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スローライフ・オブ・ザ・デッド  作者: ぺんぎん


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おやっさん

 

 おやっさんの整備工場前にいたゾンビたちに、マンションへ行くように命令した。


 いまのところあのマンションが俺の拠点になっているから、ゾンビを多く配置して人が近づかないようにしておこう。食料はお菓子とカップ麺しかないが、田舎へ行く準備ができるまでは大事にしないと。それに俺がいなくなってもエルちゃんが使うかもしれないからな。


 ゾンビに命令した後、おやっさんの整備工場まで戻ってきた。そしてスマホを取り出す。


「ゾンビはもういないから入れてくれ」


「本当にやってくれたか! ありがとよ! 遠慮せずに入ってくれ!」


 目の前のゲートがガラガラと開いていく。


 整備工場の敷地におやっさんと何人かの整備工が武装して立っていた。武装と言っても、鉄の棒とか包丁とかそういうのだが。一応、ここには銃もあるけど、素人に当てるのは難しいと判断して使ってないみたいだな。


 だが、そんなことよりも気になることがある。あの敷地のど真ん中に置かれているのは戦車じゃないのか? どこから持ってきたんだ?


「ゲートを閉めちまうから早く入ってくれ」


 おやっさんの言うとおりにゲートから敷地に入ると、鉄製の頑丈なゲートが大きな音を立てながら閉まった。


 そしておやっさんがニコニコ顔で近づいてくる。そして俺を抱きしめて、背中をバンバン叩かれた。


 おやっさんは60代のまさに親父って感じで、頭はスキンヘッド。口の周りや顎、そして頬の辺りに白い髭がモサモサしている。確かフルビアードとかいう名称の髭だ。


 本名は知らない。通称でおやっさんだ。特に本名は知らなくて困ったことはないから聞いてはいない。昔はそれなりの殺し屋だったらしいが、今は引退している。殺し屋を死なずに引退出来るなんて、それなりじゃなくて上位だと思うけどな。


 そんなことはどうでもいいか。重要なのは俺の銃のメンテナンスはおやっさんしかできないってことだけだ。


「おやっさん、悪いけど急いでるんだ。電話での交渉は成立しているよな?」


「なんだよ、つれねぇな。お互い無事だったんだからちょっとは喜ぼうぜ?」


「さっき、ゾンビ引きつけろとか言ったろ? どう考えても俺が無事じゃない方法を取らせたよな?」


「ま、まあ、いいじゃねぇか。お前なら大丈夫だと思ったからお願いしたんだよ」


 調子いいが、それなりに交渉もしたから問題はない。修理は特急でやってもらおう。


 おやっさんと話をしていたら、周囲の整備工が全員近寄ってきた。全員同じ青色のツナギを着ている。おやっさんも同じ色のツナギを着ているが、上半身だけは脱いでいて腰の部分で巻いていた。汚れた白いシャツが似合うというのもおやっさんの魅力だな。


「センジュさん、お久しぶりっす!」


「ああ、久しぶり。元気だったか?」


 おやっさんの下で働いている整備工だが、もちろん俺の職業については知ってる。ここは表向きには会社の下請けみたいな位置づけだ。もちろん本人たちは殺し屋じゃなくて、殺し屋が扱う物の整備をする仕事だ。


 そしてこの場所での殺し合いはルール違反。やったらまず殺し屋として生きていなけないだろう。殺しの腕が超一流でも、武器のメンテナンスまで出来るのはごくわずかだからな。


 おやっさんがルール違反した奴に手を貸すとは思えないし、違反者は会社からの支援が打ち切られる。個人受注の殺し屋なんて信用がないから依頼する奴もいない。つまり殺し屋として完全に詰む。しかも、殺し屋としての賞金はかかったまま。まあ、一ヵ月持たずに死ぬだろう。


 殺し屋にだってルールはある。それを守るから成り立っていると思うべきだ。たまにそれに気づかずに、イキって返り討ちに合う殺し屋が多いからな。自分も気を付けよう――いやいや、俺はやめたんだった。もう一般人だ。


「おう、センジュ、ところで銃の修理をしてくれって話だったが、特急でやるのか?」


「頼めるか? もちろん、依頼料として缶ビール10本持ってきたぞ」


 鞄から缶ビールを10本取り出して、おやっさんに渡した。


 嬉しそうだな。ほかのみんなもバンザイして喜んでいる。もうちょっと持って来てやってもよかったかも。


「嗜好品ではあるが、こういうのがねぇとな!」


「酔っぱらって修理を適当にやるなよ?」


「仕事が終わるまで飲まねぇよ。でも、どうしたんだ、これ? この辺り一帯はほとんど略奪されていて何も残っちゃいねぇはずだけどな?」


「俺の住んでいるマンションの部屋を漁ったんだよ」


「そうなのか……もしかしてまだあんのか?」


「あることはあるが、タダでやることはないぞ? おやっさんたちも周囲の家を漁ったらどうだ?」


 泥棒みたいな真似だから嫌がるだろうが、ゾンビが溢れる世界になってまでお行儀よく生きる奴はいないだろう。それでも以前のように生きようとする人はすごいと思う。強い意志があるのか、それとも状況を呑み込めていないのかはわからないけど。


「やろうとは思ったんだが、思いのほか家の中にゾンビがいてなぁ、正直割に合わんねぇんだよ。生前の記憶があるのか、ゾンビも家に帰るみたいでな」


 そういえば、エルちゃんもそんなことを言ってたな。ならゾンビは駅のほうに大量にいるのかもしれない。たぶん、仕事をしようと会社へ向かっている可能性はあるだろう。そして夜は自宅へ帰る。


 俺はゾンビに命令できるから大丈夫だけど、エルちゃんのためにもある程度はゾンビの行動パターンを把握しておいたほうがいいな。まだ憶測でしかないから、後で駅に行ってみよう。


 おっといかん。話し合いに来たわけじゃない。


「おやっさん、おしゃべりはここまでだ。修理を頼む」


 そう言って銃を渡す。


 おやっさんは銃を色々な角度から眺めて、ため息をついた。


「ずいぶん派手にやったな? 手入れくらいちゃんとしろよ?」


「手入れは毎日してる。相手の殺し屋がナイフ使いで、それを防いだときに変な受け方をしたのがまずかっただけだ」


「お前が接近を許すとはなぁ。まあいい、さっそく仕事にとりかかろう。お前たちはあの戦車を解体しておけよ」


「うーっす!」


 おやっさんは敷地にあるガレージのほうへ向かい、整備工のみんなは戦車のほうへ移動していった。聞きたいような気もするけど、後にしよう。


 俺はおやっさんのほうへ行くか。


 おやっさんがガレージのシャッターを開けると、中は銃のメンテナンスをするような工房になっていた。


 色々置いてあるが、何が置いてあるのかはさっぱり分からない。おそらくカモフラージュ用にメンテナンス用に使わない物も置いてあると思うが、見て分かるのはハンマーくらいか。


「なんだ、見学してくのか?」


「ほかにすることがないからな」


「別に構わないが、その辺にあるものを触るなよ?」


 それくらい言われなくてもわきまえているが頷いておこう。


 椅子をすすめられたので、それに腰かけた。


 おやっさんは木製のテーブルの上に銃をおいて、解体を始めた。手際がいいというか、まったく止まることなく銃を解体していく。


「そういえば、センジュはこれからどうするんだ?」


「どうするって?」


「これからだよ、これから。たしか知り合いを助けに行くんだよな? そのあとはどうするのかって話だ」


「ああ、それなら俺は人のいなそうな田舎へ行くつもりだ。のんびりスローライフを送る」


「こんな状況でそんなこと言えるのはお前くらいだよ。でも、まあ、俺らもそのつもりだったんだ。いま車を改良していてな、それが出来たら都心から逃げるつもりだ。ここはゾンビが多くていけねぇ。夜もおちおち寝られねぇしな」


 考えることはみんな一緒か。田舎のほうが都心よりは安全に思えるし、生活できそうな気はするからな。


「俺たちは整備くらいしか出来ねぇから、これはと思ったやつらを一緒に連れて行くつもりなんだ。乗り物を改良してやるってネットにだしてな、それにつられてやってきた奴らを見定めるつもりなんだよ。頭いいだろ?」


 乗り物を改良? ネットで出した?


「もしかしてアイアンボルトっておやっさんたちのことか?」


「なんだ、知ってんのかよ。でも、なかなか人が来なくてなぁ」


「ネットを見てるやつがどれくらいいるか考えろよ。それに怪しさ満点で関わりたくなかったぞ? キャンピングカーをくれないかな、とは思ったけど」


「そうなのか? なら、あまりいい作戦じゃなかったな」


 もっと早く気付けと言いたいが、言わないでおこう。


 なんだ? いつの間にかおやっさんの手が止まって、こっちを見つめている。


「どうかしたのか?」


「いや、センジュ、お前、俺達と一緒に行かないか? どのあたりに行くかはまだ決めてないが、お前なら信用できるし、強いから歓迎だぜ?」


 信用できる、か。嬉しいことを言ってくれるね。


 でもな、おやっさん。俺は自分以外を信用してないんだよ。


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