第六十四話Part5
流れ込んでくる猩々の記憶。長く生きてるだけあって、猩々は僅かだけど言葉を介した。それによって少しだけ事情って奴がわかってた幾代だけど、これはそんなレベルじゃない。
どうして体内の時間……世界へと通じる外観時間ではなく、内感時間でそんな混濁が起こるのか……それはきっと記憶と成長には密接なつながりがあるから……だと思われる。
環境が違えば別の人のような人格が形成されるように、その存在が生きてきた時間はその肉体に確実に刻まれてる。だからこそ、その時間、内側の時間を操作する幾代には、その対象の経験とも言える記憶……が見えるんだ。
原初の記憶……そこはやっぱり山で、でももっともっと深い。今のように人の建物なんて見えないような……そんな中でたくさんの同じような猿達とともにいた。小さな猩々は母の腕に抱かれて、安心を享受してたのがわかる。
それから猩々も大きくなった。そのくらいで人間との接触? が始まった。どうやら昔はそれこそ、動物とは大きな存在みたいだ。普通に山には大きな動物がいっぱいだった。
大きなイノシシ、いまよりも更に大きなクマ。猩々たちよりも大きな狼。そんなのが溢れてた。そんな歴史があったか? とちょっと幾代は疑問に思うが、でもこれは確実にこの猩々の記憶だ。数体の猩々が合わさってると思われるが、古い記憶から再生されてるみたいだ。
今の所複数の記憶の混濁……とかはない。混濁してたら、夢のように記憶が混ざり合って、変になる……ということがあるかもしれない。でも今のところはそんなふうではなかった。
ならばここらへんの地域の昔……はこんなふうだったのかもしれない。
人間は最初は弱い存在だった。初めて猩々たちの記憶に出てきた人間はへりくだってた。猩々は人間に知恵を授ける存在だったみたいだ。でも次の場面ではもう人間は猩々達……いや、森と敵対してた。
猩々の記憶にこびりついてるのは嫌な火薬の匂い。鼻の奥にツンと来るその匂いは匂いに敏感な猩々たちにはとても嫌なものだったらしい。それだけでダメージになるような……それだけの嫌悪が流れ込む。
でもそんなのはまだまだ緩かった。人と、森の生き物たちの戦い。それはどうやら人間の勝利に終わったみたいだ。たくさんの大きな生き物が死んでる。猩々たちも……たくさんいなくなった。
それからどんどん人は森に侵入してきて、木々を切って森を切り開いてくる。神秘的な場所の象徴みたいな森はぐっと身近になっていく。そんな中、猩々は森の奥へ奥へと住処を移すしかなかった。
そんな猩々の胸の奥には静かな……けど猛る怒りの炎がくすぶってたようだ。




