第六十四話Part6
いつしか猩々たちの事も、薄らいでいってた。人々の間では「あの山には恐ろしいサルが出る」――くらいにしか言われなくなったころ、一人の頭おかしい奴がその森の奥深くに踏み入った。
猩々たちは人に大きな憎しみを抱いてたが、だからって人を積極的にお襲う事はなく、静かに森の奥で暮らしてた。けど進んで猩々たちの領域に踏み入ってくるのなら、それは話しは別である。
「森の奥に踏み入った者は帰ってこない」
そんな噂も流れるようになってるように、猩々たちの領域まで踏み入ったら最後、そこから先は慈悲はない。だからその人間も返す気はなかった。でもその人間はおかしかった。
まあその時代、呪われた森の奥まで来るような奴は少しはおかしいやつなのは当然ではある。大抵は狩りとか食料を求めてるような者達がうっかりと猩々たちの領域まで踏み入ってしまう……というのが大半だ。
でも明らかにその男は違った。その男は猩々からみても嫌な雰囲気をまとってた。暗くてジメジメとした雰囲気だ。そして何やらブツブツといってる。衣服も体もぼろぼろだ。ボロ切れのような布がかろうじて大切な部分を隠してる……ていど。
端的に言えばその男は絶望に落ちてた。全てを呪ってる……といって間違ってないだろう。どのタイミングで襲おうか木の上から狙ってた猩々。気づいてはいないんだろうが、男は――
「さあこい……俺を食え! 食ってこの呪いを! 恨みを晴らしてくれ!」
――そんなことを森の中央で叫んでる。いや中央ではないが。でもその様子は狂気をはらんでる。すると猩々はおもむろに木々から降りた。ドスンと地面を振動させてその男の前に立つ。
それは男の絶望にちょっとでも共感したから? いや違う。猩々は同じにするな……と思った。自分たちは貴様たち人間に多くの仲間を奪われて住む場所をどんどん奪われてるんだ。その程度の恨み? 笑わせるな。もっと恐ろしい恐怖、そして絶望……それを味あわせてやろうと猩々は思ったんだ。
だから姿を表した。なにせ人間にとっては猩々達の姿は見るだけ畏怖するだけの姿をしてるとわかってるからだ。こんなペチャクチャと喋ってるやつも、猩々の姿を見たら、途端に命乞いをする……そう思った。
けど……音に反応して振りかえった男は、恐怖ではなく、ニンマリと狂気に満ちた顔をした。そして流れるように刃毀れした包丁でその腹を……刺した。そしてドサッと倒れる。最期の男の言葉は……
「はは、君が気にする必要はない。俺は自分から死んだ。だからその後の肉塊をどうしようと君のかって……だよ。人間なんて……クソ喰らえ……だ」
だった。




