第六十六話Part6
『さて、用意はできたか?』
そんな風に言ってくる足軽。それを聞いて一瞬幾代は自分に言ってる? とか思った。でも足軽はおばあちゃんに丁寧に接してる。そもそもおばあちゃんが田舎では珍しい上品な気品を醸し出してたから、おばあちゃんは特別なんだとそんな接し方になってた。それは小頭もそうだ。兄の影響を受けたんだろう。
だからあんなそっけない感じでは足軽は自分に言葉を投げないだろうっておばあちゃんは思った。けど幾代なら? 一夏のたった数日だったけど、同年代の男女のように遊んだあの時間がまだ心にあるのなら、もしかしたらとっさに出たとかあるかもしれない。なにせ足軽はある日行き成り夏休みに異世界に行ってしまった……とかなんだ。
向こうで何をしてたのかはおばあちゃんたちはしらないが、もしかしたら直前の夏休みがとても心に残る程度の事だったのかもしれない。門の向こうの事は茶々っと終わらせたのかもしれない。
それなら夏休みのあの日々がとっさに出てもおかしくない。
「ああ」
返事をしたのは幾代ではない。その返事をしたのは鬼男だった。そして彼も足軽と同じように体があいまいになってる? ボロボロになってたのに、幾代を追い越していった鬼男は足軽とむかいあった。
その背はかなり違う。足軽は170ちょっとくらいだが、鬼男は2メートル越えるマッチョだ。でもどこか……やっぱりどこか二人は似てると幾代は思う。
『ようやくしっかり向き合えたな。向こうの自分』
「お前は……まさか」
『察しの通り。向こうの世界は救ってやった』
「ええ!? マジ?」
幾代の隣に来てた鬼女がそんな風に驚いてる。鬼男も驚いてはいるんだろうが、ちょっと目を見開いたくらいだった。鬼女はかなりボロボロに見えるが、結構元気そうだ。そしていう事は一言だけ。
「すまない」
『いや、自分の事だし』
「こっちは何も……すまない」
二回もすまないといった鬼男。どうやら足軽は向こうの世界。鬼たちの世界を救ったといった。それに対して鬼たちは何もできてない事を言ってるんだろう。救ってくれたのに、こっちの世界は救えてない。だから……
『まあこっちの世界は元がそこそこ平和だし。向こうのような危機じゃない。ただまあ……こいつの処理は頼もうかな? なにせ俺はまだ完全にこっちに来てないし。そっちの世界の影響を考えると今は、あんたがやった方がいい』
「わかってる」
『力は貸してやる。なにせ俺たちは同じだから。野々野足軽として、力を振るえ』
その言葉と共に、曖昧だった足軽が鬼男と一つになっていく。別段その体に変化はない。でも……その存在は圧倒的に感じる。それに今まで曖昧だった認識。なんとなく足軽に似てると思えるようだったけど、不思議なことに今は全く見た目が違うのに鬼男が足軽に見える。家族であるおばあちゃんにもそう見えてるということは、きっと小頭やお母さんやお父さんおじいちゃんにもそうだろう。
終わろうとしてる。この長い長い夜が。夢のような一夏の時間が。そして……おばあちゃんに絡みついてたしがらみが全て……でも一つだけ、伝えないといけないことがあると思った。
だってその猩々は……その子に罪があるわけじゃない。その子だって被害者だっておばあちゃんは思ってる。
「足輕……その子は、その子を……助けてあげて」
自然に鬼男のことを足軽と呼んでた。そしてそれに答えるように鬼男はいう。
「何も心配いらないよ」
その声は鬼男とは思えないほどに優しくて、おばあちゃんを安心させた。拳を握る鬼男。彼は最期の一撃を猩々に叩き込む。けどそこに苦しみはない。それはきっとあの一撃は猩々ではなく、その内に溜まりに溜まって熟成した憎しみや怨念……それに因果という諸々を打ち砕いたから……だろう。
そしておばあちゃんの隣にいた鬼女がぽんと肩を叩いてこういった。
「それじゃ、元気でね」
そんな軽い言葉。それが彼女らしかった。向こうの私、向こうの幾代、向こうのおばあちゃんだった鬼女も、同時に扉の向こうへと消えていった。そしてそれと同時に、どこか残る心の寂しさ……けど同時に半身が満たされるような……そんな感覚も幾代にはあった。そして残ったのは帰ってきた足軽の姿。
その姿はさっきまでの白い姿じゃない。ちゃんとこの世界に存在してるとわかる。
「ただいま」
彼は軽くそう言ってた。まるでちょっと冒険して来たくらいの軽さだった。




