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お題:騙されたピアノ 必須要素:直木賞

 川の流れを猫が見つめている。


 でっぷりした体を丸めて、どこか俯瞰した面持ちで悠然と観察している。


 川の表面は太陽の輝きで白絹のように照らされており、それらの間を縫うようにちらちらと藻と魚が泳いでいる。


 かれこれ五年ほど、猫は飽きもせずそうしている。


「あんたは呑気でいいわね」


 いつの間にか中学生になっていた。


 放課後になれば無邪気に川原で遊んでくれた友達も今では忙しく塾に通っている。


 私と猫は最近になって二人きりになることが多い。


 そのことを認めてか、猫は正体を明かすように口を開いた。


「そう腐るなよ」


 猫が実はオスだと知ったのは、その口調からだった。


 かつて彼が人間に飼われていた時代、どうやら去勢をされたらしい。


 素人の私にはさすがにそんなことを見抜けはしない。


「猫のくせに生意気な言葉を使うのね」


「そうやってすぐに見下そうとするのは若者特有の悪い癖だ。治した方がいいな」


 どこか直木賞でも受賞していそうな本に書かれているような口調で、猫。


 私は余計に苛立ちを覚えた。


「もう食べ物あげないわよ」


「おいおい。俺を勝手に独占した気にならないでくれよ。他にも恵みをくれる人はいるんだから」


「……ほんと、生意気」


 彼は尻尾をぴんとたてると、それを左右に振ってむくりと起き上がった。

 

 そして四本の手脚をひょこひょこと動かして、あっという間に近くの石塀に飛び移った。


「ついてきなよ。特別に素敵な場所を教えてやる」


 彼についていくと、そこはある一軒家に隣接した小さな広場だった。


 どうも管理者がいないらしく、雑草は好き放題に伸び生えている。


 私が足元に近づいてくる蟲を脚で蹴り払っていると、家の中から小さくピアノの音が聞こえてきた。


「なにが素敵よ。へたくそじゃない」


 思わずそうつぶやくと、猫は笑った。


「それがいいんだよ」


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