白牛悪魔の最期
街の広場に亀裂の閃光が拡がる。降りしきる落雷が、砲台塔にもダメージを与え続けていた。
真下を彷徨いていた殆どの怪物達は雷撃を直に受け、焼けた屍と化していた。砲台の筒先から、煤汚れの神流が、滑り落ちたのが見えた。
「旦那!?」
「兄さん!」
レッドとフーンが、砲台の開口部に上がり近寄るが、既に間に合わない。
「うぉぉっ!」
自由落下をする神流は、持っているべリアルサービルを強く握りしめ、刃先を白牛悪魔に向け落ちていく。
怒りを爆発させ、雷撃を周囲に放ちまくった、白牛悪魔は、落ち着きを取り戻そうとしていた。
「ヌフゥーッヌフゥーッ━!」
━━
「ヌッ!!」
闇の聖杯と水晶で、両手の塞がっている白牛悪魔の肩口に、べリアルサービルの刃先が、ズブッと根元まで突き刺ささり神流は、勢いのまま悪魔の腕に引っ掛かった。
白牛悪魔の首が、グルンと回り、強い殺意と呪いを孕む視線で神流を射ぬいた。
「お前かゴミ人形ガア! 跡形もなく溶かしてやる!体の一片も残さぬ!ヌ"ヴヴヴζζζζζζζ∫∫」
再び憤怒の形相になった、白牛悪魔が詠唱を始めると、口元に小さい魔方陣が形成されていく。
「溶解!」
至近距離で、神流に向けて、大量の高濃度の酸が放たれる。
「悪魔は経験済みだよ、三流ビーフ」
神流は、頭を下げて酸を避けると同時に白牛悪魔の背中側に飛び降りた。
落ちる勢いのまま両手でべリアルサービルを握りしめ重力を利用して、白牛悪魔の首筋に刃を入れ切り裂いていくと青い血が鳳仙花のように噴き出した。白牛悪魔に刺さるベリアルサービルの刃から、パチパチと弾ける感触が伝わってきた。
『なに!? ヌガァァァァ・ァ・ァ!』
神流は白牛悪魔を切り裂きながら簡易詠唱する。
「【麻痺】【麻痺】【麻痺】・・・・」
白牛悪魔の体内に刻印が連続で撃ち込まれていく。白牛悪魔は激痛に苦しみ悶えるが、背中の奥に複数の刻印が刻まれ叫ぶ事も瞼を閉じる事も出来なくなった。
「ヌ"ブ"ゥ"!」
━━
バキンッッ!
白牛悪魔を切り裂くべリアルサービルの刀身が根元を少し残して折れた。
「いいっ!?」
「ヌ"ブグッ!」
背中を大きく裂かれた白牛悪魔は消滅しなかったが、動く事も浮かぶ事も出来なくなり神流と一緒に自由落下する。
地面に激突すれば、異世界での短い俺の人生が終わりを迎える事になる。仕方無いと思えなくもない。アイツが居なければな。
落下する神流は息を吸い込み目を見開いた。
「ーーべリアーール!」
落下しながら絶叫する。
「べリアル! お前、俺に死なれたら困るんだろ!」
━━駄目か。だろうと思った。やはり悪魔。……どうせなら格好良く落ちて死にたい。
━━!
神流の落ちていく先に、透けて揺らめくシジルゲートがカーペットのように出現した。
落下する勢いのまま頭からシジルゲートに突っ込んで消える。
遅れて白牛の悪魔が回転しながらシジルゲートに落ちるると
「ヌ"ボオ"オ"━━━!」
一瞬で白骨となり吸い込まれて消滅した。
ーー*
ゴロゴロゴロゴロッ━━ガンッ!
横を向くシジルゲートから飛び出した神流は、宮殿の床を勢いよく転がり柱に当たる。
「うげっ! 痛ああっ!死ぬっ!」
『ーーーー久し振りに来たと思ったら、床を転がるなんて不様な曲芸を僕に見せ付けてくる』
全身豹柄のチア服に身を包んだべリアルが、大鏡の前で神流を見下ろして眺める。
起き上がった神流は背伸びをして文句を言う。
「好きで転がってんじゃないだろ! 慣性を消せよ魔法の力で! 大悪魔の力で創り出せよ。いたわる気持ちを魔法で!」
『僕は堕天使だ。僕が危機を助けてあげたんだ。お礼が先じゃ無いのだろうか? ああ、こんな事まで口にしなければ、いけないなんて、僕は何と会話しているのだろう?』
「俺・と・だ・よ!」
つま先を立てて神流は抗議する。
『それで? 僕に言うことは無いのかい?』
「……ああ……ああ、……助かったよ。ていうか助けて当然じゃないのか? 仕えるってなんだ? お前と俺の同じ単語で意味が違うのかよ? 寧ろ率先して助けろよ。お前と違って人間は簡単に死んじゃうだぞ」
べリアルのターコイズブルーの瞳が、キーンッと温度を下げて冷たく光る。
『助けて貰って当たり前という低俗な考えは好きじゃないな。顔を見せに来ることも無い、薄情で人でなしで、ろくでなしの考え方は特にね』
「…………ぎゃ、逆ギレ、いきなり怒ってるのかよ? もう一回言っとく、助けてくれてありがとよ。お礼に鳥の骨、いや、牛肉とかを持ってきてやるからいいだろ。今度はゲートをちゃんと開けろよ。それと、その豹柄の衣装は、大阪のオバチャンみたいだな」
『レオパード柄だ。君は僕をバカにしに来たのか?』
べリアルは呆れた顔をして、白牛悪魔が持っていた、彫金された杯と水晶を持って眺めている。
「どうしたんだ? それ」
「良い杯だ、中身も味わい深そうだ。君と一緒に僕の宮殿に落ちてきた」
「…………アイツは? 白牛悪魔メンはどうなった?」
「後ろの柱を見るといい」
神流が、振り向き大理石の柱を見ると、柱の上部に白牛の悪魔の上半身が突出して彫金が施され描かれていた。隣の柱を見ると青山羊の悪魔が同じように描かれている。
べリアルが柱を撫で、自慢気に柱の説明をする。
「調度良い柱の装飾になって貰った。素敵だろう」
「……勿論、死んでるよな?」
「さあ、どうだろうか? 生物がシジルゲートを潜れば直ちに命を失うだろう。この空間で僕の許可無く生存出来るのは、君だけだ。大いに感謝していい」
「…………」
神流は、べリアルが持っている聖杯と水晶に話を戻す。
「……不気味なんだが何に使うんだ、それ?」
『これは丹念に創り込まれた闇の聖杯だ。人間の瘴気、怨念、邪念、怨恨、苦しみ、悲しみ、怒り等の負の思念を、周囲から集めて混ぜて融合出来る闇のアイテムだ』
「聞くのも気持ち悪いが何の為に?」
べリアルは、闇の聖杯の中に火を灯すと揺らしながら説明をする。
『悪魔は精神生命体だ。これ等で力を維持する事も強くなることも、復活する事さえ出来る。負の力なら特に』
「餌なのか? お前も飲むのか?」
べリアルは、アッシュグレーの髪を柔らかく掻き上げ、横目で神流を見る。
『勿論、僕も魔ティーのように嗜む』
「悪影響は無いのか?悪魔に変身したりとか」
べリアルは一気に杯を飲み干した。
『元を辿れば同じような物だ。総てが僕の力になる。この黒水晶の中身もね』
「その中身は何なんだ?」
『純粋な魂と内蔵された魂液だ。黒水晶の魔石に封じ込められている。甘美なデザートの群れさ』
「取り出して開放してやれよ」
べリアルは無表情に顔を傾げる。瞳には不服の色あいが濃くなる。
『この中の魂は、君の家族でも知り合いでも無い。血も繋がってない、名前も知らない、会った事も見たことも無いだろう』
「俺と契約してる間はダメだ。他のもので、どうにかしろ」
べリアルは赤黒い具現化した溜め息をついてソファーに腰掛けた。
『……………まあいいさ、君の我が儘には堕天使として理解を示そう。大きな魔元素が、また手に入ったからね』
中が濁り蠢く黒水晶を豹柄のネイルでコツコツとノックすると白く小さいシジルゲートが、浮かび上がり、そこから薄白い光達が飛び出すと軽く旋回してから、宮殿の屋根に上がり消えて行った。
「綺麗だな。因みに喰われたとしたら魂はどうなるんだ?」
『悪魔に魂を全て、吸収されたら魂は鎖で縛られ虜になり転生が不可能になる』
「えげつないな、悪魔」
神流は、べリアルの横に座ると折れたべリアルサービルを見せた。
「べリアルサービルが折れてしまった」
『だろうね』
「だろうね?」
べリアルが、意味ありげに神流を見て豹柄の口紅の塗られた唇を裂くように開いた。
『君が無思慮にべリアルサービルで攻撃したタウラスの身体には、当然のように色んな術式が埋め込まれていた。その内の武器破壊と反射によって壊れてしまった』
「色々引っ掛かるがべリアルサービルで、攻撃したことが原因という事か?」
べリアルは指を立てる。
『違う、短慮な君の失敗でありミスだ。柄が破壊されていたら、機能も失っていただろう、もっと大事に扱って然るべきだ』
「べリアルサービルは大切にしてたけど、命懸けだったんだから仕方無いだろ!……ていうか、まだ使えるのか?」
『機能は変わらない。君の喉にある刻印に反応しているのは、柄だ』
「あの物々しい刃のマークと模様は、何だったんだ?」
『僕の好みだ』
「………………」
そう言えば刺してから使った事が無かったな。
神流は、呆れていながらホッとしていた。
『君は油断し過ぎる。本当に死にたがりだな』
「何だよ唐突に」
べリアルの語調は強くなる。
『唐突ではない。今しがたの話だ。君を蛇のランチセットにする位なら僕が食したい。色んな意味合いでね』
「人をスーパーの食材みたいに言ってんじゃねぇ人食い悪魔! さっきは、すげえ焦ったけど………」
『君が鼻を伸ばしてスケベな顔をしているせいで、強魅惑の一部が、通ってしまった。君みたいに受け入れ態勢でいると防げるものも防げない。心しておく事だ』
神流はハイハイという態度で頷く。
「お前の力で防げないものは、もう諦めるよ。そんなにあの蛇の魔法は強かったのか?」
『魔法を使用したのは蛇などではない。メドゥーサだ』
━━━━━━━ーーー***
平民街で特殊な地下に存在する何処にでもあるバーの一室。
『まだ来ないわね。やはり使えないわタウラス、まさか死んだのかしら』
バーカウンターに座る女は、疑念を抱き不愉快な表情でグラスを指で弾いた。
グラスは、みるみると石となり果てて崩れていく。
機嫌の天秤を傾けた女の髪から、無数の小さな光が発っせられると棚に並ぶカクテルグラスが埃ごと、次々と石になっては砕けていく。
妖しい美貌の女は、ひとしきり部屋の中を石にして破壊した後、しっとりとした金髪を撫でるとエメラルド色の瞳で入り口を眺めて時を過ごす。
眺めていた狭い入り口から人影が現れる。
『遅いじゃない、お前に苦しみの罰を与えるわ』
現れた男は笑った。
『アハッ、僕に罰を与えようだなんて。流石、指名手配されてるだけあるね。第一級指名手配魔族、ゴルゴンのメドゥーサ』
「お前は!?」
『言わせてもらおうか、ヤハルア・グランソード推参』
地下の密室のバーで誰も知らないもう1つの戦いの幕が上がる。




