お題:ロシア式のダンス 必須要素:アメリカ タイトル:レイジーキャット
見慣れない猫だった。
皮膚は虎のような模様をしていて、妙に鋭く引き締まった身体をしている。
野良猫にしては気品が高く、かといって飼い猫としての首輪をしているわけではない。
近くに飼い主らしき人もいない。
そもそも散歩のわけがなかった。
まだ空もようやく明るみ始めたくらいの早朝だ。
こんな時間に活動している人は、仕事のある人間くらいなもの。
ちらほらと見かける人はいずれも大股の早足で駅に向かっている。
涼しい風に煽られて、どこか慌しさの漂う朝方――
だが、そんな時間の流れにおいても、その猫だけは微動だにしなかった。
近くのベンチに丸々と佇み、どこか難しい顔つきで悠然と朝日を眺めている。
「どこから来たんだろうね、おまえは」
ぼくがぬけぬけとそんなことを尋ねてみると、驚くことに猫は人間の言葉を用いた。
「アメリカですよ」
「アメリカだって? バカいえよ。どうやって海を渡ってきたんだよ」
「飛行機ですかね」
「猫が? どうやって?」
「わたしには飼い主がいたのです。若い夫婦でね。妻がアメリカ人、夫はロシア人でした」
「へえ。それで、その肝心の飼い主さんは?」
「……いなくなったんですよ」
「どうして?」
「二人が昨夜に離婚しましてね。そうでもなければ、私もこんな場所に一人でいませんよ」
猫のくせに文化人のように格調を重んじるような口調で、ぼくは少し苛立った。
「どうして離婚なんかしたのさ」
「それが傑作ですよ。夜な夜な夫がトレーニングなどと称して、ロシア式のコサックダンスをするのをやめなかったのです。それにいよいよキャシーが激怒したわけさ」
「……猫も大変なんだね」
「まったくだよ。争いはどこで起きても見苦しい」
「うちにくるかい?」
「いや、ほとぼりがさめたころにでも帰るつもりですよ。キャシーも慣れない日本に来たばかりでヒステリーを起こしてパニックになっているだけでしょうから」
「ふうん。ならいいけど」
「あなたはどこかに行くんですか?」
「ぼくは家に帰るところさ。少し散歩してただけだからね」
「なるほど。朝っぱらから良い趣ですな」
猫の視線を追いかけて、ぼくも朝日を眺めた。
「どうだい、空の調子は」
「今日も見事なものですよ。あんな立派なものがはるか外国まで繋がっているんですから、世界というやつはいよいよ見事なものです」
「同感だよ」
そしてぼくは家に帰った。その後、その猫を見ることはなかった。
15分で書ききれず、加筆しております。




