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異星の武術家 ~転生して魔術の世界を拳で成り上がる~  作者: shiryu


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第6話 初弟子と、婚約者


 放課後。


 授業が終わり、ざわめく教室の空気が緩んでいく。

 C組もF組も、俺の方をちらちら見ながら、ひそひそと話し合っていた。


 すると、誰かが近づいてくる。


「なあ、グレイヴァルド、お前……どうやってあの的を壊したんだ?」


 最初に声をかけてきたのは、C組の男子だ。


 普段はシキの顔なんて見ようともしないくせに、今は興味津々といった目で見ている。


 その後ろにF組の生徒も集まりだし、


「ほんとに魔力使ってないのか?」

「どんな魔道具持ってるんだよ」

「あんなの魔力を持っていない人間が壊せるはずないだろ」


 と口々に疑いと好奇心の混じった声が飛ぶ。


「鍛錬した拳で殴っただけだよ」


 俺がそう言うと、教室の空気が一瞬、しんと静まり返った。


「拳……?」

「冗談だろ? 絶対何かイカサマしてんだろ」

「ありえねえって……」


 誰も納得しようとしない。

 まあ、当然か。


 魔術至上主義の世界で、魔術でも魔力でもなく“鍛錬した拳”で強さを得るなんて、信じられるはずもない。


 C組もF組も、俺の本当の力、星流の存在になど、誰一人気付いていない。


 ――おそらく、ただ一人を除いて。


 放課後の教室は次第に人が減り、残った生徒たちも三々五々、帰路につく。


 俺もカバンを持ち、帰ろうと席を立ったとき、


「――ちょっと待ってください」


 ノエルが静かに声をかけてきた。


「……なんだ?」


 振り返ると、ノエル・アーデルハイトが真剣な顔で立っている。

 青い瞳が、俺の奥底を見透かすようにじっと見つめていた。


「いくつか質問、させてください。本当に……魔力を、一切使っていないんですか?」

「本当だ」


 俺は迷いなく即答する。


「そう……」


 ノエルはしばらく視線を泳がせ、それから絞り出すように尋ねた。


「じゃあ――誰でも、あなたみたいに強くなれるって、本当に?」

「本当でもあり、嘘でもある」

「……どういうことですか?」


 食い下がるような声。

 俺はわずかに肩をすくめて言った。


「俺の今の力なんて、全盛期の一割にも届いていない」

「えっ……?」


 ノエルが目を見開く。

 これは本当で、前の世界では拳で山を割ったこともあるし、海を割いたこともある。


 今のシキの身体じゃ到底できないと思うが。


「全盛期だったら山でも海でも割ってやるんだがな」

「……山、ですか?」

「山だ。あと海も」


 小さく頷くと、ノエルは唖然とした顔で固まった。


「本当に? というか全盛期って? いや、でも……」


 とブツブツと呟いている様子のノエル。

 実際、シキの身体も鍛えられてはいるが、まだまだ甘い。


 それに、星流も始めたばかりだ。


 さきほど壊した“第七階梯の魔術でも壊れない”という人型の的――あれを壊すのに、俺はほとんど全力を使っていた。


 あの程度で全力……正直、情けないほどに弱い。


 それでも魔術しか使わない普通の人間から見れば、化け物にしか映らないようだが。


「だからまあ、今の俺くらいなら鍛錬さえ続ければ誰でもなれる。だが、俺の全盛期ほどの力を得られる者は――まあ、限られるだろうな」

「限られる、ですか?」


 前世では、俺の強さまで届くような者は一人もいなかった。


 だが、今後も現れないとは言わない。

 世の中には思いも寄らぬ化け物が潜んでいるものだ。


 というか、そんな強者がいたら、とても楽しそうだ。


 この世界には魔術を極めた者もいるだろうし、どれほどの強さなのか知らない。


 今世の楽しみは、どこまで強くなれるか――あるいは、どんな強者がいるか。


 そこかもしれないな。


「どれほど鍛錬を積むか、そして才能があるのかどうか。やはり強くなるにはそれに尽きる」

「……本当に、拳一つで、第七階梯以上の強さを得られるんですか?」


 ノエルが不安と期待を滲ませて尋ねてきた。


「本当だ。俺はつまらん嘘はつかない」


 はっきりと返す。

 ノエルは、しばし黙って俺を見ていたが、やがて意を決したように口を開いた。


「……じゃあ、私も、ですか?」

「もちろん。今の俺くらいなら、鍛錬すれば誰でも強くなれる」


 星流をしっかり鍛えれば、だが。

 俺が断言すると、ノエルは静かに、だが深く頷いた。


「――では、私を鍛えていただけますか?」

「いいぞ」


 俺が即答すると、ノエルの目がまんまるくなる。


「ほ、本当にいいんですか?」

「そうなると思っていたからな。それに、弟子を鍛えるのは意外と楽しい」


 前世で数人ほどしかとらなかったが、家族がいない俺にとって、弟子は弟や妹のような存在だった。


 あいつらはどうなったんだろうか。


 前世と今世は同じ世界なのかもよくわからないが。


「弟子、ですか……同級生の弟子になると考えると、いささか違和感はありますが」

「不満か?」


 軽く笑って茶化すと、ノエルはぴしっと背筋を伸ばし、きっぱりと答える。


「いえ、全く。不満なんて。……よろしくお願いします、シキ師匠」


 口に出したあと、少し恥ずかしそうに顔を赤らめる。


「ああ。まあ師匠って呼ばなくていい。いつも通りで構わん」

「わかりました、シキさん」


 ノエルが肩の力を抜いて微笑む。


 こうして、ノエルを弟子に取ることが決まった。



 学校が終わり、教室のざわめきが静かになっていく。


 俺はカバンを持ち、ノエルと共に帰路につく。


 彼女は「鍛錬場、こちらです」と俺を先導しつつ、時折ちらりと俺の顔色をうかがう。


 さっきまでの師弟の話を気にしているのだろうが――ノエルの目に宿る決意を見ていると、こちらも気合が入るというものだ。


 陽が傾き始めた校門前、制服姿の生徒たちが散っていく。

 ふと、俺の肩を誰かが軽く叩いた。


「シキ」


 柔らかく、どこか張りのある女性の声。


 俺は反射的に振り返る。

 ――細身で背の高い、淡金色のロングヘアの女性が立っていた。


 制服の袖からは白い手首。どこか上品な雰囲気がある。


 だが、思い出せない。


「誰だ?」


 素直に問いかけてしまった。

 女性は驚いたように目を見開き――そして、苦笑いとも、呆れとも取れる顔で名乗った。


「――エリナ。エリナ・ベルフェルトよ」


 その名を聞いた瞬間、頭の奥に鋭い痛みが走る。


「くっ――」


 思い出す。エリナ・ベルフェルト。


 俺――シキ・グレイヴァルドの婚約者だった女だ。


 伯爵家の三男として生まれたシキに、十二歳の頃に与えられた婚約者。

 家の格式も悪くない。相手も名家で、美しく、品のある少女だった。


 初めて会った時のことを、鮮明に思い出した。


『初めまして、シキ様』


 十二歳の俺の前で、エリナは柔らかく微笑んだ。


『これから婚約者として、よろしくお願いします』


 彼女はいつも優しく、丁寧だった。


 家で外れ者扱いされていたシキにとって、月に二度ほど会うだけの彼女との時間は、唯一の癒しだった。


 エリナと会う日は、妙にそわそわして、朝から鏡で髪を整えたりしていた。


 どんな話題も、エリナは優しく拾ってくれた。子供じみた相談にも、『シキ様は素敵だと思いますよ』と微笑んでくれた。


 本気で、彼女のことを大切に思っていた。


 ――だが、それも学園に入るまでの話だ。


 入学してから、何かが変わった。


 エリナはシキと会おうとしなくなった。

 最初は「B組で忙しいから」と言われ、納得した。


 シキはF組。魔力がない劣等生。


 恥ずかしい存在なのだろうと、どこかで分かっていたが、それでもシキは信じたかった。


 自分にできることは何かと、ただ鍛錬を続けた。


 だが、ある日、決定的な場面を目撃してしまう。


 放課後の校庭。

 エリナがA組の男と腕を寄せて歩いていた。


 ――シキとは一度も、手を繋いだことさえなかったのに。


 信じられなくて、その夜、エリナに手紙を送った。


 なぜ会ってくれないのか。あの男は誰なのか。

 翌日、呼び出された先で、エリナは初めて“本当の顔”を見せた。


『――あんたみたいなクズと婚約者なんて、最悪だと思ってた』


 静かな口調だった。


『魔力もない。F組。そんな男と一緒にいたら、私までクズに思われる』

『A組の男は優秀で、将来も約束されている。あんたなんかと比べるのも失礼』

『ずっと、あんたと話すのが苦痛だった。できるだけ会いたくなかった。わかったら、もう話しかけないで』


 その時、心が何かを失った。


 世界が音を失った。


 ――そして数日後、シキの魂は死んだ。


 この身体に、“俺”が入ったのはその直後だった。


 ヴァルドたちが「あんなことがあったら俺なら学園になんて来られない」と噂していたのも、きっとこの一件のせいだ。


 婚約者に追い縋り、ボコボコにされて、捨てられた――そんな話が学園に広まったのだろう。


 今、ようやく思い出した。


 頭の奥に残る、鈍い痛みと共に。


「シキさん、大丈夫ですか?」


 隣にいたノエルが、心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。


「ああ。……ちょっと、昔のことを思い出しただけだ」


 俺は小さく礼を言い、ノエルに安心させるために軽く笑んだ。

 エリナを見ると、そこにあったのはかつての作り笑いではなかった。


 あからさまな、見下しの笑み。


 まだこいつのことを完璧に思い出したわけじゃないが、わかる。


 こいつは、シキの敵だ。


 そしてその隣――今まで視界に入っていなかったが、A組の男が、満足げな顔でエリナの肩を抱いている。


 ああ、そうか。

 なるほど、わかりやすい。


「――つまり、お前は婚約を破棄したい、というわけだな?」


 俺は静かに、しかしはっきりと尋ねた。

 エリナは、俺が妙に冷静な態度を取ったことに一瞬だけ驚いた顔をする。


 だが、すぐに勝ち誇ったような目で、


「そうよ。あんたみたいな奴と結婚したいわけないでしょ? ねえ」


 横の男に視線を送り、男も「そりゃそうだ」と小さく笑った。


「わかった。じゃあ、婚約破棄だな」


 俺は淡々と答えた。


「話は俺から父親に通しておく。お前の家のほうも都合がいいだろ」


 俺の家は伯爵家。格式は彼女の家より高い。

 俺から話したほうが早いはずだ。


「……は? ちょっと待ちなさいよ!」


 エリナが動揺しながら声を荒げる。


「本当に、婚約破棄するつもりなの? 私は別にいいけど、でも――あんたから婚約破棄するって世間に知られるのは絶対に嫌だから!」


 捲し立てるエリナ。

 横の男も「そうそう。ベルフェルト家の立場だってあるし」と口を挟む。


「世間体なんて、俺にはどうでもいい」


 俺はエリナの言葉を一蹴した。

 静かに、だが圧を込めて一歩踏み出す。


「はぁ? 私もあんたのことなんて――」


「黙れ」


 エリナも、隣の男も、明らかにビクッと身体を震わせた。

 ノエルさえも、俺の横で小さく身をすくめる。


「お前に使う時間などない。俺は忙しい。俺の人生に、お前など必要ない」


 自分でも驚くほど冷静な声だった。

 実際に俺はこいつから何もされていないが、この身体はシキのもの。


 だからか、こいつを見ていると虫唾が走る。


「痛い目を見たくなかったら、黙っていろ」


 俺がそう言い切ると、エリナは屈辱的に唇を噛んで黙り込む。


「なんで、こんな奴に……」

(この私が、気圧されて……!)


 絞り出す声が聞こえたが、俺はそれ以上気にする気もなかった。

 何も言えなくなった二人を一瞥して、俺はノエルに視線を送った。


「――行くぞ」

「……はい」


 ノエルは少し震えていたが、すぐに歩き出す。


 俺たちは無言のまま校門を離れた。

 後ろでエリナの悔しそうな呻き声が聞こえたが、それもすぐに消えていった。


 道すがら、ノエルがぽつりと言う。


「シキさん……すごかったですね」

「何がだ」

「いや、その……あんな風に言い返せる人、なかなかいないですから」

「気にするな。俺にとっては、どうでもいい女だからな」

「……ふふ。なんだか、カッコよかったです」


 ノエルが小さく笑った。

 それだけで、少しだけ心の痛みが和らぐ気がした。


 ――もう二度と自分を見下す奴に、縋りついたりはしない。


 そう思いながら、ノエルと二人、鍛錬場へ向かって歩き出した。




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