織り成す葛藤の魔姓
べリアルの宮殿の外は、夜が演出されプラネタリウムのように、星が瞬き流星が降る仕様になっていた。
「ーーメドゥーサ? 目からビームが出て相手を石にするアレか?」
『人間からすれば、敵う者が限られる強大な魔族だろう。僕からすれば、取るに足らない高位種の悪魔だ。君が如何に耄けているか理解したかい?』
べリアルが纏うヒョウ柄のミニスカートの裾が伸びていき、レースの柄が浮き出て夜のドレスのように変形していく。
「なに、しれっとディスってんだよ。鎧着ていたら一応兵隊かも知れないと思うだろ。大体何だよ、その変装?」
『僕は莫大な魔力をもて余している。ムードをつくって魔力のワインを嗜みたい』
紫の大理石のベンチに座り、杯を上げるとブラックワインレッドと言えそうな液体が湧き出てくる。混沌を混ぜたような不気味な見た目に神流の胃がムカムカしてくる。
「さっき飲んだんじゃ無いのかよ?」
『この聖杯には、僕を喜ばせる量が残っている。せっかくだからワインの酒気と薫りを混ぜた。僕の横に座るといい』
神流は憮然とべリアルの横に座ると腕を組んだ。
「俺はこんな所で、ゆっくりしてられないんだよ。まだ街に魔物が彷徨いてる。仲間が危ないから、もう帰る。シジルゲートを出せよ」
呼応するかのように、べリアルが艶めく唇の端を妖しく開いた。
『アスモデウスが復活しようとしている』
━━!
一筋の冷や汗を首筋に垂らした後、神流は知っている名称に眦を下げた。
「何だよ! いきなり」
『僕の発言に理由など無い』
「どういう意味だ? あの無差別攻撃野郎は封印されて出てこれないんじゃ無いのかよ? 小指の指輪に被せた魔力遮断の指袋を1度も外していないんだぞ?」
━━あんなモノが世に解き放たれたら、倒した悪魔など比べ物にならない惨劇が起こる気がする。ヤハルア・グランソードでも倒せるかどうか解らない。主犯の白牛悪魔を退治したし、リスト達も居る。取り敢えず皆の心配はしなくても良いだろう。こっちが最優先だよな……。
「うわぁ、マジかよ……ハァ~嫌過ぎる」
神流の表情は硬直し動揺し始める。それを見て愉悦に浸るべリアルは、杯に溢れるブラックワインレッドの液体の匂いの嗅いでから喉にゆったりと流し込んだ。
「なっ何でアイツが復活するってお前に解るんだよ?」
『既に神託が出ている。神示のイメージが僕に降りてきた』
「何だよ! 神託、神託って? 解ってるなら、神様が何とかしてくれても良いだろ?」
『僕が言うのも何だが……神はその奇跡を簡単には、お示しにならない』
神流は、余裕な表情でワインを飲んでるべリアルが、気に障り真顔になる。
「ホントだよ。お前が言うな! 天使を落第して悪魔になったくせに、本物の天使の方が優秀なんじゃ無いのかよ」
『それを僕に言うのか……』
べリアルの、ターコイズブルーが透けるトルコ石のような瞳に紅いオーラが生まれる。
━━オームかよ。
「……悪い、言い過ぎた。要するに、俺にアスモデウスの扉を潜ってどうにかしてこいと言いたいんだろ?」
神流が頭を掻いて謝罪の意思を示すと、瞳の色はターコイズブルーに戻っていく。 元々動揺する神流に気を遣うという、発想自体が存在しない。べリアルはフラットな声色で疑問に応える。
『いいや、総ては君の自由だ』
「でも、神託って意味も無く来るのか? 倒しに行けとか、早く契約しろって事だろ!?」
アスモデウスの所に行きたくない気持ちが、大き過ぎて、投げ槍な言い方になっている。
『そういう話でも無い。復活に別の要因が働いているから、選択を与える為に神示が降りたのだろう。その原因が街に有る可能性が高い。それを根絶しにせず、アスの所に行けば前より酷い醜態や屍を晒すだろう』
「アイツの所に行く予定は一切無い。……物騒だが珍しくマトモな発言だな。行かなくても良さそうな心当たりが、お前にあるって事でいいんだよな」
今度は、べリアルの眦がピクンと下がり神流を射殺すように指差す。
『僕はマトモで無いなどと誰にも言われた事がない』
「友達、優しいんだな(恐くて言えないに決まってるだろ)。いっそお前がアスモデウスとの同郷友情パワーで目を覚まさしてやれば、一発解決じゃないか?」
『僕には、その権限と力が無い。君に仕えサポートする事で封印を解かれているに過ぎない』
神流は座り直し逸れていた話を戻す。
「ハイハイで? 俺は何処に行けば良いんだよ?」
『解らない。自分で決める事だ』
「は?」
『もう一度だけ言おう、僕には解らないと言ったんだ』
「またかよ……もう好きに話してくれ」
神流の対応は早い。理解の及ばないべリアルの自尊心さえ満たしてやれば、話が進むと学習していた。
『では、もっと近くに寄ってくれ』
「イヤです」
急ぐ気持ちと相反する神流の心の抵抗が、交錯していた。
*** ***
永久要塞の外に拡がる広大な海と森林を一望出来る景色は圧巻だった。
ホワン・ウネは、貴族街側の外壁の上部に張られた結界の緊急点検補修に来ていた。外壁の頂上部は、歩ける仕様になっている。アーシェに腰を掛け、顔を軽く顰める。
「透過して視ても、結界が壊れた形跡は全くないのぅ」
「ニィーーッ」
「お祖母様は、現役引退されてるのですから、わざわざお越しにならなくても良かったですのに」
ホワンを労るのはミトローシェニカ・ウネ。その手にする杖は特殊だ。ユニコーンの角が加工されて、ユニコーンの形になっていた。それがエンブレムのように黒くるみの杖に嵌められている。手際よく外壁の結界を調べていくミトローシェニカ・ウネの肩には、森フクロウが心地好く目を閉じて眠っている。
「ミトは、気を遣い過ぎ。ホワンの店は暇だから良いのよ。痴ほう症になったら、高いハイポーションで老老介護よ。私なんて魔導麗院の講義を中止にされて全く赤字よねぇ」
かなり雑に壁をポンポン叩いて調べていく国選魔術司ポーレニカ・ウネ。手にする杖は比重の軽いバルサだ。杖の先は広がり大きな円形の穴が空き小さなブランコが取り付けられていた。
そのブランコにぶら下がる小さなコウモリは、壁を叩く度にブラブラ揺れていた。
「お母様、ショーヴが可哀想です」
「ショーヴは、落ちないように己と闘って勝負してるからいいの」
他の魔術士達は異質の次元の3人に遠慮して遠目に見ている。そして、誰一人近付いて来ない。
「お祖母様、平民街方面のあちこちで魔道反応が砲台塔の方でも巨大な反応が…………気付いて居られますか?」
「とっくに知っておる。向こうにいる黒騎士に言ったら、調べに行かせないように「離れられては困る」の一点張りじゃ。ポーレニカ! お前の権限で何とかせい!」
ポーレニカ・ウネは、振り向くとカバンから、取り出した小さいフルーツトマトをコウモリの口元に持っていく。クンクンと鼻を鳴らした後ガシッと掴み食らい付いた。
『やぁねぇ2人共、来る前にエルネス・キュンメル城伯様に伝えてあるわよ。緊急配備するって言っていたわ、心配し過ぎよねぇ。慈善で助けても無料よ。泣きついて来た時に魔法で助けてあげて初めて大きなお金になるのよ』
ポーレニカ・ウネが、黒騎士に手をヒラヒラと振ると黒騎士達は深く頭を下げ御辞儀を返す。
「事を荒立てたり何かすると、向こうで息を潜めて待機してる魔剣の黒騎士クワトロ四天王ちゃんが出て来ちゃうわ」
呆れてから、諦め顔になったホワンは、ミトローシェニカ・ウネに向き直った。
「ミトローシェニカよ。ルーニャはどうしてるんじゃ?」
「家で大人しく、魔術の書を勉強すると言ってました」
ホワン・ウネは幽かな声で呟いた。
「親バカじゃな。大人しくしてる訳が無いじゃろ」
猫のアーシェを撫でるホワン・ウネの予想はど真ん中に的中していた。




