朝陽
牙を隠した暖色の粒子が陽射しとなり冷たい空気を貫き地上に恩恵を絶えず与え続ける。白み掛かる昼下がりの陽射しが照らすのは所々破壊された山小屋の輪郭と床に横たわったまま動かない神流だった。
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━━━━!?
重く張り付いたような瞼を見開くと肺に溜まったままの二酸化炭素を抜くように吐き出した。
「くはぁぁ………あ……あ……普通に生きてたな。中々死なないもんだな」
━━凄ーーく、死を迎えた感じがしたのにな。まっ死んだ事も無けど、死ぬような目に沢山逢って身体はボロボロ。力尽きて死ぬエンディングの流れだったのにしぶとい俺。
「……びびって損した。お休みお日様」
シーツに包まれた芋虫のように背を丸め強く瞼を閉じ思い出すのを拒否した。
ベリアルサービル、その力を得る為にベリアルの空間で命を削る思いで手にしたのは魔刻印という力。躊躇わず自分の体に撃ち込み強化した肉体で山賊達と対峙し倒しきった。
魔力使用の反動による身体への負荷と酷使した体力と気力は夕食の後に極限に達した。糸が切れるように床に崩れ落ちると深い濃厚な闇に意識が呑まれる。
命を失う事も想定していた神流は最期の晩餐を意識し夕食で皆を心配させぬよう顔色1つ変えず明るく終える。自分でも驚くほど死への恐れを感じていなかった。悪魔の谷で目にした沢山の命の紛失と昇華、仲間や恩人を護る事も叶った。自分だけ死なぬ都合の良さを求める思考は生まれ無かった。
神流の静かな受け入れ、それは「皆の命が守れるなら自らの命も惜しまない」という対価的な覚悟、出会ったばかりのミホマ達に惜しまず掛け捨てたと思った生命や魂。それ等は欠片も消失する事無く深く生ぬるい昏睡という泥の中で時を過ごす神流の内側で揺蕩い続ける。
ミホマ達は日が高く昇っても熟睡する神流を視認してもシーツを掛け直すだけで、労うようにそっとする事を心掛けた。
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重度の二日酔いのように目覚めた神流が受けるのは既に高く上り詰めた太陽の差し込む光。
「くふぅぅ、眠ぃし痛いし絶不調のマイボディ。二度寝は神……」
首を傾けると頭の脇には御盆に載った鹿肉のスープとスライスされた黒パンを見つける。緩慢に腕を伸ばして掴んだパンを齧り少し冷めたスープを啜ると命が繋がった実感がじんわりと湧いてきた。
━━硬い、いやっ有り難い、ミホマさん有り難う御座います。
シーツを被ったままもぞもぞとラジオ体操のように首と腰を曲げて伸ばす神流。
「……」
眼球と瞼を動かし周囲を伺うも誰も居ない。そのまま暫く動きを止め惚けた表情で空虚な室内を眺めていたが徐に立ち上がった。
「ふうっやりたくない事でも率先してやるのがお仕事なのよね」
重い足取りで壊れた扉から外へ出ていく。
「んんっ、痛っ重い」
外に出て首を捻る神流は片方の眼を瞑り首を傾げる。
━━身体はまだ激筋肉痛状態。筋肉以外のとこもやたら痛むのは魔法ドーピングの後遺症か?
眠気の抜けない神流は寒そうに立ち尽くす。その佇まいには冬の日に似た風情を帯びていた。
「えっと、起きろボロ山賊達……聞こえてんだろ!? とりあえず起き上がって全員集合しろ!」
不快さの混ざるトーンの声が清涼な空気を抜けるように小さく響く。すると、倒れて転がる山賊達に変化が起きる。びくりむくりと動きだした。肩や上半身が地面から持ち上がると幽鬼のように、よろりずるりと歩き始めた。覚束ない視線で徘徊するような危うい足取りで神流の前へと集まってくる。
「効いてるようだな悪魔の呪いパワー。夜じゃ無くて良かった」
━━血塗れゾンビの腸の腐臭が、風に乗って強烈な臭いを漂わせるかと言えば、そんなことはない。
「どんだけだらしない歩き方なんだよ。流石チンピラ山賊」
眠りから覚め集合するのは、無慈悲に暴虐の限りを尽くそうとし返り討ちにあった黒鼬野党という山賊達。彼等は1人の漏れも無く存命し神流の前に集まった。
「ふぅああっ」
欠伸をし軽い息を吐いて見やる神流の瞳の黒は深く濃く氷を差し入れたように何処までも無機質だ。
血塗れで失神していたダグブル、縛られたまま倒れていたグリル、山小屋の中で意識が途切れたドズル、レッドに撃退された山賊達、そして、サーベルタイガーと3頭の馬達までもが神流の近くに集結して来る。
「横に3列で整列しろ。……並べって意味だ」
山賊達は精一杯の凸凹の整列を見せる。
━━まぁいい。期待などしてない。
動物を含めた全ての黒鼬野党の山賊達各々にドズルと同じ【隷属】の魔刻印が撃ち込まれている。その名が示す通り精神を掌握し屈伏させ奴隷とする悪魔的な魔力の刻印であった。
山賊達が倒れたままでいたのは【睡眠】という魔刻印を神流に撃ち込まれ意識を失っていたからだ。
重傷の山賊達が死なぬよう【治癒】【自然回復】と【止血】の魔刻印が施されてもいた。
━━あくまで人道的な処置のみ。
後ろに手を組んだ神流の瞳がカッと開く。
「端から囚人番号を言って行け!」
「「 「ーー?」 」」
山賊達は理解が出来ず怯え目が泳ぎ動揺を始める。
「…………1度言ってみたかっただけだ。忘れろ」
神流の耳は赤みを帯びていた。
━━やっぱり恥ずかしかった。まあいい、山賊達を生かして助けたのは別に慈善事業や情が芽生えたからではない。
じわりと神流の瞳の黒が濃く深くなっていく。氷を投げ入れられたかのように表情の温度を下げた。
「放火、誘拐、殺人をした事がある者は手を上げろ」
熱を消し冷淡に変わる黒曜の双眸が事務的に告げると9割以上の山賊が手を挙げていた。
しっかりと力強く腕を上げる者も居れば、おずおずと目線を逸らしながら小さく上げる者と其々だった。後ろに並ぶ小柄な少年と中で縛られていた女の2人だけが手を挙げず、重犯罪者に該当していなかった。
━━殆どか。
神流は私的な簡易裁判をしようとしていた。無味乾燥な口調で更に続ける。
「略奪や快楽の為だけに殺人を犯した者は一番前に来て並び指を立てて人数を示せ。……手の指以上の者は両手を挙げろ」
神流が口にすると、該当する山賊達の中には濁った恐怖と焦りの様子が浮かぶ。しかし、神流の指示に逆らうことが出来ずに前列に並んで行き殺した数を提示していく。
「………………」
半数以上が両手を上げていた。
━━聞くまでも無かったが、ほぼ全員クソ野郎達で正解。俺が殺害犯をこのまま野放し等にする訳が無い。
山賊達がプレッシャーに堪えきれず、各々だらしなく開いた口で哀願と弁疏を始める。
「やるしかなかったんですよ御主人様、世の中のせいですよ伯爵様」
「世の中じゃ生きるのに皆やってる事ですよぅ、何処にでもある事ですよぅ」
「食うや喰わずのせいで仕方なくやったことです。殺らないと殺られちまいます大親分」
「頭に殺れって言われたんでさぁ」
「おいらだけは勘弁して下さい大親方」
「…………黙れ勝手に喋んな。お前等を擁護する人権団体は俺の頭の中に存在しない」
好き勝手に弁解する山賊達に興醒めした神流の一言が空気を一刀両断すると口を開けたまま声を発っせなくなった。
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「……旦那!? この光景はどうしたんですけ? トチ狂った……訳じゃ無さそうですね」
山小屋の入り口から片足で立つレッドが、顔を出して覗いていた。鳶色の瞳からは訝しげな視線神流に送り、動揺を露わにしている。神流は首だけ後ろに回しレッドに答える。
「「ですけ」って何だよ? 起きてたのか、俺が狂って見えるなら俺の地元の眼科を紹介してやる」
「記憶喪失なのに地元が解るんすか? で……一体何をやってるんすか?」
驚愕しているレッドを見てから、神流は指をスライドさせながら山賊達を指差す。
「何をしてるかはともかく、コイツ達を町まで連れて行けば、犯罪奴隷とかで幾らかで売れたりすんの?」
「やっぱりすか? えっと売れますけれど、どうやって連れていくんすか? 万が一を考えると息の根を止めてしまった方が。……アッチがサービスで殺りましょうか?」
レッドが悪い表情を見せる。
「あまり物騒な事を言うなよ。見ての通りコイツ等は俺に逆らえない。ビクニックみたいに全員歩かせて行けばさあ……」
「旦那力はやっぱりすげえんすね。けど、こんなに引き連れてっすか? 正気じゃないすね」
「まず言葉を選べ」
レッドは神流の力を信じ切り受け入れている。山賊達が整列して並ぶという目を疑う光景すらも、改めて神流の強大な力への信頼を深めたに過ぎない。
驚きを見せながらも殺意を孕む視線を山賊達に流し、神流に向け呆れた顔を見せる。
━━んだよ、反応悪いな。という事は連れて行く手間が掛かり過ぎるという話か? 殺すのも面倒だし寧ろ嫌だし、うーーん……決めた。
「そうだな、此所で奉仕労働させる事にするか」
レッドは山賊達が従順に並ぶ光景を繁々と呆れたように眺めている。
(ーー!)
ーーふと、何かを思いだしたレッドは、言い難そうに神流に話し掛ける。
「旦那、あのぅ。もう少し黙ってようと思ったんすけど、あそこの後ろに居る奴なんなんすけど……」
「知り合いとかじゃないよな?」
「すげぇ言い難いんですけど、男の方はアッチの親戚……です。なんです」
神流の表情は固まっていた。




