?」
「上半身裸でいるのは恥ずかしくてね」
また男が怒った。
見せつけられるほどの筋肉はないんだよね。俺だって目の前にいる男くらいの筋肉があればさらけ出してもいいとは思ってるけど。
そんなことをしているうちに、試合開始のゴングがなった。周囲の歓声が一際大きくなる。
そして相手の男はダッシュでこっちへ向かってきた。瞬殺するつもりなのだろう。
大きく振りかぶった右のストレート。
それを躱しつつ、相手の右腕を取った。
そしてその勢いのまま一本背負い。
リングに叩きつけた後に、倒れている相手の顎を目掛けてパンチを放つ。
首がちょっと変な具合になるまで回ったけど、死んではいないだろう。でも、意識は奪った。俺の勝ちだ。
周囲は大音響の音が流れているが、歓声は聞こえない。こっちが瞬殺したから脳が追いついていないのだろう。
倒れた男をそのままにして、コーナーのところまでゆっくりと戻った。
「あと4人に勝てば、女の子は俺のものだよな? 早く次の対戦相手を決めてくれないか?」
そう言うと、大歓声になった。俺が勝利したことにようやく気付いてくれたみたいだ。
俺の勝利に沸く奴らと、鋭い視線を向ける奴ら。殺気にも近い視線を投げるのは、賭け事に負けたのか、力を信条とするドラゴンファングとして負けられないと思ったのかのどちらかだろう。
リュウガって奴も、薄ら笑いから一転、上半身を乗り出しながら真面目な顔をしてこちらを見つめている。
エルちゃんは口を開けてこっちをぼーっと見ているが、どう思っているのだろう。
リングに倒れている男を片付けている間に次の対戦相手が決まったようだ。さっきよりも一回り大きい。
「さっきの奴はドラゴンファングの中でも弱いほうだ。いい気になるんじゃねぇぞ!」
これはあれか。四天王の中でも最弱っていうあれ。最弱でも最強でも構わないけど、あの男の数倍強くないと意味はないと思うけどな。だいたい、さっきの攻防をちゃんと見えていたのか怪しいもんだ。
一応挑発しておくか。相手を怒らせておいたほうが倒しやすいしな。怒りでパワーアップするなんて漫画だけだ。
「ああ、いい気になんてなってない。あんなの倒しても自慢にならないし。どうせ下っ端の構成員なんだろ? アンタは幹部クラスであることを願うよ。勝って自慢したいからな」
相手が怒った。ちょろいな。
そんなわけでこの相手も瞬殺。攻撃を躱しつつ、みぞおちにエグイ攻撃をしたら悶絶したので、また顎を殴って気絶させた。筋肉があるし死にはしないだろう。
今度は歓声と言うよりは、ざわつき始めた。本当に幹部だった可能性があるな。結構な強さを見せられたから、次の対戦相手が決まらないようだ。
「早く決めてくれないか? なんなら残りは3人まとめてでもいいぞ。こう見えて忙しいからな」
挑発しすぎだとは思うが、時間をかけるのも面倒になってきた。さっきのレベルが幹部なら3人くらいは余裕だ。とっとと済ませたい。
意地もプライドもないのか、本当に3人を相手に戦うことになった。しかも、こぶしにはメリケンサックみたいのを付けている。武器なしの試合じゃなかったのか?
「武器の使用はダメなんじゃないのか?」
そう言うと、リュウガがニヤリと笑った。
「さあなぁ、ずっと同じルールでやるなんて一言も言ってないぜ?」
まあ、そうだろうね。でも、そもそも俺に攻撃を一度も当ててないのにそんな武器を使ってどうするんだろうね。まあ、いいや、とっとと終わらせよう。
今度は攻撃を待つことはしない。こちらから攻めた。
まず、真ん中の奴にタックル。そして倒れた相手の上を転がるように前転してから、一旦姿勢を戻す。そして倒れている男の顎を殴った。一瞬で意識を刈り取って、まず一人。
そしてすぐさま右側にいた奴に近寄って、頭を目掛けてハイキックを放った。直撃して、その男は膝から崩れ落ちるように倒れた。これで二人。
一瞬でそこまでやったから、3人目は目に見えて怯えている。すぐに近寄って顔全体を右手で鷲掴みして、その勢いのままリングに叩きつけた。
これで全部か。時間にして10秒くらい。まあまあだろう。
全員の意識がないことを確認してから、手をはたいてほこりを落とす。
「5人抜きだ。約束通り、女の子は貰って行くぞ」
そう言ったのに、歓声も何もない。音量の高い音楽がずっと流れているだけだ。だが、その音楽が急に止まった。
いつの間にかリュウガが立ち上がって右手を軽く上げている。音楽を止めろと命令したのか?
「ちょっと待ちな。お前、その強さ、まさか適合者か?」
周りがざわついた。その通りだけど、なんでそうなる? これは普通に鍛錬で鍛えた技だ。筋肉なら今まで戦ってきた奴らのほうがあるだろうに。
「俺は普通の人間だよ。これは鍛錬で鍛えた技だ」
「……そりゃ残念だ。だが、お前をこのまま帰すわけには行かねぇな。この女もやるわけにはいかねぇ」
「さっきからルールを変えるなよ」
「何言ってる。ここは俺の国だ。俺がルールなんだよ。そしてルール追加だ。俺と戦え。俺に勝てば女も人質も連れ帰っていいぜ?」
国ねぇ。こんな国の王様なんてお金を積まれても願い下げだけどな。それにお前が負けてもルールを変えられるんだろ? やることに意味を見出せないな。
「よし、お前ら、リングに中に倒れている奴らをとっとと片付けろ」
いつの間にか戦うことになってるよ。面倒くさいな。
金網の外にいた奴らが伸びている3人をテキパキと片付けると、入れ代わるようにリュウガが入ってきた。
「お前は強いな。俺は強い奴が好きでね」
「そうかい。俺は逆だな。お前みたいな奴は嫌いだ」
「言ってくれるじゃねぇか。いいねぇ、そのツラをボコボコに出来るかと思うと気分が高揚してくるぜ」
「俺の気分は下がる一方だよ」
さて、どうしたものかな。今までみたいに瞬殺するのは無理な気がする。とはいっても、一般人なら殺すのは避けたい……一般人?
おもむろにスマホを取り出して、リュウガを撮った。
「……おい、何の真似だ?」
その質問には答えずに、顔写真の検索を行った。
……赤。ターゲットだ。賞金は1000万……それなりの悪者だな。なるほど、一般人に因縁を付けて暴力行為を行い、それで誰かが命を落としたか。しかも不起訴になるように警察とその縁者に脅しをかけた、と。依頼主は殺された男の妻。保険金を賞金につぎ込んだか……俺のターゲットとしては十分だな。よし、受領っと。
スマホをしまいながらリュウガを見た。
「提案がある」
「聞いてやるかどうかはわからねぇが言ってみな」
「このバトルはルールなしでやろう」
「なんだと?」
「3分戦って1分休憩なんてことはしない。それに気絶なんて生ぬるい。生きるか死ぬかのデスマッチだ。まさかとは思うが受けるよな?」
リュウガは一瞬だけ眉間にしわを寄せたが、次第に体を震わせた。そして最終的には大笑いをする。
「いいねぇ、お前とはそういう戦いをしたいと思ってたんだ。ルールに縛られた戦いなんてつまらねぇよな。分かった。ルールなしの勝負だ。どちらかが死ぬまで戦う。それで構わないぜ」
「じゃあ、それで。ゴングが鳴ったらルール無用のデスマッチだ」
「いいぜ。俺はこの地下闘技場で無敗のチャンプだ。テメェを殺して世界最強に近づいてやるぜ! よし、ゴングを鳴らせ!」
カン、とゴングが鳴る。
それと同時に懐から銃を取り出した。
「な、お前……! いや、そんなおもちゃで――」
炭酸飲料水のペットボトルを開けたときのような音が3回鳴った。胸に2発、頭に1発だ。
リュウガは仰向けに大の字になってリングの中央に倒れる。倒れた場所から血が広がった。
銃をホルスターにしまいながら、リュウガに近づいて、驚きで見開いている目をそっと閉じた。
「素手というルールに縛られていたからこその最強だったのに、それに気づけなかった時点で世界最強はない。次からは気を付けることだね」
よし、これで終わりだ。エルちゃんを連れて帰ろう。




