第六十四話Part7
「ベキ、バキボキ、グチャグチャ」
骨と肉が砕かれて、咀嚼される音が響く。地面には血の海ができてて何かわからない臓物が地面に散らばってた。
「あがあああ!」
「がああああ!」
「がうがう!」
複数の猩々が男の体を取り合ってる。猩々は思った。
「なぜだ?」
とね。なぜにこんな風にこの男の躯をむさぼってるのか? 確かに猩々たちはなんでも食う。雑食といえる。だから人間も食える。でもこいつはくってやらねえ……くらいには思ってた。
だってあんな満足そうに目の前で死なれたら猩々的には不満だった。自分自身が恐怖を与えて、逃げ惑って生にしがみつく人間を見ることによって、一時的にでもこの内側の恨みの溜飲が下がるというものだろう。
けどそれをこいつはさせてくれなかった。死を満足気に受け入れて逝ってしまった。せめてこの手で逝かせてたら……もっと満足感があったのかもしれない。けどそうはならなかった。だからこそ、死ぬ間際の願いやら、要求? そんなのを叶えるなんて猩々にとっては癪だったんだ。
だからこそ、食う気はなかったのに……なぜか今、猩々たちはその躯に狼のようにたかって貪ってる。正気に戻った一番大きな個体はそれが異様だと気づいた。他の猩々たちは口の周りを血で赤くして、理性を無くした目をして躯にかぶりついてる。
猩々たちの誇りは「理性」を勝ち取ったことだったはずだ。賢くなって、感情に流されず、無暗に生きるだけじゃなく、遠い先までも見通しての生活が出来る知性が誇らしかった。
なのに……これはなんだ? と大きな猩々は思う。理性がなくなった獣のようなふるまい……そんなのはもう自分たちじゃない。その時強烈な匂いが頭を揺らす。血の匂い? やはり動物である以上、誘惑というものは存在する。
血は最も奥深くの本能まで揺らす蜜のようなものだ。血をかぐと貪りたくなる。でもそれすらも猩々たちは抑えられてた。彼らは独自にテーブルマナーさえも造り上げていたのだ。
それだけ知的で理性的な猩々……けどそんな猩々たちでさえ狂わせるほどのこの匂い……それは血ではなかった。血ではないもっと悍ましいもの。それは死後強まった恨みや復讐心。それが、あの人間の体からあふれ出てるんだ。
そしてその甘美な蜜は、猩々たちの理性すらもたやすく塗りつぶしてしまう程の物だった。




