オオカミ青年 お題:希望の表情
はじめてうそをついたのは初めてのおつかいだった。
「どっかでおかね落としちゃった」
当時ハヤっていたお菓子の玩具がどうしても欲しかった。
すぐに母親は怒った。それから少し笑っていた。
高学年になると、急にテストの成績が気になりだした。
「おまえの答案? そんなの見てないよ。ばかじゃないの」
またしてもウソをついた。しっかり隣の女の子の答えを見ていた。
でもやってないと言い張れば、なんの問題もなかった。
やがて罪悪感が消えようとしていた。
家のお金や店の商品までも無断で盗むようになった。
うまくやればバレることはない。
そう確信していた。
お天道様が見ているから悪いことはしてはいけない。
そんなのは嘘だ。太陽は光る以外に能を持たない。
世の中は悪い人ばかりだ。
ただバレていないだけ。
先生だって、黙って踏切を乗り越えていた。
大人だって平然とタバコを投げ捨てる。
赤信号なんて守っている人が少ない。
ニュースを見れば国を守る政治家だって悪いことをしている。
だれもかれも嘘をついている。
だから自分だけが悪い道理はない。
のらりくらりとぼくが高校生になった頃、急に自宅から一報が入った。
病院に駆けつけると、白いベッドの上に母親が倒れていた。
ひどく痩せていて別人のようになっていた。
いったい、いつからこんなに老けていたんだろう。
彼女は死に瀕する際、ぼくに言い残した。
「ぶじに生きていくんだよ」
涙が止まらない。
「ふざけんなよ。勝手に置いていくなよ。そんなことしてみろ。お母さんのことなんて本当に嫌いになるからな」
ぼくはまたしても嘘をついた。嫌いになるわけなんかない。
そして母は死んだ。
ぼくは今でもうそをつく。
けど、その度に母親の老けた顔を思い出す。
相手にそういう表情をさせてはいけない。
それだけの心を持つようになった。




